『柔らかい肌(La Peau douce)』(1964)は、アルフレッド・ヒッチコック監督のサスペンス・タッチの血脈を最も色濃く感じるフランソワ・トリュフォー監督の恋愛映画だと思います。

 

文学評論で名を成す44歳の出版社編集長ジャン・ドサイ(役名:ピエール・ラシュネー )は、リスボンでの講演に向う機内でキャビン・アテンダントのフランソワーズ・ドルレアック(役名:ニコル・ショメット )と知り合います。

リスボンに着いたジャン・ドサイは、フランソワーズ・ドルレアックを食事に誘い、意気投合した二人は閉店まで語り合います。

パリに戻ったジャン・ドサイは、妻・ネリー・ベネデッティ(役名:フランカ・ラシュネー )の目を掠(かす)めてフランソワーズ・ドルレアックとの逢瀬を重ねます。

地方の街から講演の依頼が入ったジャン・ドサイは、フランソワーズ・ドルレアックを連れて出かける計画を立てます。

満席の講演会に参加出来なかったフランソワーズ・ドルレアックは、見知らぬ街を独りで過ごすことを強いられます。

講演が終り、フランソワーズ・ドルレアックに逢いたい一心のジャン・ドサイは、気が急くのを抑えられません。

しかし、街の人達との食事会や纏わりついて離れない仲介人の為に、なかなか開放されずにおります。

抜け出す機会を伺っていたジャン・ドサイは、街の男がフランソワーズ・ドルレアックに声を掛けている姿を見かけて激しく動揺します。

仲介人を強引に振り切ることでやっとのことで落ち合った2人は、街から離れたホテルに宿を変えて倖せな時を過ごします。

その後、帰宅予定を過ぎても帰らなかった夫を心配したネリー・ベネデッティはホテルに電話しますが、夫は前日にチェック・アウトしていることを知ります。

帰宅後ジャン・ドサイとネリー・ベネデッティは口論となり、彼女は離縁を口にします。

事務所で寝泊まりするようになったジャン・ドサイは、フランソワーズ・ドルレアックとの生活を想定した新居を探し始めます。

離婚を口にしたネリー・ベネデッティの言葉を受けて、ジャン・ドサイはフランソワーズ・ドルレアックに求婚を申し込みます。

豈図(あにはか)らんや、フランソワーズ・ドルレアックから受けた予想外の拒絶にジャン・ドサイは動揺し、ネリー・ベネデッティへの謝罪を決意します。

その頃、ネリー・ベネデッティは、クリーニング店に出したジャン・ドサイの上着のポケットにあった現像写真の引換伝票を手に写真店に向かいます。

 

本作は、アルフレッド・ヒッチコック監督との長尺インタビュー(※)の直後に撮られた作品であることから、他のフランソワ・トリュフォー作品に比べて、アルフレッド・ヒッチコック監督作品の作風を思わせるテンションを感じる映像が多い様に感じます。

フランソワ・トリュフォー監督がアルフレッド・ヒッチコック監督のサスペンス作品について「殺人シーンをラブ・シーンの様に、ラブ・シーンを殺人シーンの様に撮る」と語ったことを、自身の恋愛作品に於いて実践したのではないかと考えてしまいます。

印象に残るシーンとしては、ジャン・ドサイが機中のカーテン越しにフランソワーズ・ドルレアックが靴を履き替える瞬間を垣間見るシーンや、なかなか抜け出せない状況下にあるジャン・ドサイの目に見知らぬ男がフランソワーズ・ドルレアックに近付くシークエンス、そして、ジャン・ドサイの上着のポケットにあった写真の引換伝票が出てくる展開です。

フランソワ・トリュフォー監督は、『大人は判ってくれない』(1960)と『恋のエチュード』(1971)でジャン=ピエール・レオとオノレ・ド・バルザックの密接な関係性を描きましたが、本作で恋の沼に煩悶するジャン・ドサイはオノレ・ド・バルザックの斯界の権威として登場します。

この作品を観ると、ジャン・ドサイがファム・ファタルであるフランソワーズ・ドルレアックへの想いに駆られたことにより平穏生活が終焉を迎えてしまう点で、ファニー・アルダンとジェラール・ドパルデューが主演した同監督の『隣の女』(1981)を連想します。

フランソワ・トリュフォー監督による、恋愛のリスク(Risk)とサスペンスの危険(Danger)がクロスオーバーした異次元の恋愛映画としてこれからも観続けて行きたい映画です。

 

(※)ヒッチコック/トリュフォー「定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー(改訂版)」晶文社、1990年(訳者:山田宏一・蓮實重彦)として書籍化。

 

§『柔らかい肌』

機内前方を見るジャン・ドサイ↑

カーテンの向こうでフランソワーズ・ドルレアックが靴を履き替えている↑

フランソワーズ・ドルレアック、ジャン・ドサイ↑

店の外が気になるジャン・ドサイ↑

フランソワーズ・ドルレアックが見知らぬ男に話しかけられている↑

ジャン・ドサイ、フランソワーズ・ドルレアック↑

写真撮影をするジャン・ドサイとフランソワーズ・ドルレアック↑

ジャン・ドサイ、フランソワーズ・ドルレアック↑

ジャン・ドサイ、ネリー・ベネデッティ↑

鏡に映るネリー・ベネデッティ、ジャン・ドサイ↑

現像した写真を受け取るネリー・ベネデッティ↑