成瀬巳喜男監督の作品は2005年の生誕100年の年に、衛星放送や国立近代美術館フィルムセンターで記念上映されたので数多く観ることができましたが、その中でも何度も繰り返して鑑賞している映画は、『流れる』(1956)と『浮雲』(1955)と『女の歴史』(1963)になります。

 

美容院を営む高峰秀子(役名:清水信子)は、一人息子の自動車セールスマン・山崎努(役名:清水功平)と母子二人で暮らしています。

高峰秀子は材木問屋の宝田明(役名:清水幸一)と昭和12年に結婚し、翌年に功平が誕生します。

戦時下の昭和19年、高峰秀子は宝田明宛ての女性の手紙を見付けたことで実家に帰ります。

宝田明は実家に帰った高峰秀子を迎えに行きますが、彼の許には赤紙が届けられておりました。

夫の親友・仲代達矢(役名:秋本隆)と大勢の人々に見送られて、宝田明は出征します。

戦況が逼迫する中、高峰秀子は空襲で両親を失い、息子の堀米広幸(役名:清水功平〈少年期〉)は国民学校に入学します。

宝田明の戦死の報が届き暫くすると、日本はポツダム宣言を受諾し終戦を迎えます。

寡婦となった親友の妻・高峰秀子に、復員した仲代達矢は優しく接します。

或る日、米の担ぎ屋として生計を立てている高峰秀子の前に現れた仲代達矢は、不当に会社が隠匿しようとしていた軍事物資の売却で得た5千円という大金を彼女に渡し、彼女の許を立ち去ります。

息子・堀米広幸の肺炎治療の為にペニシリンを入手する際、宝田明と関係が有ったと称する草笛光子(役名:木下静代)と偶然出会った高峰秀子は打ちひしがれますが、一人息子を心の支えとして生きることを決意します。

しかし、息子・山崎努は、キャバレー勤務の星由里子(役名:富永みどり)を残して事故死してしまいます。

高峰秀子は息子の子供を身籠っている星由里子に厳しい言葉を口にし、これまでの自分の人生とはなんだったのかを嘆き苦悶します。

 

2005年8月開催のフィルムセンターの成瀬巳喜男監督生誕百年記念上映会(8月25日16時上映)で鑑賞した本作は、ギ・ド・モーパッサンの小説「女の一生」(1883)をアイデアの源泉として、戦前・戦後を生きた一人の女性の運命を描いた作品になります。

この映画で印象に残るのは、終始高峰秀子に想いを寄せる仲代達矢演じる亡夫の親友ですが、互いに想いを寄せながらも、精神性の強い二人の濁りの無い想いが終始煌めきを失うことなく描かれている映画ではないかと考えます。

現代とは異なる戦争が時代背景にあることから、一般的な純愛との比較は出来ないのではないかと思わせる程、この映画で描かれる恋愛の純度は高い様に思います。

夫・宝田明と息子・山崎努を戦争と事故で失う高峰秀子は、実直に生きていても抗えない運命に翻弄される存在に映ります。

そして、高峰秀子の預かり知らぬところである夫と息子の女性の存在に、彼女の心は時間を超えて揺さ振られます。

その様な高峰秀子に、仲代達矢があたかも守護天使の様に現れては彼女の精神に安寧を齎(もたら)しますが、慕い合う二人の関係を成瀬巳喜男監督は、あたかも宗教的なレベルにまで純化させて描いている様に感じます。

『浮雲』で高峰秀子が享受した陽光煌めく仏印の戦時下の恋愛を、戦後は光量少ない雨天続きの屋久島にその舞台を移して描いた成瀬巳喜男監督は、本作では運命に翻弄されながらも一筋の天の光が射し続ける高峰秀子の姿を描こうとしたのではないかと考えます。

高峰秀子と星由里子との終盤の絡みにより観終わった後も長く倖せの余韻に浸ることが出来る、これからも観続けて行きたい成瀬巳喜男作品です。

 

PS:この文章は2018年1月に掲載の内容を大幅に変更し、粗筋を加えて差替えたものです。

 

§『女の歴史』

山崎努、星由里子↑

高峰秀子↑

高峰秀子、宝田明↑

高峰秀子、宝田明↑

仲代達矢、高峰秀子↑

高峰秀子↑

仲代達矢、高峰秀子↑

仲代達矢、高峰秀子↑

高峰秀子、宮本豊子(役名:仲代達矢演じる秋本隆の娘)、仲代達矢↑

星由里子、高峰秀子↑

高峰秀子、星由里子↑