ジェーン・オースティン文学の映像化作品『高慢と偏見』(2005)を撮ったジョー・ライト監督が、イアン・マキューアンの小説「贖罪」を2007年に映画化した『つぐない(Atonement)』は、ゴールデン・グローブ賞作品賞、英国アカデミー賞作品賞 、米国アカデミー賞作曲賞を受賞した映画です。


1935年のイギリス。
裕福なタリス家の末娘である13歳のシアーシャ・ローナン(役名:プライオニー・タリス 〈13歳〉)は、来る家族の集まりのために自分が書いた劇を上演する予定です。
或る時、シアーシャ・ローナンは家の窓から、姉のキーラ・ナイトレイ (役名:セシリア・タリス)と想いを寄せる家政婦の息子ジェームズ・マカヴォイ (役名:ロビー・ターナー)の姿を見かけます。

噴水の近くでジェームズ・マカヴォイは、口論になったことから誤ってキーラ・ナイトレイの手にしていた花瓶を割ってしまいます。
怒りを感じたキーラ・ナイトレイ は、破片を取りに上着を脱ぎ捨てて噴水に入りますが、ことの詳細を知らないシァーシャ・ローナンは、2人の関係を誤解します。

帰宅したジェームズ・マカヴォイは、キーラ・ナイトレイへの謝罪の言葉をタイプで打ちます。
その時、彼は露骨な猥文も悪戯に書いて一人微笑みます。
ジェームズ・マカヴォイは悪戯書きを誰にも見せる積りはありませんでしたが、謝罪文と誤って悪戯書きの入った封筒を、キーラ・ナイトレイに届けるようにシアーシャ・ローナンに頼んでしまいます。

間もなくして間違いに気付いたジェームズ・マカヴォイでしたが、時既に遅く、シアーシャ・ローナンはキーラ・ナイトレイに渡す前にその手紙を読んでしまいます。

シアーシャ・ローナンは泊まりに来ていた15歳の従妹のジュノー・テンプル(役名:ローラ・クィンシー)にジェームズ・マカヴォイが姉に猥文を書いていることを告げ、二人は彼のことを色狂いと思い込みます。

キーラ・ナイトレイとシアーシャ・ローナンの兄・パトリック・ケネディ(役名:リーオン・タリス)は、友人・ベネディクト・カンバーバッチ(役名:ボール・マーシャル)を連れ立って里帰りしますが、一目でベネディクト・カンバーバッチはジュノー・テンプルに心惹かれます。

夕食前、ジェームズ・マカヴォイとキーラ・ナイトレイが書斎で2人きりになった際、彼は猥褻な手紙が誤って届けられたことをキーラ・ナイトレイに謝罪しますが、驚いたことに彼女は彼に対する愛を告白します。

彼等が居ることを知らずに書斎に入ってきたシアーシャ・ローナンは、2人が抱擁している姿を目にします。
夕食の時、ジュノー・テンプルの双子の兄弟が行方不明になったことから、皆で兄弟の捜索を開始します。

検索中 シアーシャ・ローナンは、ジュノー・テンプルが何者かに襲われている瞬間に遭遇します。

逃げ去った男の顔は暗闇ではっきりとは見えなかったものの、彼女を襲ったのはジェームズ・マカヴォイだったとシアーシャ・ローナンは確信します。

混乱しているジュノー・テンプルは彼女の意見に反対せずに、2人は家に戻ります。
暫くして、双子を発見したジェームズ・マカヴォイが彼等と家に戻りますが、皆が疑いの目で彼を待っていることに気付きます。
シアーシャ・ローナンとジュノー・テンプルの発言とジェームズ・マカヴォイの悪戯書きを目にした親達は、キーラ・ナイトレイの無実の訴えにも拘わらず、ジェームズ・マカヴォイを警察に引き渡します。

4年後の第二次世界大戦中、ジェームズ・マカヴォイは釈放を条件にフランスでの戦いに参加します。

部隊から離れたジェームズ・マカヴォイの小隊は、徒歩でダンケルクに向かい、彼は看護師になったキーラ・ナイトレイに逢った半年前のことを思い出します。

ロモーラ・ガライ演じる18歳になったブライオニー・タリスは、大学へは進まずにロンドンの病院看護隊に参加しています。
彼女は姉に手紙を幾度も書きますが、キーラ・ナイトレイは彼女がジェームズ・マカヴォイの逮捕と有罪判決に関与したことを許せないでいます。
感染した傷と幻覚により重篤な状態にあるジェームズ・マカヴォイは、辿り着いたダンケルクの海岸で救助を待ちます。

ジェームズ・マカヴォイの件を後悔しているロモーラ・ガライは、ニュース映画で、イギリス軍に食料を供給する工場を経営しているベネディクト・カンバーバッチがジュノー・テンプルと結婚しようとしていることを知ります。
結婚式に出席したロモーラ・ガライは、花婿を見つめるうちに、あの晩ジュノー・テンブルを襲ったのはベネディクト・カンバーバッチだったことを確信します。

意を決してキーラ・ナイトレイを訪ねたロモーラ・ガライは、ジェームズ・マカヴォイがキーラ・ナイトレイと暮らしていることに驚きます。
ロモーラ・ガライは、愚かな過去の過ちを謝罪しますが、ジェームズ・マカヴォイは自分の行動に対する責任を未だに受け入れていない彼女に対し怒りを顕わにします。

キーラ・ナイトレイは打ちひしがれるロモーラ・ガライをなだめ、ジェームズ・マカヴォイは、ロモーラ・ガライに過去の証言を正し有罪判決を覆す方法を伝えます。
しかし、キーラ・ナイトレイは、結婚したばかりのジュノー・テンプルが夫となったベネディクト・カンバーバッチの不利になる証言をすることに対して疑問を抱きます。
数十年後、ヴァネッサ・レッドグレイヴ演じる老年のブライオニー・タリスは高齢で成功した小説家となり、最新にして最後の著書である「償い」というタイトルの自伝的小説についてTV番組のインタビューに応じ、自身が血管性認知症で死期が近づいていることに触れます。

そこで、彼女は小説に書いてあることは、実名で書かれた真実に基づく作品であることをインタビュアーのアンソニー・ミンゲラに告げますが、ある一場面だけが読者の為に付け加えた架空のものであることを告白します。

 

ヴェネチア国際映画祭でオープニング上映された本作は、登場人物の内面が交錯する内容であることから、ブルー・レイの特典映像で原作者のイアン・マキューアンが語っている様に、映像化が難しい文学作品ではないかと想像します。

しかしながら、この映画では事象を複数の視点で描く手法を用いたり、幻想的な映像をリアルに描くことで、原作に新たなイメージを垣間見せる映像作品として認識されている様に思います。
この作品を観て思うことは、絹の様な肌触りを感じるまろやかな映像と音楽により、映画全体を通して追想シーンを観ている様な感覚に陥ることです。
人生には過去を償える機会がある場合と無い場合があるものと考えますが、いずれにせよ訂正出来ない過去の自分の行為を、現在や未来の自分が謝罪の気持ちに苛まれる日々は誰彼無しに在るのではないかと考えます。
この映画では、過去の贖罪を告白しながらも、架空のエピソードを挿入した晩年の小説家の心情を描いております。

 本作の映像化された挿入エピソードを観ていると、イングマール・ベルイマン監督の『野いちご』(1957) のヴィクトル・シェストルムが演じた教授や、ルキノ・ヴィスコンティ監督の『家族の肖像』(1974)におけるバート・ランカスターの回想シーンに共通する悔悛の情を感じます。

それらの回想では、黄昏時を迎えた人生の安寧を現実としての過去が脅(おびや)かしますが、生涯抱え続ける贖罪と人生終焉迄の限られた日々の揺れる魂が描かれているのではないかと思います。

本作では『ブルックリン』(監督:ジョン・クローリー  2015)、『レディ・バード』 (監督:グレタ・ガーウィグ  2017)、『ストーリー・オブ・マイ・ライフ』(監督:グレタ・ガーウィグ 2019)で印象に残る役を演じたシアーシャ・ローナンが、感性豊かに13歳のブライオニー・タリスを11歳の若さで演じております。

物語の前半、彼女の一人称の視線が映し出された後に、覆い被さる様に幾つかの現実映像がリフレインされます。

そして、ブライオニー・タリスの若き日の目線が、晩年の追想や挿入イメージとして組み込まれることにより醸し出される幻想世界は、映像表現を愛するファンの五感(六感)を刺戟するのではないかと考えます。

ジョー・ライト監督による今後の文学作品の映像化に期待が膨らむ、人生の機微を恋愛に絡めて描いた映像芸術として観続けて行きたい映画です。

 

§『つぐない』 

ジェームズ・マカヴォイ↑

シアーシャ・ローナン↑

ジェームズ・マカヴォイ、キーラ・ナイトレイ↑

ジュノー・テンプル、シアーシャ・ローナン↑

キーラ・ナイトレイ↑

キーラ・ナイトレイ、ジェームズ・マカヴォイ↑

立ちすくむジェームズ・マカヴォイ↑

キーラ・ナイトレイ↑

ジェームズ・マカヴォイ、ロモーラ・ガライ↑

ヴァネッサ・レッドグレイヴ↑

キーラ・ナイトレイ、ジェームズ・マカヴォイ↑