フランチェスコ・ロージ監督が1962年に撮った『シシリーの黒い霧 (Salvatore Giuliano)』は、第2次世界大戦前後にシシリー島(シチリア島)の義賊として活躍したサルヴァトーレ・ジュリアーノを描いた映画です。


1950年7月5日。 

シシリー島のある民家の中庭で、ピエトロ・カンマラータ(役名:サルバトーレ・ジュリアーノ)という30歳の男の射殺死体が発見されます。
時代は遡り、終戦を目前に控え独立運動に揺れるシシリー島では、独立義勇軍がマフィアや地主勢力と結んで政府軍と争っています。
独立義勇軍は山賊であるピエトロ・カンマラータ率いる山賊達を味方とし、独立の暁には特赦による開放を約束しています。

しかし、連合軍の上陸と同時に、イタリア解放委員会第一次政府は約束を反故にし、独立義勇軍を弾圧します。

そして現在、中庭ではピエトロ・カンマラータの検死が行われています。

1946年。

政府軍はシシリー独立義勇軍を攻撃しますが、 山賊達は最後まで抵抗します。
やがてシシリー島に自治権が認められますが、山賊達の特赦は認められません。
或る日、山賊達が立て籠もる山の麓の町モンテレブレの男達は一斉に広場に集められ、リストアップされた数人が検挙されます。
そこへ男達を救おうと現れた女性達が現れますが、男達は連行されてしまいます。

遺体安置所に来たピエトロ・カンマラータの母は息子の死体にすがり、息子を殺害した犯人への怒りに泣き震えます。
1947年。

シチリア州初の議会選挙で人民連合が勝利し、その前後に大地主制に反対する農民運動が起こります。
5月1日、メーデーを祝う共産党の人々に向かって、山賊達が突如銃撃を加えます。
急遽雇われ銃撃に参加した羊飼いの青年や、襲撃参加の容疑を受けた男達は留置場に送られます。
彼等は、法廷では全ての証言を強制されたものであるとし、無実を主張します。
その様な彼等に対し、裁判長は 「事実の完全なる肯定から、絶対的否定への変化」を感じます。

それは、ピエトロ・カンマラータが死の直前に裁判所に残した 「全員が無実で、 供述書は暴力の強要である」 と記した部下を護る為に書かれたメモが原因であることが判ります。
しかし、閉廷直前に出廷したピエトロ・カンマラータの片腕・ガスパレ・ピショッタ(フランク・ウォルフ)が、意を決してメーデーの狙撃に参加したメンバーの名前を暴露します。
ピエトロ・カンマラータが裁判所に報告した狙撃参加者のメンバーと、彼が知る狙撃メンバーが異なっている事実を告げ、そればピエトロ・カンマラータがガスパレ・ピショッタに相談無く仲間を窮地に追いやった謀計であるとします。
それであるが故に、ガスパレ・ピショッタはピエトロ・カンマラータを殺害したのは自分であると供述します。
それは、彼が憲兵隊に協力してきたことを反故にする警察・憲兵隊の陰謀であると証言し、それまで緊密なバランスの上に成立していた警察、 山賊、マフィアの三位一体が崩れたことを証言します。 

 1950年7月5日。 

マフィアは憲兵隊と組んでジュリアーノ一味を追い詰め、息絶えたピエトロ・カンマラータの軀は憲兵隊によって中庭に引出されます。
法廷でガスパレ・ピショッタと数名の男達は終身刑を言い渡されます。

ガスパレ・ピショッタは、ピエトロ・カンマラータ演じるサルバトーレ・ジュリアーノ殺害にかかわる重要人物の名前を言わなかったにも拘わらず、終身刑を受けるのは約束が違うと、声高に叫びます。
1960年。

マフィアの一人が群衆の中で殺されます。


「ゴッドファーザー」の著者マリオ・プーゾの原作をマイケル・チミノ監督が映像化した『シシリアン』(1987)では、サルバトーレ・ジュリアーノをクリストファー・ランバートが演じておりましたが、この映画ではドキュメンタリー・タッチで、サルバトーレ・ジュリアーノの死の謎に焦点を当てて描いております。
この映画を観ていると、時系列が交錯する作風と、遠景を効果的に用いたカメラ・ワークにフランチェスコ・ロージ監督の作家性を感じます。

それにも増して強く印象に残ったのは、ピエトロ・カンマラータが演じるサルバトーレ・ジュリアーノが映像に登場するのは遺体姿や暗闇の声のみで、彼が話す表情を映さない演出方法です。
それにより、サルバトーレ・ジュリアーノの遺体映像で始まるこの映画は、彼を中心としたシシリーの人々や殺害関与者達を描くことで、現代のシシリーに繋がるサルバトーレ・ジュリアーノが活躍した背景を浮かび上がらせることに主眼を置いたのかもしれません。
本作のガスパレ・ピショッタの証言や『シシリアン』で描かれたマフィアとサルバトーレ・ジュリアーノの繋がりを考えると、殺害事件の背景にマフィアとの裏取引が存在したことが仄めかされますが、ガスパレ・ピショッタ自身も裏取引の反故に怒りの叫びをあげる終盤に、警察当局も交えたシシリー社会を支える複雑なパワー・バランスを垣間見るような気がします。

この映画は、ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を受賞していると共に、マーティン・スコセッシ監督が2013年に雑誌 「Sight and Sound Magazine」で発表した12本の愛好作品に選ばれております(※)。

アンドレア・マンテーニャが描いた「死せるキリスト」の様に横たわるピエトロ・カンマラータの遺体に、母親が泣き震える場面が印象に残る、観る者にサルバトーレ・ジュリアーノ殺害の真相を問う作品として好きな映画です。 

 

(※)『2001年宇宙の旅』(監督: スタンリー・キューブリック  1968)、『8 1/2』 (監督:フェデリコ・フェリーニ  1963)、『灰とダイヤモンド』(監督:アンジェイ・ワイダ  1958)、『市民ケーン』(監督:オーソン・ウェルズ  1941)、 『山猫』(監督: ルキノ・ヴィスコンティ 1963)、 『戦火のかなた』(監督:ロベルト・ロッセリーニ  1946)、 『赤い靴』(監督:マイケル・パウエル、エメリック・プレスバーガー  1948)、 『河』(監督:ジャ ン・ルノワール  1951)、『シシリーの黒い霧』(監督:フランチェスコ・ロージ  1962)、『捜索者』 (監督:ジョン・フォード  1956)、『雨月物語』(監督:溝口健二  1953)、 『めまい』(監督:アルフレッド・ヒッチコック  1958)


PS:フランチェスコ・ロージ監督と言えば、ロードショー上映で『黒い砂漠』(1972)を観ましたが、当時子供だった自分にはフランチェスコ・ロージ 監督作品のプロットを理解することが出来なかったことを思い出します。 

 

§『シシリーの黒い霧 』

 

 

中庭に横たわるピエトロ・カンマラータの遺体↑

 

襲い掛かる女性達↑

遺体安置室に横たわるピエトロ・カンマラータ↑

 

法廷で叫ぶガスパレ・ピショッタ↑