『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988) や『海の上のピアニスト』(1998) のジュゼッペ・トルナトーレが2022年に監督した音楽ドキュメンタリー『モリコーネ 映画が恋した音楽家(Ennio)』を、TOHOシネマズ・シャンテで観ました。

この映画は、2020年7月6日に91歳でこの世を去った、映画音楽に新たな足跡を残した作曲家エンニオ・モリコーネの生涯を、5年に及ぶ取材で描いた作品です。

音楽家志望ではなかったエンニオ・モリコーネが、トランペット奏者の父に半ば強制的にローマの音楽院に入学させられた時に始まる、長きに亘る高密度の音楽人生が辿られます。

 

指揮者・カルロ・マリア・ジュリーニやニーノ・ロータも学んだサンタ・チェチーリア音楽院でエンニオ・モリコーネは、「囚われ人の歌」のルイージ・ダラピッコラと並ぶ、イタリアを代表する現代音楽作曲家のゴッフレード・ペトラッシ(1904~2003)に師事します。
最愛の妻マリアとの結婚生活の為に、エンニオ・モリコーネは現代音楽を主たる生計の道とすることを諦め、映画音楽の仕事に従事します。
現代音楽とは異なるジャンルの作曲活動に従事することに対し、恩師や僚友達との間に距離を感じていたエンニオ・モリコーネでしたが、映像に対応する卓抜した作曲センスにより開花した彼の才能は、イタリアの映画界で認められることになります。

その様な彼が世界的な存在になるきっかけになったのは、小学校の同級生だったセルジオ・レオーネ監督との再会です。
セルジオ・レオーネに黒澤明監督の『用心棒』を観る様に言われたエンニオ・モリコーネは、イタリア西部劇が世界的に認知されるようになったリメイク版『荒野の用心棒』(1964)や『夕陽のガンマン』(1965)の後、世界の映像作家の評価が高い『続・夕陽のガンマン』(1966)や『ウエスタン』(1968)の音楽で映像コラボレーションの至芸を披露します。

エンニオ・モリコーネは、セルジオ・レオーネ監督の遺作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(1984) まで共同作業を行いますが、近代ニューヨークのユダヤ教徒地区出身のギャングを描いたこの映画は、「デボラのテーマ」に聴かれる特徴的な弦楽合奏と映像との有機的な絡み等と共に、独立したシンフォニックな芸術としても作曲家の個性が感じられる作品を世に送り出します。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』は、エンニオ・モリコーネの評価を変えることになり、かつての音楽院の恩師や僚友達を瞠目させます。

 セルジオ・レオーネ監督作品以外では、ベルナルド・ベルトリッチ監督の『1900年』(1976)、ローランド・ジョフィ監督の『ミッション』(1986)、ブライアン・デ・パルマ監督の『アンタッチャブル』(1987)、ジュゼッペ・トルナトーレ監督の『ニュー・シネマ・パラダイス』、クエ ンティン・タランティーノ監督の『ヘイトフル・エイト』(2015)、ピエル・パオロ・パゾリーニ監督の一連の作品等、500を超える作品の音楽を担当します。

5回ノミネートされたにも拘わらずアカデミー賞の作曲賞を受賞出来なかったエンニオ・モリコーネに対し、2007年に名誉賞が贈られる場面と、8年後の『ヘイトフル・エイト』で作曲賞を手にする場面では、出席者によるスタンディング・オベイションにより映画音楽のイノヴェイターに対する功績が称えられます。

本作では、 エンニオ・モリコーネの創作活動に纏わるエピソードが本人や関係者達によって語られます。
この映画を観て印象に残ったことは以下になります:

■ピアノや楽器を使わずに、映像イメージから得た楽想を直截譜面に書いて作曲していたこと。

■映像から得られた楽想で作曲することから、依頼主が求める過去の作品をイメージする作曲要請に素直に応じていなかったこと

(不満を抱いた監督が執拗な要求をしてきた時に、憤怒のエネルギーで不本意ながら作曲したメロディが名品となった事例があること)。
■依頼主である監督に披露する曲は妻・マリア・モリコーネの気に入ったものだけに決めていたこと

(出来上がった詩を字の読めない高齢者に聞かせて推敲した白居易の故事を思い出します)。

■暴力的で過激な映像表現を嫌っていたこと

(ピエル・パオロ・パゾリーニ監督は、その様な映像を排除編輯したフィルムで作曲を依頼していたこと)。

 エンニオ・モリコーネの業績を現代音楽作曲家として描いたこの作品は、映画音楽の水準を自ら引き上げたことにより、エンニオ・モリコーネ自身の現代音楽スタイルを確立したのではないかと思う部分があります。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』と『ミッション』で達成した独自の和声によるシンフォニックな世界が、その後の独立したオーケストラ作品の成果となったのではないかと考えます。

それにより、出自である現代音楽作曲家である彼と映画音楽作曲家の彼が、両者を融合させた傑出したコンポーザー・エンニオ・モリコーネの芸術を花開かせたのではないかと想像します。

クインシー・ジョーンズ、ジョン・ウィリアムズ、ハンス・ジマー等の畏敬の念に溢れたコメントに彩られた、音楽を愛する映画ファンに興味の尽きないアーティスト・バイオグラフィーとして好きな映画です。

 

§『モリコーネ 映画が恋した音楽家(Ennio)』