リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタインⅡ世の楽曲を用いて1959年にブロードウェイ・ミュージカルとして上演され、ロバート・ワイズ監督によって1965年にミュージカル映画化された『サウンド・オブ・ミュージック (The Sound Of Music)』 は、『掠奪された七人の花嫁』 (監督:スタンリー・ドーネン 1954)とリバイバル併映された札幌の映画館で中学生の時に観ました。
その時以来、ミュージカル映画が好きになりましたが、ある程度ミュージカル作品を観続けて来た現在の自分にとっても、この2本は繰り返し観たミュージカル映画の回数と言う点で最右翼の作品となっております。
ザルツブルクの修道女見習いのジュリー・アンドリュース (役名:マリア)はペギー・ウッド(役名:修道院長)から、7人の子供達の家庭教師としてクリストファー・プラマー(役名:ゲオルク・フォン・トラップ大佐)の家で働くよう薦められます。
海軍の退役軍人であるクリストファー・プラマーは、妻を亡くして以来長続きしない家庭教師達に困っていましたが、軍隊式の教育を是としないジュリー・アンドリュースの気丈な快活さが奏功し、次第に子供達と打ち解けていきます。
子供達に歌を教えるべく、ドレミの基礎から音楽の手ほどきをしたジュリー・アンドリュースのお陰で、子供達はポリフォニックな合唱曲を歌えるまでになります。
カーテン生地から作った服を着た子供達を目にしたクリストファー・プラマーは、ジュリー・アンドリュースに解雇を言い渡しますが、ウィーンから来た男爵未亡人のエリノア・バーカー(役名: エルザ)とリチャード・ヘイデン(役名:マックス) を合唱で出迎えていた子供達の歌声を聴いたクリストファー・プラマーは、自分の教育方針が間違っていたことに気付き、謝罪と共にジュリー・ア ンドリュースの解雇を撤回します。
エリノア・バーカーの提案で開かれた舞踏会の最中、ワルツが民族舞踊であるレントラーの曲に変わった時、クリストファー・プラマーはジュリー・アンドリュースにダンスを申し込みま す。
2人の姿を見たエリノア・パーカーは、着替え中のジュリー・アンドリュースに、叶わぬ恋心が両人には存在するのではないかと指摘します。
エレノア・パーカーの言葉で、クリストファー・プラマーと自分の想いに気付いたジュリー・アンドリュースは、置手紙を残して修道院に戻ってしまいます。
ジュリー・アンドリュースを慕う子供達は修道院に行って面会を求めますが、懺悔の気持ちと共に神に仕えることを誓うジュリー・アンドリュースには会うことが出来ません。
その様なジュリー・アンドリュースに院長のペギー・ウッドは、神の愛にも男女の愛にも向き合って進むことを諭し、「すべての山に登れ」を歌います。
屋敷に戻って来たジュリー・アンドリュースの姿を見たクリストファー・プラマーは、自分の気持ちが彼女に向かっていることに気付き、エリノア・バーカーとの婚約を解消します。
ジュリー・アンドリュースとクリストファー・プラマーが新婚旅行から戻った時、オーストリア併合によるドイツ海軍の出頭命令に対してクリストファー・プラマーは、自分の意に反する従軍を回避する為にスイスへの亡命を決意します。
しかし、亡命の為に家を出た時、待ち構えていたナチス党員によってクリストファー・プラマーは任務先に護送されそうになります。
その時、クリストファー・プラマーは一家がノミネートしているザルツブルク音楽祭のコンクールに出場するところだと言い、コンクール終了後に出頭することを条件に、会場のフェルゼンライトシューレに向かうことを許されます。
マリア・フォン・トラップの書いた自叙伝を基に映画化された西ドイツ映画『菩提樹』(監督:ヴォルフガング・リーベンアイナー 1956) も主演のルート・ロイヴェリクの魅力と共に好きな作品ですが、リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタインⅡ世の最後のミュージカル作品である本作は、楽曲の素晴らしさとザルツブルク近郊の映像の美しさもあり、高頻度で鑑賞を繰り返している作品です。
印象に残るシーンは枚挙に暇がありませんが、映画化の際に付け加えられたデュエット・チューン「何かいいこと」のシーンには、東屋のシルエットと歌詞に惹き込まれることで、心にも紗が掛かる様な気持ちになります(※1)。
ジョン・ランディス監督の『ブルース・ブラザーズ』(1980)で愉しい引用がなされた音楽祭のシーンや修道院長との面会シーン(「すべての山に登れ」)、そしてエレノア・パーカーとリチャード・ヘイドンを歓迎して歌われる「サウンド・オブ・ミュージック」のシーンも、何度も観たはずなのに観る度に胸が詰まります。
あと、テンネン山脈のアルプスからミラベル宮殿まで一気にザルツブルクとその近郊の風景が映し出される「ドレミの歌」や、子供達との距離が一人づつ縮まる様を描いたジョン・コルトレーンのジャズ・ソプラノ・サックス演奏でも有名になった「私の好きなもの (My Favourite Things)」(※2)、そして観る度にアイデアと編集の見事さに感心させられる人形劇「ひとりぼっちの羊飼い 」、そして映画史に残るとされる、アルプスの遠景から丘陵のジュリー・アンドリュースに至るオープニング・チューン「サウンド・オブ・ミュージック」 (朝露煌めく逆光の白樺のシーンも素晴らしいと思います)から修道院の「朝の讃美歌~ハレルヤ」へと続く流れも愛して止みません(※3)。
あと、この映画を観て思うことは、光を巧みに利用した映像演出で、宗教的な光を感じさせる修道院の演出や逆光のシルエットを使った映像の美しさには感銘を覚えます。
祖国を想い 「エーデルワイス」(※4)を歌い始めたクリストファー・プラマーが感極まって歌えなくなった時、ジュリー・アンドリュースと子供達が助け舟を出した後に会場が一体となって歌うシーンと、チロルを越える家族の映像に被せられる「すべての山に登れ」の感動を何度も繰り返したくなる、名曲満載の映画として好きなミュージカル作品です。
(※1)「... Nothing comes from nothing, nothing ever could. So somewhere in my youth or childfood. I must have done something good...」
(※2)歌詞の中で登場するschnitzel with noodlesを、少量の油と粒上のパン粉を使って薄切り仔牛肉をフライパンで揚げたウインナー・シュニッツェルと解釈しているものを見かけます。
しかしながら、蛇足的な推測で恐縮ですが、平地ウィーンから地理的に離れているチロル地方(スイスを含む西オーストリアや南ドイツ)であることとヌードル付であることを考えると、フライパンで焼いた豚肉または仔牛肉のソテーにクリーム・マッシュルーム・ソース等をかけて太く短いパスタを添えた’イエーガー・シュニッツェルの シュペッツレ添え(Jägerschnitzel mit Spätzle)’の可能性もあるのでははないかと自分は考えております。
あと、オリジナル舞台版では、嵐の夜に歌われる楽曲は「私の好きなもの 」ではなく、「ひとりぼっちの山羊飼い」が歌われます。
(※3)ソプラノ歌手の幸田浩子がコンサートで「サウンド・オブ・ミュージック」メドレーを歌う際には、修道院の聖歌部分も再現して歌っております。
(※4)クリストファー・プラマーが屋敷内で「エーデルワイス」を歌う時に、長女リーズル役のシャーミアン・カーが途中からオブリガートやハーモニーを加える流れは、父娘の情愛を描いた秀逸なミュージカル・シーンではないかと考えます。
PS:この文章は2018年1月掲載の文章の大幅書き換え・追記による差替えです。
§『サウンド・オブ・ミュージック (The Sound of Music)』
ジュリー・アンドリュース↑
ジュリー・アンドリュースと子供達(後方にザルツブルク大聖堂とホーエンザルツブルク城)↑
ジュリー・アンドリュースと子供達(於:ミラベル宮の庭園)↑
子供達、クリストファー・プラマー、エリノア・パーカー↑
クリストファー・プラマーとシャーミアン・カー(中央手前)による2重唱↑
ゴシック様式の尖塔アーチを思わせる光映を挟んだジュリー・アンドリュースとペギー・ウッド↑
ジュリー・アンドリュース、クリストファー・プラマー↑
「すべての山を登れ」が流れるアルプス越えのエンディング↑







