アメリカン・ニューシネマの傑作『俺たちに明日はない』(1967) を撮ったアーサー・ペンが、ウィリアム・ギブスンの戯曲を基に1962年に監督した『奇跡の人 (The Miracle Worker)』 は、アン・バンクロフトがアカデミー賞主演女優賞、パティ・デュークが同助演女優賞を受賞したヘレン・ケラーの伝記映画になります。

1880年6月にアメリカの南部アラバマ州で地主ヴィクター・ジョリー(役名アーサー・ケラー)とインガー・スヴェンソン (役名:ケイト・ケラー)との間に生まれたヘレン・ケラーは、1歳半の時に罹った猩紅熱による髄膜炎により視力と聴力に障碍を負ってしまいます。

パディ・デューク演じるヘレンが7歳になっても意思疎通が上手く出来ないことに悩む両親は、視覚障碍者の生徒達が通う学校に支援を請うと、優績で学校を卒業したアン・バンクロフト(役名:アン・サリヴァン)が住込み家庭教師としてサングラス姿でケラー家にやってきます。
アン・バンクロフトが持参した人形を手にしたパディ・デュークに、アン・バンクロフトは指文字でDOLLの四文字を教えようとします。
しかし、パディ・デュークが暴力的な態度を取り続けることや、歩きながら手掴みで家族の皿から食事をする様を見たことで、言葉よりも先ず躾を教えることの必要性を痛感します。

躾に関し家族と口論なった後、パディ・デュークとアン・バンクロフトは2人だけになった食堂で、激しく長い攻防の末に食事のルールに従わせることに成功します。

荒療治を伴う指導方法にヴィクター・ジョリーは異議を唱えますが、パティ・デュークに何かが変わりつつある兆しを感じたインガー・スヴェンソンは、アン・バンクロフトに娘を託すことを説得します。

愛情に支えられた厳しい指導にも拘らず、パディ・デュークの乱暴癖が繰り返される原因が、両親への甘えによるものと判断したアン・バンクロフトは、2週間限定で離れに2人だけで過ごさせてくれる様に頼み込みます。

2週間の間、マナーや指文字も会得し始めたパディ・デュークに、アン・バンクロフトは世の中と彼女を結び付ける指文字の意味が理解出来れば彼女の心に光が差し込むことから、あと1週間離れで過ごさせてくれる様に両親に頼みます。

しかし、約束通りに家族の許に戻ってしまったパディ・デュークは、沸き上がった家族に対する鬱屈した感情により、わざと手掴みで食事をし、水差しを倒してしまいます。
憤慨したアン・バンクロフトは、パディ・デュークにとって久し振りに家に戻った特別な瞬間だから手荒なことはしない様にと叫ぶインガー・スヴェンソンの訴えを振り切って、水差しの水を汲ませる為にパディ・デュークを井戸に連れて行きます。
そして、井戸から汲み出された冷水に触れた瞬間、パティ・デュークの心に変化の光が射し始めます。 

 

1959年にブロードウェイの舞台でヘレン・ケラーを演じたパディ・デュークは、1969年にこの映画の製作者であるフレッド・コーが監督した『ナタリーの朝』でナタリー・ミラーを演じ、1979年のTV映画リメイク 『奇跡の人』では教師・アン・サリヴァンを演じております。
マイク・ニコルズ監督によるアメリカン・ニューシネマの名作『卒業』(1967)で、過去の喪失感と満たされぬ現在に苛まれるミセス・ロビンソンを演じたアン・バンクロフトは、本作では過去の苦しみや亡弟のフラッシュ・バックによる幻想的な映像効果も相俟って、パディ・デュークの人生に光を与えることへの使命感と自身の再生の為に身を削って対峙する役を演じている様に思います。

印象に残るシーンとしては、パディ・デュークが小鳥に触れ、卵に触れた後に、殻から出ようとする雛を掌に包み込む、小さな生命の誕生を感じる抒情的なシークエンスの美しさです。

あと、幻想的なオープニング・タイトルやアン・バンクロフトの過去を描いたフラッシュ・バックの尖鋭的な多重露光映像、そして明暗が強調されたモノクロ映像に、映像作家としてのアーサー・ペンの演出の巧みさを感じます。

終盤、パディ・デュークが覚醒する場面で、水 (water)が容器に入った飲料であるのみならず冷たさも伴う液体そのものを意味することに気付きます。

それにより、空気や光と共に生命を支える水を認識したことで、パディ・デュークの心に光が射し込む展開には感動を覚えます。

あと、本作は、南北戦争に南軍大尉として従軍していた父親のヴィクター・ジョリーにとっても、北部ボストンから来たアン・バンクロフトに抱いていた偏見が氷解する過程も描かれている様に思います。
戦前・戦後延べ3回来日して、本邦でも教育・福祉の発展に貢献したヘレン・ケラーの人生の転機を、アン・バンクロフト演じるアン・サリヴァンの信念に基づく愛情と生命の尊厳を扱った作品として好きな映画です。 

 

§『奇跡の人』

オーナメントに映るパディ・デューク(オープニング・タイトル)↑

パディ・デューク、アン・バンクロフト(オープニング・タイトル)↑

アン・バンクロフト↑

アンドリュー・ブライン(役名:ジェームズ・ケラー)、インガー・スヴェンソン 、ヴィクター・ジョリー↑

パディ・デューク、アン・バンクロフト↑

アン・バンクロフト、パディ・デューク↑

アン・バンクロフトの顔に被さる多重露光映像↑

インガー・スヴェンソン 、ヴィクター・ジョリー、アン・バンクロフト(明暗が強調されたシーン)↑

アン・バンクロフト、パディ・デューク↑