パラマウント社の恋愛ミュージカル映画『G・I・ブルース(G・I・Blues)』(監督:ノーマン・タウログ 1960)は、エルヴィス・プレスリーというアーチストのキャリアのみならず、その後の音楽・娯楽映画に広く影響を及ぼした作品ではないかと考えます。

 

西ドイツ駐屯アメリカ第3機甲師団に属するエルヴィス・プレスリー(役名:タルサ・マクリーン)とジェームズ・ダグラス(役名:リック)とロバート・アイヴァース(役名:クッキー)は、エルヴィス・プレスリーをメイン・ボーカリストとする音楽トリオのバンド仲間です。

除隊後に故郷でナイトクラブを一緒に経営しようと相談する程の仲の良さですが、パブやナイト・クラブで演奏して得られるギャラも借金漬けの日々では開業資金はなかなか貯まりそうにはありません。

そのような彼等の部隊が駐屯しているフランクフルトにはカフェ・オイローパがあり、そこには難攻不落と評判のジュリエット・プラウズ(役名:リリー)という看板クラブ・ダンサーが居ます。

エルヴィス・プレスリーと友人のエドソン ・ストロール(役名:ダイナマイト)は、部隊の仲間を巻き込んでジュリエット・プラウズと恋仲になった暁には300ドルの賞金が得られるという賭けをします。

或る日、ジュリエット・プラウズとデートをする手筈だったエドソン ・ストロールがアラスカに転属になったことから、急遽エルヴィス・プレスリーが彼の替りに彼女とデートをすることになります。

苦心の末ジュリエット・プラウズとデートをすることが出来たエルヴィス・プレスリーは、パブやクラブを廻るうちにジュリエット・プラウズの興味を惹くことに成功します。

そして、ジュリエット・プラウズはエルヴィス・プレスリーを自分のアパートに誘いますが、そこにはイタリア出身のルーム・メイトであるレティシア・ロマン(役名:ティナ)が住んでいました。

恋心が芽生えた2人はマイン川沿いの葡萄畑を見下ろすケーブル・カーに乗り、「ポケットが虹でいっぱい」を歌います。

一方、エルヴィス・プレスリーの友人・ロバート・アイヴァースは、ジュリエット・プラウズのルームメイトのレティシア・ロマンと恋に落ちます。

しかし、或る時ジュリエット・プラウズは300ドルの賞金の話を、エルヴィス・プレスリーの上官から聞いてしまいます。

憤ったジュリエット・プラウズは、いくらエルヴィス・プレスリーが弁明しても聞く耳を持ちません。

ジェームズ・ダグラスと彼の恋人・シグリッド・マイヤー(役名:マーラ)の乳飲み子・タイガーのお守りをして気を紛らわそうとする意気消沈したエルヴィス・プレスリーでしたが、泣き止まないタイガーに手を焼いてしまいます。

途方に暮れたエルヴィス・プレスリーは、唯1人の女友達であるジュリエット・プラウズに電話をします。

エルヴィス・プレスリーはジュリエット・プラウズのアパートにタイガーを連れて入ります。

所属部隊の兵士達は、2人が子供を抱いている姿を見て動揺します。

 

除隊後初のミュージカル作品である本作は、エルヴィス・プレスリーの徴兵中のG・I・カットと軍服が似合うことに目を付けたと思われる製作動機や、西ドイツのビア・パプや特急のコンパートメントで軍服姿のまま歌う展開に心が浮き立つものを感じます。

戦車兵の軍曹として任務を全うしたエルヴィス・プレスリーも、除隊直後にまた軍服を着ることになるとは想像出来なかったのではないかと思います。

しかし、在独中に後に妻となるプリシラ・アン・ポーリューとの出逢い等があったので、後年のファンは単なる映画だけの夢世界ではなく、徴兵任務期間中でも歌やロマンスが存在していたのだと考えると、この映画を別の意味でも愉しめるのではないかと思います。

10年間に年間3本の映画を撮り続ける契約が除隊後に締結されますが、『G・I・ブルース』を嚆矢とするアメリカ国民が当時好んだと思われる観光地での作品群は、後に本邦を含む東洋の無国籍映画やアイドル・ミュージカルに影響を及ぼしたのではないかと推察します。

観光地のホテルやレストランで歌う曲の中に、現地の音楽とロックのフュージョン(フラ、マリアッチ等)が含まれているのが愉しいことから、日本を舞台にした作品でロックと日本の音楽との融合作を歌って欲しかったものです(※1)。

『G・I・ブルース』のサントラLPは主題曲を筆頭に名曲揃いですが、ジュリエット・プラウズ(※2)とリースリングの葡萄畑を横切るゴンドラで歌う大瀧詠一が愛した名旋律「Pocketful of Rainbows(ポケットが虹でいっぱい)」、独逸民謡「ムシデン」こと「Wooden Heart 」やララバイ「Big Boots 」は、60年代前半のエルヴィス・プレスリーの夢見るような高音の美声が堪能出来る愛聴曲です(※3)。

この映画を観ていると、ダンサーのジュリエット・プラウズの名前がリリーであることと、エルビス・プレスリーが人形劇に参加することから、レスリー・キャロンが人形と会話するリリーを演じたMGMミュージカル『リリー(Lili)』(監督:チャールズ・ウォルタース 1953)へのオマージュを感じます。

『監獄ロック』(監督:リチャード・ソープ 1957)以降のアイドル・ミュージカル映画(※4)は、主としてエルビス・プレスリーの歌唱を中心に据えたミュージカル作品ですが、本作で披露される往年のミュージカル映画の流れを汲むジュリエット・プラウズの華麗なダンスや、『ラスベガス万歳』(監督:ジョージ・シドニー 1964)でのアン・マーグレットのロックンロール・ダンス等が加わることにより、バラエティ色を感じるミュージカル作品として愉しむことが出来るのではないかと思います。

西ドイツを舞台に繰り広げられる、名曲に彩られた除隊直後のエルヴィス・プレスリーのアイドル・ミュージカルとして愛する映画です。

 

(※1)『エルヴィス』(監督:オースティン・バトラー 2022)で描かれていた様に、マネージャーのトム・パーカー大佐の個人的な事情によりアメリカ国外での撮影を避けていたことから、本作でも西ドイツのロケ現場にはエルヴィス・プレスリーは登場しておりません。

従って、彼が西ドイツの風景と共に映るシーンでは、プロデュ―サーのハル・B・ウォラスがエルビス・プレスリー入隊中に現地で撮影していたスクリーン・プロセス映像等を使って撮影されております。

この方式を踏襲して日本を舞台とする作品が創られておればと、思わずにはおれません。

 

 (※2)ジュリエット・プラウズはウオルター・ラング監督の『カンカン』(1960)でダンサーとして出演しております。

あと『エルビス・オン・ステージ』(監督:デニス・サンダース 1970)では彼女が招待客として入場する姿が映ります。

 

(※3)大瀧詠一は1970年代の音楽雑誌に、影響を受けたLPレコードとして1962年発売の「ポット・ラック」を挙げております(「オレにはじまるロック史: 大瀧詠一 細野晴臣」ヤマハ音楽振興会、ライト・ミュージック 1975年8月号〈Vol.7 No. 9〉)。

1961年発売の「歌の贈り物」や、『ブルー・ハワイ』(監督:ノーマン・タウログ 1961)、『G・I・ブルース』のサウンド・トラック盤と共に除隊直後のミディアム・スローやバラッドの高音の美声に酔いしれることが出来ることから、個人的に愛聴しております。 

 

(※4)(※1)萩尾 瞳、小藤田 千栄子、中島 薫、村岡 裕司、山内 佳寿子「プロが選んだはじめてのミュージカル映画 萩尾瞳ベストセレクション50」近代映画社、2008年、pp96~97(’エルヴィス・プレスリーとアイドル・ミュージカル’)

 

PS:この文章は2018年2月掲載の文章に粗筋を加え、大幅に加筆・変更を加えた差替えになります。

 

§『G・I・ブルース』

エルヴィス・プレスリー(右)↑

ロバート・アイヴァース(b)、「G・I・Blues」を歌うエルヴィス・プレスリー(vo,g)、ジェームズ・ダグラス(g)↑

「Frankfurt Special」を歌うエルヴィス・プレスリー(g)↑

ジュリエット・プラウズ↑

「Wooden Heart 」を歌うエルヴィス・プレスリー↑

「Pocketful of Rainbows(ポケットが虹でいっぱい)」を歌うジュリエット・プラウズ、エルヴィス・プレスリー↑

エルヴィス・プレスリー、タイガー、シグリッド・マイヤー、ジェームズ・ダグラス↑

ロバート・アイヴァース、レティシア・ロマン↑

ジュリエット・プラウズ、エルヴィス・プレスリー↑