『恋愛小説家(As Good As It Gets)』はジェームズ・ブルックス監督が1997年に撮った映画で、主演のジャック・ニコルソンとヘレン・ハントが夫々アカデミー主演男優賞と主演女優賞を受賞した作品です。

 

ニューヨークのマンハッタンに暮らすベストセラー小説家のジャック・ニコルソン(役名:メルヴィン・ユーダル)は、強迫症の為に石鹸は一度使うと捨て、動物に触れることを忌み嫌い、街を歩く際には歩道のヘリを踏まないようにして、いつも同じダイナーのテーブルで持参した使い捨てのナイフとフォークを使って朝食を食べます。

ジャック・ニコルソンは、いつも決まった「目玉焼き3個、ソーセージとポテトフライにパンケーキ、コーヒーにはダイエット・シュガー」を、お気に入りのウェイトレスのヘレン・ハント(役名:キャロル・コネリー)に注文して朝食に食べることを日課としています。 

ダイナーで我が道を行く態度を取り続けるジャック・ニコルソンは、憎まれ口を受け流すことが出来るヘレン・ハントから給仕されることに拘っており、彼女以外のサービスは頑なに拒否し続けます。

或る日、隣人のグレッグ・キニア (役名 :サイモン・ビショップ)が強盗に襲われて重傷を負ったことから、彼の姿を発見したジャック・ニコルソンは警察に通報します。

画家のエージェントである強面(こわもて)のキューバ・グッティング・Jr(役名:フランク・サックス)は、日頃のジャック・ニコルソンのグレッグ・キニアや飼い犬バーデルに対する失礼な態度の意趣返しに、グレッグ・キニア入院中の飼い犬バーデルの面倒を見る様に脅迫します。

嫌がっていた飼い犬バーデルとの共同生活も、ジャック・ニコルソンは高級肉やダイナーのベーコンが功を奏して懐き始めたバーデルの様子に、次第に心を開くようになります。 

ブルックリンに住むヘレン・ハントは、母親のシャーリー・ナイト(役名:ビヴァリー・コネリー) と喘息に苦しむ息子のジェシー・ジェームズ(役名:スペンサー・コネリー)と3人で暮らしています。

しかし、ヘレン・ハントは医療保険に加入していない為に、息子に満足な検査や治療を受けさせることが出来ません。 

息子の看病の為にダイナーに出られなくなったヘレン・ハントに、他のウェイトレスの給仕に適応出来ないジャック・ニコルソンは動揺します。

ダイナーで朝食を摂れなくなることを畏れたジャック・ニコルソンは、強引な手段を使って知り得た彼女のアパートに、腕利きの医師と看護士を差し向けます。 

ヘレン・ハントと母親のシャーリー・ナイトは、初めて接した懇切丁寧な医師の診療に心を奪われます。

しかし、息子の軀を思う半面、ダイナーの悪評高き客であるジャック・ニコルソンの差し向けであることから、ヘレン・ハントはジャック・ニコルソンに感謝の言葉を述べつつも、自分に気があるとしても全ての努力は一切無駄であるとのメッセージを強い口調で伝えます。

退院した画家のグレッグ・キニアは、暴行を受けたショックと愛犬バーデルの変容によって画家としてのミューズを失ってしまいます。

創作活動に行き詰まり意気消沈したグレッグ・キニアは経済的に困窮し、医療保険未加入により請求された高額の治療費が彼を破産寸前に追い詰めます。 

思案に暮れたグレッグ・キニアは、止む無く疎遠になっていた両親に無心する為、故郷ボルチモアに向かうことを決心します。 

強面エージェントのキューバ・グッティング・Jrは、サーブ 900コンバーチブルを彼に貸し出しますが、彼自身は忙しくて同行出来ないことから、ジャック・ニコルソンに同行する様に言い付けます。

しぶしぶ同意したジャック・ニコルソンは、女性に異性を感じないグレッグ・キニアとの2人旅に居心地の悪さを感じるとの理由で、ヘレン・ハントにボルチモアに一緒に行ってくれることを懇願します。

ボルチモアに着いた時、ヘレン・ハントはジャック・ニコルソンに夕食に連れて行ってくれるように頼みます。 

入ろうとした店にドレス・コードがあったことから、近くの洋装店で購入したファッションに身を包み良いムードに浸っていた二人でしたが、ジャック・ニルソンが不用意に口走った一言がヘレン・ハントの逆鱗に触れてしまい、彼女はレストランから出て行ってしまいます。 

突然グレッグ・キニアの部屋に泊めて欲しいと現れたヘレン・ハントに驚くグレッグ・キニアでしたが、入浴しようとしていた彼女の半身の後ろ姿に芸術的創造意欲が再燃した彼は、ヘレン・ハントに頼み込み、次々と朝までスケッチをし続けます。

立ち直る自信を得たグレッグ・キニアは、両親には会わずにニューヨークに帰ることを2人に告げます。 

ニューヨークに戻ると、アパートが転貸されてしまっているグレッグ・キニアに、ジャック・ニコルソンは自分のアパートの一部をアトリエとして提供します。

ジャック・ニコルソンの優しさに感激したグレッグ・キニアは、恋に悩むジャック・ニコルソンの一助となるアドバイスを与えます。

 

原題の「As Good As It Gets」は、「これ以上は無い最善」を意味する英語表現とのことですが、この映画で描かれる器用とは言い難い恋愛模様を観ていると、ベスト(最高)ではなくとも現実的な最善に重心を置いた、含みのある表題ではないかと考えます。 

ダイナーから追い出される時に、他の客が喝采する程不遜で自分本位な客を演じるジャック・ニコルソン。

そんなジャック・ニコルソンの口の悪さを忍耐強く受け流しながらも、堰が決壊すると全ての感情を口走ってしまうヘレン・ハントとの絡みは、この映画特有の恋愛世界を形創っている様に思います。

フィクションとして恋愛小説を書くジャック・ニコルソンは、いざ自分の恋愛となると、相手に自身の想いが伝えられずに、 自己韜晦 (とうかい)で固めたレトリック過多の喋り口を繰り返すことで、逆に相手の気持ちをないがしろにしてしまいます。

その様なジャック・ニコルソンに対して、ヘレン・ハント演じるキャロル・コネリーは、脇目を振らずに物事に一途に向き合うタイプとして描かれているのではないかと考えます。 

それは、ジャック・ニコルソンが派遣した医師の診療で得られた心の平穏により、長く忘れていた異性への関心が沸き上がったと呟く変化に現れている様に思います。

『キャスト・アウェイ』(監督:ロバート・ゼメキス  2000)で無人島から帰還したトム・ハンクスと4年振りの再会を果たしながらも、別れなければならない状況を抒情的に演じたヘレン・ハントが、本作では竹を割った様な人物としてジャック・ニコルソンを掌中に収めつつ、揺れて止まない恋心を繊細に演じている姿には感銘を受けます。

恋愛の数だけ存在する恋愛パターンには、小説の様に理想的に展開するベストの恋愛は滅多に存在しないのかも知れませんが、夫々の恋愛の形は客観的には歪(いびつ)だったり割れていたりしながらも、当人達には最善の恋愛なのかも知れないと、この映画を観て考えました。

ラストで恋愛小説家ジャック・ニコルソンが意を決してヘレン・ハントに語り捧げる最善の美文に感銘を受ける、ジャック・ニコルソンとヘレン・ハントの個性煌めく演技に惹かれる好きな恋愛映画です。

 

§『恋愛小説家(As Good as it Gets)』

ジャック・ニコルソン、グレッグ・キニア↑

ヘレン・ハント、ジャック・ニコルソン↑

ヘレン・ハント、ジャック・ニコルソン↑

ジャック・ニコルソンと愛犬バーデル↑

シャーリー・ナイト(左)、ヘレン・ハント(中央)↑

キューバ・グッティング・Jr、ジャック・ニコルソン↑

ヘレン・ハント、ジャック・ニコルソン↑

ジャック・ニコルソン、ヘレン・ハント↑

ジャック・ニコルソン、ヘレン・ハント↑

ヘレン・ハント↑

ヘレン・ハント、ジャック・ニコルソン↑

手前に愛犬バーデル(「ブルー・アイズ」〈ブラック・グラス・パネルにブルーのメーターを備えたフロントパネル〉が美しいマッキントッシュ社のオーディオ・アンプのあるジャック・ニコルソンのアパート)↑