スティーヴン・スピルバーグ監督が2022年に撮った『フェイブルマンズ(The Fablemans)』は、自身の少年期を基調として描いた半自伝的作品になります(鑑賞劇場:TOHOシネマズ日比谷スクリーン13)。

1952年の在る夜。ニュージャージー州でユダヤ教徒の夫婦ミシェル・ウィリアムズ(役名:ミッツィ・フェイブルマン)とボール・ダノ (役名:バート・フェイブルマン) は、5歳になる息子のマテオ・ゾリアンフランシス・デフォード(役名:幼少期のサミー・フェイブルマン)を連れて、彼の人生初の映画となるセシル・B・デミル監督の『地上最大のショウ』(1952)を観ます。

終盤の列車と自動車の衝突シーンが脳裏に焼き付いたマテオ・ゾリアンフランシス・デフォードは、プレゼントされた模型列車にミニカーを衝突させることで高価なプレゼントを破壊してしまいます。

息子の目的を察したミシェル・ウィリアムズは、8ミリカメラで衝突シーンを撮れば、模型を壊さずに何度も好きなシーンを観ることが出来ることを教えます。
8ミリカメラに魅了されたマテオ・ゾリアンフランシス・デフォードは、妹のジュリア・パターズ (役名:レジー・フェイブルマン)、キーリー・カルステン(役名:ナタリー・フェイブルマン)、ソフィア・コペラ(役名:リサ・フェイブルマン)を巻き込んで様々なホーム・ムービーを撮り続けます。
1957年 。父親ボール・ダノのRCA社からGE社への転職により、一家はアリゾナ州フェニックスに転居することなりますが、ミシェル・ウィリアムズの強い希望から、ポール・ダノの親友でありビジネス・パートナーでもあるセス・ ローゲン(役名:ベニー)もフェニックスに同行します。

数年後、ガブリエル・ラベル演じる10代のサミー・フェイブルマンは、ボーイスカウトの友人達と映画の製作を続け、フィルムに穴を開けた銃撃シーンや地中に埋めた板を踏む爆風効果の演出は評判を呼びます。

その後、まもなく母親が亡くなったことに塞ぎ込むミシェル・ウィリアムズを元気付けようと、ポール・ダノはガブリエル・ラベルに映画編輯機材を与えて、先頃出掛けたキャンプ旅行の際に撮ったフィルムを上映してミシェル・ウィリアムズを元気付けることを提案します。

ボーイスカウトの映画製作に忙しいガブリエル・ラベルは難色を示しますが、父親の真剣さと高価な機材を与えられたことに降参した彼は、渋々キャンプ旅行のフィルム編輯を開始します。

翌朝、一家は元ライオン調教師で映画製作者だったミシェル・ウィリアムズの叔父シャド・ハーシュ (役名:ボリス・シルドクラート) の訪問を受けます。
夕食後、シャド・ハーシュ はガブリエル・ラベルの部屋で、自分達に流れる芸術家の血について話を始めます。

そして、抗えることの出来ない芸術への希求と家族や世間との妥協と相克を説いて、ガブリエル・ラベルを映像芸術の世界に引き込みます。
キャンプ映像の編輯中、ガブリエル・ラベルは、セス・ ローゲンと母親との仲睦まじい姿がフィルムに映り込んでいることに気付きます。

それ以来、何かと反撥するようになったガブリエル・ラベルの態度に憤ったミシェル・ウィリアムズは、ガブリエル・ラベルの背中を激しく平手で打ち付けます。
取り乱したガブリエル・ラベルは、ミシェル・ウィリアムズにセス・ローゲンと写っている編輯映像を見せると、ミシェル・ウィリアムズは泣き崩れます。
ガブリエル・ラベルは、このことを一切他言しないことをミシェル・ウィリアムズに約束します。

翌週、 IBM社で働くことになったポール・ダノは、家族にカリフォルニア州サラトガに転居することを告げますが、先端知識が求められるIBM社の仕事環境ではポール・ダノを連れて行くことは叶いません。
転校先のカリフォルニアでガブリエル・ラベルは、体格の違いやユダヤ教徒の少なさ等の地域ギャップの大きさを痛感します。

リーダー的な存在のサム・レヒナー (役名: ローガン・ホール)と取り巻きのオークス・フェグリー (役名:チャド・トーマス)から、宗教上のハラスメントを受けたことで、ガブリエル・ラベルはクラスメイトから阻害されてしまいます。

執拗な虐めが続いていた或る時、恋人と連れ立っていたサム・レヒナーが自分に絡んで来たことに怒ったガブリエル・ラベルは、サム・レヒナーが他の女性とキスしていたことを暴露します。

激しくサム・レヒナーに殴打されたガブリエル・ラベルは、恋人に虚言を吐いたことを謝罪する様に命令されます。
ガブリエル・ラベルは、サム・レヒナーの恋人と彼女の親友クロエ・イースト(役名:モ二カ・シャーウッド)の前で虚言を吐いた件について謝罪しますが、彼女達は彼のぎこちない謝罪の裏事情を即座に見抜きます。

その様なガブリエル・ラベルの姿に好感を抱いた熱心な基督教徒のクロエ・イーストとガブリエル・ラベルは親密になり、サム・レヒナーの恋人の親友と親しくなったガブリエル・ラベルの高校生活に明かりが射し込みます。

クロエ・イーストを家族の夕食に招いたガブリエル・ラベルは、彼女の父親が所有する憧れの16mmのアリフレックス・カメラを借りて 「Ditch Day」(※)のビーチ撮影をする提案を受け入れます。

しかし、セス・ローゲンと離れた生活が徐々にミシェル・ウィリアムズの精神と軀を蝕み始めたことから、彼女は家族に全てを告白し離婚することを決意します。

家族が悲嘆に暮れる中、ガブリエル・ラベルは卒業パーティ(プロム)の時に、両親の離婚をクロエ・イーストに告げた後に、テキサスA&M大学に進学するクロエ・イーストに、自分と一緒にハリウッドで暮らすことを提案します。

本作の主人公であるガブリエル・ラベルは、エンジニアの父と音楽家の母の許で育ったことから、撮影の技術的興味とアイデアの冴えを有するクラフトマンシップの資質と、芸術的欲求に抗えないアーティストの性(さが)が、自身の内部や環境下で鬩(せめ)ぎ合いながら葛藤する存在として描かれている印象を受けます。

映画では、導入部に5歳のマテオ・ゾリアンフランシス・デフォードが『地上最大のショウ』を観たことにより映画の世界に引き込まれる姿が描かれます。
しかしながら、彼が惹き付けられたのは、スクリーン上で繰り広げられるサーカスの曲芸、猛獣ショウ、パレードや道化師の演技ではなく、車両衝突の特撮場面であるところが、映像作家の幼少期譚としてのファンタスティックな象徴性を感じます。

この映画で特に印象に残ったのは、母親のミシェル・ウィリアムズが奏でるピアノの音を背景に、元ライオン調教師のジャド・ハーシュがガブリエル・ラベルに流れる芸術家の血を説くシーンです。

優秀なエンジニアである父ポール・ダノの対蹠となる芸術家肌の母ミシェル・ウィリアムズの血 (魂)が、自分にも存在することを意識する流れは、ガブリエル・ラベルの両親への理解や映画製作者への道を拓く端緒となるシーンではないかと考えます。
あと、感銘を受けたシーンは、プロム会場でガブリエル・ラベルの撮影した「Ditch Day」 の映像が上映されるシーンです。
そこでガブリエル・ラベルは、取り巻きの差別主義者オークス・フェグリーを映像で貶(おとし)める反面、サム・レヒナーを小世界のヒーローに仕立て上げることで、観客の喝采を浴びます。
自分に対して鬱屈した感情を持っているはずのガブリエル・ラベルが、自分をヒーローに描いたことを訝(いぶか)しんだサム・レヒナーは、ガブリエル・ラベルを問い詰めますが、ガブリエル・ラベルはそれが自分の監督権限による虚構の映像作品であることを力説します。
スティーブン・スピルバーグ監督による、自身の半生を基にした演出の冴えに惹かれる虚構の映像作品として、心揺さ振られる好きな映画です。

 

(※)卒業式の1週間前を休日とすることを暗黙の了解とする卒業生達の慣行。 


PS:終盤、ガブリエル・ラベルがデビッド・リンチ監督演じるハリウッドの巨星と出会うシーンは、映像作家同志の含みを感じる邂逅の瞬間として強く脳裏に刻まれるシーンではないかと思います。 

 

§『フェイブルマンズ(The Fablemans)』

 

ボール・ダノ、ミシェル・ウィリアムズ、セス・ ローゲン↑

ガブリエル・ラベル、クロエ・イースト↑