『三十四丁目の奇蹟』(監督:ジョージ・シートン  1947)でアカデミー賞原案賞を受賞し、『グレン・ミラー物語』(監督:アンソニー・マン 1954)の脚本を書いたヴァレンタイン・ デイヴィスが、 1956年に脚本を執筆し監督した『ベニイ・グッドマン物語 (The Benny Goodman Story)』は、1909年にシカゴで生まれ育ったクラリネット奏者ベニイ・グッドマンが、1938年にジャズ・ミュージシャンとして初めてクラシック音楽の殿堂カーネギー・ホールの舞台に立つまでの日々を描いた自伝的作品です。

 

ロシア系ユダヤ教徒の縫製職人ロバート・F・サイモン (役名:デイヴィット・グッドマン)の家で9男として生まれたデヴィッド・カスディ演じるベニイ・グッドマン少年は、他の兄弟達と共に音楽教育を受ける為に「ハル・ハウス」という福祉施設を訪れます。 

兄達はチューバやホルンの様な見栄えの良い楽器を選びますが、デイヴィッド・カスディ少年は音楽教師から楽器庫に残っていた小さなクラリネットを与えられます。

クラリネットの才能を見込まれたデイヴィッド・カスディ演じる幼少期のベニイ・グッドマンは、10歳で元シカゴ音楽大学教師のフランツ・シェップからクラリネットの手ほどきを受け、11 歳の若さで演奏家として舞台に上がる程のクラリネットの伎倆を磨きます。 

ニューオリンズ・ジャズの名トロンボーン奏者であるキッド・オリーとの共演等でジャズの即興演奏の洗礼を受けた後、スティーヴ・アレン演じるベニイ・グッドマンは1925年に ベン・ボラック楽団の巡業に加わり、ジャズ・ミュージシャンとしての生活が始まります。

1929年に独立して自身のバンドを持ったスティーヴ・アレンでしたが、フレッチャー・ヘンダーソン楽団の様な即興演奏を交えたホットなアフリカ系アメリカ人ビッグ・バンドを範とするバンド・スタイルは、ボール・ルームのダンス音楽伴奏に適したスイートなタンゴやワルツをメインに演奏する他のバンドとは比較にならない、鳴かず飛ばずの日々を過ごします。

そんな或る日、スティーヴ・アレンは、ジャズを熱烈に愛するハーバート・アンダーソン(役名:ジョン・ハモンド)と、ジャズに感心の無い妹のドナ・リード (役名:アリス・ハモンド)兄妹と出逢います。

2人は鉄道王であるウィリアム・ヘンリー・ヴァンダービルトの曾孫で、ハーバート・アンダーソン演じるジョン・ハモンドは後にカンザス・シティからカウント・ベイシー楽団をニューヨークに呼び寄せたり、ジャズ・ギターの始祖チャーリー・クリスチャンや不世出の歌手であるビリー・ホリディやボブ・ディラン等の巨星達を発掘した名プロデューサーとして米国音楽史にその名を残します。

暫くして、スティーヴ・アレンは豪奢なハモンド家の屋敷に招かれ、 W・A・モーツァルトのクラリネット協奏曲を演奏することになります。

ドナ・リードは、ジャズ演奏家のスティーヴ・アレンには、 クラシック音楽の演奏は畑違いではないかと心配しますが、音大教師の教えの下、クラシック曲で初舞台を経験しているスティーヴ・アレンは、流暢に第3楽章を演奏してパーティ客の喝采を浴びます。

やがて、ビスケット会社提供の土曜深夜のラジオ番組 「Let's Dance」にベニイ・グッドマン楽団は出演することになりますが、タクシーから流れる演奏に自分の楽団に用いたアレンジやスタイルが見事に消化されていることを認めたサミー・デイヴィス・シニア演じるフレッチャー・ヘンダーソンは、スティーヴ・アレンの為にアレンジ曲の提供を申し出ます。

その様な中、演奏旅行に出たペニイ・グッドマン楽団は、スイートな曲やワルツを求めるダンス客の評判が芳しくないまま、最終公演地であるロサンゼルスにあるパロマー・ボールルーム (Palomar Ballroom)に向かいます。

1935年8月21日、 パロマー・ボール・ルームの演奏が始まると、東部時間では土曜深夜1時に始まるラジオ番組が西海岸では22時に放送されていたことで、進取の気性を持った学生達がフレッチャー・ヘンダーソン楽団風のスイング・スタイルのファンになっていたことから、ボール・ルームに集まった若者達はベニイ・グッドマン楽団の演奏で踊ること無く聴衆として大喝采を送ります。

即興演奏を重視するスイング・バンド演奏が全米で認められたことに自信を得たスティーヴ・アレンは、自分達のビッグ・バンド演奏とは別に、テディ・ウィルソン(p)、ライオネル・ハンプトン (vib)、ジーン・クルーバ (ds)によるコンボ編成によるカルテットもフューチャーし、当時のポピュラー音楽としては異例である肌の色を超えたメンバーによる即興主体の凄演で全米を魅了します。

そのうち、ハーバート・アンダーソン演じる兄のジョン・ハモンドと共に、スティーヴ・アレンの活躍を見守って来たドナ・リードとスティーヴ・アレンは恋に落ち、互いに結婚を望むようになります。

しかし、上流社会の令嬢との結婚に危惧の念を抱くスティーヴ・アレンの母バーサ・ガーステン(役名:ドーラ・グッドマン)は、スティーヴ・アレンに「ベーグルにキャビアは合わない (Bagels and caviar don't mix)」 と言って、結婚を思い止まる様に諭します。

その様な中、クラシック音楽の殿堂であるカーネギー・ホールで初めてジャズを演奏するというエポック・メイキングな話が、スティーヴ・アレンに齎(もたら)されます。

 

『グレン・ミラー物語』の成功を受け、ベニー・グッドマンが47歳で活躍中の1956年に製作された本作は、当時のモダン・ジャズ(ビー・バップ)やロックン・ロール旋風期(※1)のミュージック・シーンの下、20年前のスイング時代の熱狂をノスタルジックな感情も交えて愉しもうとする世代が、映画館に足を運んだのではないかと想像します。

この映画を観て感じることは、シカゴの福祉施設でクラリネットを学んだスティーヴ・アレンが、ジャズ・ミューシャンとして初めてカーネギー・ホールの檜舞台に上がる迄のアメリカン・ドリームを縦糸に、環境の違いを超えたヴァンダービルト家の令嬢ドナ・リードとの愛の成就という男性版シンデレラ・ストーリーを横糸に据えた流れの巧みさです。

ヒット・チューンの曲名を科白に登場させたり、フィクション演出を巧みに織り交ぜたりしながら、ベニイ・グッドマン楽団がスターダムを駆け上がる姿を描く展開には感銘を覚えます。

この映画では、 ルイ・アームストロング (tp)のポジションで登場するニューオリンズ・ジャズの巨匠キッド・オリー (tb)を筆頭に、綺羅星の如く大勢の有名ミュージシャンがスクリーンに登場し演奏を繰り広げます(※2)。

とりわけ亢奮を覚えるのは、1937年3月に行われたニューヨークのパラマウント劇場の熱狂的ステージ演奏、黄金のベニイ・グッドマン・カルテットによる息の合った 「アヴァロン」、 カウント・ベイシー楽団で有名な「ワン・オクロック・ジャンプ」で披露されるレスター・ヤング (ts)派スタン・ゲッツのテナー・サックス・ソロ、そしてルイ・アームストロング (tp)とビックス・バイダーベック(tp)の両極端のスタイルを折衷させたバニー・ベリガン (tp)の血脈を感じる名トランペット奏者、バック・クレイトン(tp)、ハリー・ジェームス (tp)、ジギー・エルマン (tp)の3人が次々と演奏するシーンです。

『素晴らしき哉、人生!』 (監督:フランク・キャプラ  1946)と 『地上より永遠に』(監督:フレッド・ジンネマン  1953)の演技が記憶に残るドナ・リードが、生まれ育った環境の違いを超えた愛を貫き通す姿を、名バラード「Memories of you」(※3)が愛のテーマとして全編を彩る、ミュージック・バイオグラフィーの名品として好きな映画です。

 

(※1)この映画の製作年である1956年の6月に出演したミルトン・パール・ショーで「ハウンド・ドッグ」を腰を使って歌ったことで批判を浴びたエルヴィス・プレスリーは、本作でベニイ・グッドマンを演じたスティーブ・アレン・ショーに同年7月に出演した際、タキシード姿で「I want you, I need you I love you」 を歌うことを強いられます。

 

(※2)キッド・オリー(tb)、 テディ・ウィルソン(p)、ライオネル・ハンプトン (vib)、ジーン・クルーパ(ds)、 バック・クレイトン (tp)、ハリー・ジェームス (tp)、 ジギー・エルマン (tp)、 スタン・ゲッツ (ts)、マーサ・ティルトン(vo)、アービー・グリーン(tb)、ベン・ポラック (ds)、 ベニイ・グッドマン(クラリネット演奏吹替)等。

 

(※3)ラストで「Memories of you」 が演奏される中、ドナ・リードが云う科白は、映画の名科白の一つではないかと考えます。

 

PS:本文章の粗筋部分には、映画では直截描かれていない情報も補足されております。

Benny Goodmanの日本語表記は、映画の邦題に合わせてベニイ・グッドマンに統一しております。

 

§『ベニイ・グッドマン物語 (The Benny Goodman Story)』

ハーバート・アンダーソン、ドナ・リード、スティーヴ・アレン、ベン・ポラック↑

ドナ・リード↑

スティーヴ・アレン(於:パロマー・ボールルーム)↑

テディ・ウィルソン、ライオネル・ハンプトン、スティーヴ・アレン↑

ベニイ・グッドマン・カルテット(テディ・ウィルソン、スティーヴ・アレン、ジーン・クルーパ、ライオネル・ハンプトン)↑

ドナ・リード、スティーヴ・アレン↑

ドナ・リード↑

キッド・オリー(左)↑

スタン・ゲッツ↑

バック・クレイトン↑

ジーン・クルーパ↑

ハリー・ジェームス↑

ジギー・エルマン(左)、バック・クレイトン(右)↑

上のCD2枚はオーディオ・パーク社が、コレクター所蔵のほぼミント(無傷)のSP盤をCD化した「ベニ―・グッドマン・オーケストラ名演集第一集」と「同二集」。

下の「チャーリー・クリスチャン・メモリアル・アルバム」では、映画で演奏された「Memories of you」をチャーリー・クリスチャン(g)、ライオネル・ハンプトン(vib)、クーティ・ウイリアムス(tp)、ジョージ・オールド(ts)を擁するベニイ・グッドマン・セクステットによる演奏で聴くことが出来ます。↑

上のLP box2組は「ビリー・ホリディ・ゴールデン・イヤーズ第一集」と「同二集」。

下左は「テディ・ウイルソン」、下右は「レディ・デイ」(ビリー・ホリディ)↑

⇒これらはブランスウィック・レーベルに吹き込まれた歴史的セッションをコロンビア・レコード在籍時のジョン・ハモンドの主導・協力の下、米国及び日本で編集したコンピレーション盤で、ベニイ・グッドマン(cl)、ビリー・ホリディ(vo)、テディ・ウィルソン(p)、 レスター・ヤング (ts)、バニー・ベリガン (tp)、バック・クレイトン (tp)、ハリー・ジェームス (tp)、ロイ・エルドリッジ (tp)、ベン・ウェブスター(ts)等の夫々のキャリアを代表するパフォーマンスが重複なく網羅されております。