エリック・ロメール監督が1986年に撮り、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した『緑の光線 (Le Rayon Vert)』は、ジュール・ヴェルヌの同名の小説に出てくる「太陽が沈む瞬間に放つ緑の光線を目にすることが倖せの兆し」であるとの言い伝えを主題に据えた、20代前半のフランス女性のひと夏のヴァカンスと出逢いを描いた作品です。

 

女友達とギリシャでヴァカンスを過ごす予定だったマリー・リヴィエール(役名:デルフィーヌ)は、友人の突然のキャンセルにより一人で長い休暇を過ごすことになります。 

そのような時、女友達の一人が彼女にシェルブールに所有する別荘を使っても良いと申し出ます。

しかし、シェルブールの海岸で独り過ごすことに耐え切れなくなった彼女は、早々にバリに戻ってしまいます。 

その後、彼女はジュラ山脈に向かいますが、 アルプスの山々に抱かれても彼女の心は満たされず、その日のうちにパリに戻ってしまいます。 

或る日のパリの午后、彼女は友人達との食事の席で、議論になったベジタリアンとしての意見が周囲を気まずくさせてしまいます。 

その様な時、旧友の申し出でビアリッツの海沿いの家に一人滞在することになりますが、家族連れでごった返す海岸で知り合った、気さくなスウェーデン女性と仲良くなります、

しかし、享楽的に異性と接する彼女とは行動を共にすることが出来ず、またもパリに戻ろうとします。 

そんな或る時、 マリー・リヴィエールは、地元の人達がベンチでジュール・ヴェルヌの小説「緑の光線」の話をしているのを耳にします。 

それは、太陽が沈む瞬間に放つ緑の光線(グリーン・フラッシュ)を見ると、自分や他人の考えが浮かび上がることで倖せが訪れると言う伝承です(※)。

太陽が水平線に没してもプリズム効果による大気中の光の屈折により、波長の長い青や緑の光線が見える現象と言われており、光を得るべき人物に見えるとされています。

ビアリッツも切り上げてパリへ戻ろうと、駅の待合室でフョードル・ドストエフスキーの「白痴」を読んでいたマリー・リヴィエールは、サン=ジャン=ド=リュズに旅行中の青年ヴィンセント・ゴティエと出逢います。 

小説をきっかけに意気投合して会話が弾み出す中、何かを感じたマリー・リヴィエールは、意を決して自らヴィンセント・ゴティエを散歩に誘います。

そして、ビアリッツの海辺を歩く2人に、太陽の沈む瞬間が訪れます。

 

この映画では、芋洗い海水浴場の様な場所でフランスの人々がヴァカンスを過ごしている映像に興味を覚えましたが、プライベートでは個人の時間に欣びを見出す人々が、ヴァカンスやパーティ等の集団が愉しむ状況では疎外感を感じてしまう瞬間があることを、この映画は思い起こさせてくれる様に思います。 

ありのままの自分を変えてまで他人と接することを得意としないマリー・リヴィエールの姿には、自分への誠実さを貫くことと人間社会で生活することの難しさを感じさせます。

緑の光線を見たことで自分や相手の心が浮かび上がると言う伝承が描かれる中、独りバリで過ごすヴァカンスを哀れんだ知人達の好意と、集団の騒めきの中で感じてしまう居心地の悪さとの狭間に揺れ動く、マリー・リヴィエールの夏の日々が描かれている映画ではないかと考えます。 

この作品に描かれるマリー・リヴィエールは、他人の目線が無ければ長期間バリで独り過ごすことも、スポットで行きたい場所に個人旅行をすることも厭(いと)わない自我を持った存在の様に思われますが、エリック・ロメール監督は、心を通わせることが出来る人物と共に過ごすことを求める彼女の揺れる魂を繊細に描いております。

そのことは、時折見かける道に落ちているトランプ・カードに、人生の兆しを感じると友人に語るシーンで仄(ほの)めかされているのではないかと思います。

そして、或る時彼女が見かけた緑のトランプ・カードとビアリッツの土産店「緑の光線」(=店名)の映像が、クライマックスへと繋がるさりげない演出と、個人旅行中の青年と彼女の心が浮かび上がる終盤の流れは、映画が観客に与えてくれる素晴らしい瞬間の一つではないかと考えます。

思春期から青年期にかけて経験しがちな感情を追体験させてくれる作品として、これからも観続けて行きたい映画です。

 

(※)大林宣彦監督の『天国にいちばん近い島』(1984)で、原田知世と赤座美代子がニュー・カレドニアの丘で緑の光線を確認しようとするシーンがあります。

 

PS:この文章は2019年3月掲載の文章を、大幅加筆・変更してこの度差替えたものです。

 

§『緑の光線 (Le Rayon Vert)』

マリー・リヴィエール↑

マリー・リヴィエール↑

マリー・リヴィエール(左)↑

マリー・リヴィエール(ジュラ山脈にて)↑

ジュール・ヴェルヌの「緑の光線」の話をする人達

ビアリッツで知り合ったスウェーデン女性とマリー・リヴィエール↑

マリー・リヴィエール、ヴィンセント・ゴティエ↑

ヴィンセント・ゴティエと土産店「緑の光線」の看板が目に入ったマリー・リヴィエール↑

土産店「緑の光線」

ヴィンセント・ゴティエ、マリー・リヴィエール↑