ウルトラミラクルラブストーリー

『俳優亀岡拓次』（２０１６）の横浜聡子監督が２００９年に脚本を書き監督した『ウルトラミラクルラブストーリー』は、『いとみち』（２０２１）と同じく青森を舞台にした作品で、第８３回キネマ旬報ベストテンで日本映画部門の第７位にランキングされております。

松山ケンイチ（役名:水木陽人）は、祖母の渡辺美佐子（役名:柴田もつ）と共に青森で農業を営んでおります。

しかし、情緒が安定しない松山ケンイチは、詳細に書き留めたホワイト・ボードのスケジュールを日々の行動計画としております。
或る日、青森の交通事故で恋人のARATA （役名:島田雲）を失った麻生久美子（役名: 神泉町子）が東京からやって来ます。
事故の衝撃で行方不明になった恋人の首を探しながら、失意の麻生久美子は幼稚園で働き始めます。

暫くして、麻生久美子はトラックで野菜を売りに来た松山ケンイチと渡辺美佐子と出会います。
幼稚園の芋掘り大会の打ち合わせを縁に、麻生久美子は彼女に一目惚れした松山ケンイチとの関わりが始まります。
松山ケンイチの直情的なアプローチの連続に麻生久美子は辟易しますが、渡辺美佐子はその様な松山ケンイチを外出禁止にします。

外出を禁止された松山ケンイチは、彼が育てているキャベツ畑に首だけを出して軀を埋めます。

その姿を見た通りがかりの小学生が、松山ケンイチに置いてあった農薬を散布します。
翌朝、農薬まみれのまま埋まっていた松山ケンイチの姿に驚いた渡辺美佐子は、彼を原田芳雄（役名：三沢）の病院に連れて行きます。

その日から、別人の様に落ち着いた物腰で接するようになった松山ケンイチに麻生久美子は戸惑いますが、二人の距離は急速に縮まります。

麻生久美子は松山ケンイチの求愛を断り続け、松山ケンイチは情緒が不安定になり出すと、ノゾエ征爾（役名:田中太）から購入した農薬を浴びることを繰り返します。
その頃、カミサマのメッセージを伝えるとされる藤田弓子（役名:三上のカミサマ）を訪ねた麻生久美子は、彼女から「生きている者は死んでいる者の声に耳を澄ませ」とのメッセージを受け取ります。

農薬を浴び続けた松山ケンイチの体調は日々悪化し、彼の心臓は遂に止まってしまいます。
原田芳雄の死亡宣告を受けた松山ケンイチでしたが、動かない心臓にも拘わらず食事を摂ること無く生き続けます。

心臓の止まった松山ケンイチは、或る日、首の無い軀の麻生久美子の恋人 ARATAと出会います。
二人は意気投合し、松山ケンイチはARATAから赤い靴を貰います。
松山ケンイチは子供達からゾンビ呼ばわりされますが、麻生久美子はARAIAの赤い靴を履いている松山ケンイチと暮らし始めます。
結婚したい為に、密かに農業を浴び続けていた松山ケンイチの姿にショックを受けた麻生久美子は、農薬に頼らなくてもこれまで通り暮らしを共にすることを約束します。
その言葉に欣んで林の中を走り出した松山ケンイチは、猟師に熊と間違えられて撃たれてしまいます。

葬式が終わり松山ケンイチの家に来た麻生久美子は、彼がホワイト・ボードに書いていたメッセージ「自分が死んだら町子先生に脳味噌をあげる」を目にします。

中盤から前衛的な展開が加速するこの作品では、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』（監督:ポール・トーマス・アンダーソン　２００７）のジョニー・グリーンウッドのギターを連想させる、大友良英による尖鋭的なギター音が鳴り響きます。
この映画は、首を失った恋人の頭を探す麻生久美子と麻生久美子を思う心機能を失った松山ケンイチが織り成す恋愛模様が描かれます。

そして、「生きている者は死んでいる者の声に耳を澄ませ」と語る藤田弓子の言葉は、生命と魂の繋がりを想起させるメッセージの様に感じます。
粗削りな生命エネルギーを奔出する松山ケンイチは、自然農法で育てた農作物を自分の畑で繰り返し収穫しております。

そこに、首を失った恋人の頭（脳）を探す東京育ちの麻生久美子に惹かれた松山ケンイチが、都会の劇団に憧れるノゾエ征爾から農薬を購入し、自身の「自然」を喪失した心鼓動の無い存在に変化します。

頭（脳）を有する心拍無き軀の存在となった松山ケンイチと、頭（脳）を失ったARATAの魂が共鳴するシーン、そしてホルマリン漬けとなった物質としての松山ケンイチの脳を見つめる麻生久美子が微笑むシーンは、含みを感じる幻想的でファンタスティックな映像表現ではないかと思います。
尖鋭的な映像が横浜聡子監督のメッセージへと誘う、多彩な刺戟を与えてくれる作品としてこれからも観続けて行きたい映画です。

§『ウルトラミラクルラブストーリー』