アイスランドの歌手ビョークが主演した『ダンサー・イン・ザ・ダーク (Dancer In The Dark)』(監督:ラース・フォン・トリアー 2000年)は、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞したミュージカル映画になります。

アメリカの或る町で、チェコからの移民ビョーク(役名:セルマ)は、息子のヴラディカ・コスティック (役名:ジーン)と2人で隣人の警察官デヴィッド・モース (役名:ビル)から借りているトレーラーハウスに暮らしています。

ビョークは先天性な病の為に、医者から1年以内に視力を失うことが告げられています。
息子のヴラディカ・コスティックも遺伝により、手術をしなければ失明してしまうことから、ビョークは昼は金属プレス工場で働き、夜は内職をして手術費用を貯めています。

ビョークはミュージカル・サークルの舞台に出演することを愉しみにしていますが、次第に悪化する視力は彼女の軀から光を奪い始めます。
息子のヴラディカ・コスティックは、クラスで彼だけが自転車を持っていないことをビョークに告げます。

デヴィッド・モースと彼の妻カーラ・シーモア (役名:リンダ)、そしてカトリーヌ・ドヌーヴ(役名:キャシー)とビョークに思いを寄せるジェフピーター・ストーメア (役名:ジェフ)が、息子に自転車をプレゼントしてくれます。
普段は決して高価なプレゼントを受け取らないビョークでしたが、 息子・ヴラディカ・コスティックが欣ぶ姿を見て受け取りを承諾します。
デヴィッド・モースの妻カーラ・シーモアは、夫には親の遺産があることにより、警官としての収入を超えた暮らし振りをしています。

しかし、カーラ・シーモアの浪費により蓄えは底をつき、デヴィッド・モースは家を担保に銀行から借金をしていました。
或る日、デヴィッド・モースから涙ながらに彼の告白を聞かされたビョークは、自分も息子の為に手術費用を貯めていることを打ち明けます。
視力が次第に衰えるビョークを心配したジェフピーター・ストーメアは、彼の車で自宅へ送り届けることをビョークに申し出ますがビョークは断ります。

そこに現れた警官のデヴィッド・モースは、自分が家まで送ると言って有無を言わせずビョークをパトカーに乗せます。
借金苦のデヴィッド・モースは道中でビョークに無心しますが、ビョークは断ります。
失明する前に貯金を殖やそうと焦るビョークは、カトリーヌ・ドヌーヴの反対を押し切って夜勤のプレス作業も始めます。
しかし、ミスでプレス機械を壊してしまったビョークは工場を解雇されてしまいます。
ビョークから帰り道に失明を打ち明けられたジェフピーター・ストーメアはショックを受けますが、ビョークは空想の中でダンスを踊ります。

彼女の視力の弱さを利用して貯金の隠し場所を知ったデヴィッド・モースは、貯金を盗み出した後に、ビョークを追い出す為にカーラ・シーモアに、ビョークが自分に迫って来たとの虚言を吐きます。

デヴィッド・モースから貯金を取り返す為に、ビョークは2階のデヴィッド・モースの部屋に乗り込みますが、デヴィッド・モースは拳銃を取り出して彼女を脅します。
貯金を取り戻そうと揉み合いになった際に、誤って銃が暴発してしまったことでデヴィッド・モースは重傷を負います。

ビョークに罪を擦り付けようと考えたデヴィッド・モースは、妻・カーラ・シーモアに通報させると共に、ビョークを挑発して自分を撃つように仕向けます。
動転したビョークはデヴィッド・モースをに銃口を向けますが、鞄に入ったビョークの金を手放そうとしないデヴィッド・モースをビョークは金庫ケースで殴ります。

貯金を取り戻したビョークは、事件を知らないジェフピーター・ストーメアの車で病院に向かいます。

息子が来院したら眼の手術を受けさせて貰える様に、ビョークはノヴィと名乗る男性が来たら治療をする様に言づけて貯金を眼科医に託します。

チェコのダンサーであるノヴィの名前を聞いた眼科医は、それが彼女の息子・ヴラディカ・コスティックを意味することを理解します。

やがて逮捕されたビョークは法廷に呼び出されますが、冷戦下のチェコ出身であることや視力を隠して働いていたこと、そしてデヴィッド・モースを繰り返し殴打したこと等の証言により、彼女は追い詰められてしまいます。
更に、ビョークが送金先の父親であると公言していた ジョエル・グレイ演じるノヴィが証人として裁判所に召喚されます。

ジョエル・グレイがビョークの父親ではないと証言したことで、 ビョークは一層不利な立場に追いやられますが、ビョークは憧れのダンサーに逢えたことに魂の昂まりを覚え、ジョエル・グレイと舞台で踊る自分を空想します。
死罪が言い渡されたビョークは、 息子にノヴィと名乗って眼科医に行くようにと、面会に来たカトリーヌ・ドヌーヴに伝言を依頼します。

ビョークを想うジェフピーター・ストーメアは、ビョークが手術費用を医師に預けていることを知ります。

それを聞いたカトリーヌ・ドヌーヴは、手術費用を使って弁護士を雇えば、死罪を覆すことが出来ることをビョークに伝えます。
しかし、ビョークは、自分の助命よりもヴラディカ・コスティックの失明を阻止することが自分の願いであることを告げます。

通風口から教会の讃美歌が微かに聞こえることを女性刑務官から聞いたビョークは、讃美歌に合わせて 「私のお気に入り(My Favorite Things)」を歌い続けます。

執行の日、ビョークに駆け寄ったカトリーヌ・ドヌーヴは、メッセージと共に不要となったヴラディカ・コスティックの眼鏡をビョークに渡します。
映画は "They say it's the last song they don't know us. You will see it's only the last song if we let it be(私達を知らない人達にはこれが最期の歌だと思うのでしょう。判ると思いますが、私達がそれを容認した時に初めて最期の歌になるのです。)." のメッセージと共にエンド・クロールとなります。

本作を粗筋 (プロット)でジャンル分けをするならば、 MGM社が製作した往年のミュージカル映画に代表されるラブ・ロマンスやコメディ・ミュージカルとは異なる、アーサー・ローレンツ脚本・レナード・バーンスタイン作曲の「West Side Story」や欧米自然主義作品を思わせるトラジディ (悲劇)・ミュージカルの範疇に属する作品ではないかと考えます。

しかしながら、個人的な感想として、鑑賞後の余韻はビョークや彼女を愛する人々の哀しみが深く心に刻まれながらも、決して絶望的で殺伐としたものではなく、ビョークの愛情が連綿と息子のヴラディカ・コスティックや彼女を愛する人々の心に息づいて行く様な柔らかい感情に包まれる気がします。

それは、ビョークが歌うミュージカル部分が彼女の空想や欣び、そして希望のイメージを現しているからではないかと思います。

そして、デヴィッド・モース以外の登場人物も、彼の虚言を信じる妻・カーラ・シーモアを除けば、ビョークに対して善意ある存在であることに由るのかも知れません。

あと、この映画を観て感銘を受けたのは、ビョークが空想世界であるミュージカル部分へ移行するきっかけとしてのリズムの反復です。

インダストリアルなプレス機械の音、列車の走行音、レコード再生終了時に繰り返される針音、裁判中メモを取る筆記音、階段登攀時の足音のリズムからミュージカル場面が始まることで、ビョークの音楽的な内面世界に誘われるファンタスティックな導入部となっている様に感じます。

音楽家・ビョーク自身が愛する『サウンド・オブ・ミュージック』(監督:ロバート・ワイズ)のオマージュとして、本作では「すべての山に登れ)」、「私のお気に入り(My Favorite Things)」、「さようなら、ごきげんよう」が登場し、ビョークとカトリーヌ・ドヌーヴが映画館で観る『四十二番街』(監督:ロイド・ベーコン 1933)、『キャバレー』(監督:ボブ・フォッシー 1972)で重要な狂言回し役だったジョエル・グレイがフレッド・アステアの様に踊るタップ・ダンスや、フレンチ・ミュージカル俳優としてのカトリーヌ・ドヌーヴ出演等のミュージカル映画のオマージュが全編を彩っております。

そして、本作ではハンディ・カメラによるドキュメンタリー・タッチの映像の中で、ビョークによる演出アイデアを感じるミュージカル部分が、画質の異なる固定カメラで撮影されていることにより(※)、ビョークの精神世界を覗き込む様な感覚を覚えます。

映画の中でミュージカルのエンディング・チューンを敢えて聴かないと語るビョーク演じるセルマが、最期の歌を歌わないとする彼女のメッセージに、21世紀に繋がるミュージカル映画の血脈を感じる作品として好きな映画です。


(※)ラストの「ニュー・ワールド」はハンティ・カメラによる撮影。

 

PS:往年のミュージカル映画のオマージュという意味では、本作のタイトルも、『バンド・ワゴン』(監督:ヴィンセント・ミネリ 1953)の中で、公園でフレッド・アステアとシド・チャリシーが「ダンシング・イン・ザ・ダーク」の名旋律に合わせて踊る、MGMミュージカルを代表するシーンを連想してしまいます。

 

§『ダンサー・イン・ザ・ダーク (Dancer In The Dark)』

ビョーク、デヴィッド・モース↑

ビョーク、ヴラディカ・コスティック↑

カトリーヌ・ドヌーヴ、ビョーク↑

カトリーヌ・ドヌーヴ(左)、ビョーク(右)↑

ビョーク(前)、ジェフピーター・ストーメア(後)↑

ビョーク(中央)↑

カーラ・シーモア ↑

ビョーク↑

ビョーク(中央で両手を広げている)↑

ビョーク↑

ビョーク↑