1948年にマックス・オフュルス監督が撮った『忘れじの面影 (Letter From An Unknown Woman)』は、シュテファン・ツヴァイクの小説「未知の女の手紙」(1922)を映像化した作品になります。
本作は、2008年に実施されたカイエ・デュ・シネマ誌の「史上最高の映画100本」の企画で、87位にランキングされております。
1900年頃のウィーンで、かつて天才ピアニストとして名を馳せていたルイ・ジュールダン (役名:シュテファン・ブラント)は、女性とのいざこざから約束をした決闘の前夜に逃亡する積りでいました。
その夜、彼はジョーン・フォンテイン (役名:リーザ・ベルンドル)から1通の手紙を受け取ります。
ジョーン・フォンテインと母のマディ・クリスチャンスが暮らすアパートメントの隣部屋にルイ・ジュールダンが引越してきた10年前から、ジョーン・フォンテインは ルイ・ジュールダンに思いを寄せていました。
しかし、母親がリンツに住む男性と再婚することになったことで、ジョーン・フォンテインの恋に終わりが訪れます。
ジョーン・フォンテインが18歳になった時、義父により縁談話が持ち込まれますが、モデル業をする為に彼女は縁談を断り、独りウィーンに向かいます。
或る日、かつて暮らしていたアパートメントを訪れたジョーン・フォンテインは、入口の前でルイ・ジュールダンと出逢います。
ルイ・ジュールダンは、彼女が隣家に住んでいたジョーン・フォンテインとは気付かないまま、彼女との時を過ごし、彼女に捧げた白薔薇を髪に刺します。
別れ際、ジョーン・フォンテインはミラノへ旅立つルイ・ジュールダンと2週間後の再会を約しますが、2人がミラノで逢うことはありませんでした。
ルイ・ジュールダンの子を宿したジョーン・フォンテインは、生まれた子供にルイ・ジュールダンの名であるシュテファンと名付けます。
9年が経ち、裕福な軍属のマルセル・ジュルネ (役名:ヨハン・シュタウファー)と結婚したジョーン・フォンテインは、思いがけなく劇場の階段で女とキスをするルイ・ジュールダンの姿を目にします。
翌日、あの日の想い出である白薔薇を手に、ジョーン・フォンテインはルイ・ジュールダンを訪ねますが、荒んだ日々を過ごす彼はジョーン・フォンテインを思い出すことは出来ません。
哀しみと共にルイ・ジュールダンの許を後にしたジョーン・フォンテインは、チフスに感染した息子を看病しますが、やがて彼女にも病魔が襲いかかります。
死後投函するようにジョーン・フォンテインが病院に言付けていた手紙 (※1)を読み終わったルイ・ジュールダンは、逃げようとしていた決闘の場所に向かいます。
アルフレッド・ヒッチコック監督の『レベッカ』 (1940) と 『断崖』(1941)の演技が強く印象に残るジョーン・フォンテインと、同監督の『パラダイン夫人の恋』 (1947)とヴィンセント・ミネリ監督の『恋の手ほどき』(1958) で存在感を示したルイ・ジュールダンの恋愛模様を描いた本作は、アルフレッド・ヒッチコック監督作品とミュージカル映画が好きな自分には、キャスティングという点でも惹かれる作品です。
この映画に関しては、この度読む機会を得たシュテファン・ツヴァイク の「未知の女の手紙」に関する文章(※2)で触れられていた、人間の「忘れ易さ 」(Vergesslichkeit)と忘却の対局とも言える人生の恋愛の永遠性が対比されている様に思います。
●「貴方に連絡しなかったのは、何も求めない存在で居たかったから」
と、母となったジョーン・フォンテインはルイ・ジュールダンに彼女の想いを告白します。
そして、ルイ・ジュールダンが都度ジョーン・フォンテインを愛しながらも、記憶の連鎖としてジョーン・フォンテインを認識出来ないことを象徴する様に語る、
●「どこかで逢ったことがあることは判るけれども思い出せない」
●「トランプを切る様な感覚として、カードの1枚が記憶と一致することを願う」
等の科白には、探し求めている面影が一致していようとも、持続的に重なり合うことの無い2人の運命を暗示している様な気がしました。
軍隊との商売をする義父が持って来た縁談はリンツの中尉であり、ジョーン・フォンテインが結婚したマルセル・ジュルネも軍人であることを思うと、音楽(音楽家ルイ・ジュールダン)を愛する彼女を青年中尉が公園の軍楽隊コンサートに誘う姿や、リンツ歌劇場の「魔笛」の上演に同行する夫の姿は、芸術家ルイ・ジュールダンとの対比と彼への想いを浮かび上がらせる映像ではないかと考えます。
第一次世界大戦の翳が残るウィーンを舞台に描かれるジョーン・フォンテインのルイ・ジュールダンへの普遍の愛と、芸術家ルイ・ジュールダンが探し求める彼女への愛の面影が描かれたマックス・オフュルス監督の恋愛映画として、これからも観続けて行きたい作品です。
(※1)小説「未知の女の手紙」では、生き延びた場合には手紙は破棄する様にとの言付けがされています。
(※2)杉山有紀子「シュテファン・ツヴァイク 『未知の女の手紙』に見る幻想のウィーン」 慶應義塾大学日吉紀要、ドイツ語学・文学. No.61(2021)、p.1-18。
文中、第1次世界大戦の戦禍が短期間で忘却されてしまった様を、シュテファン・ツヴァイク が「未知の女の手紙」で描いているのではないかとの指摘がなされております。
§『忘れじの面影 (Letter from an Unknown Woman)』
ジョーン・フォンテインからの手紙を読むルイ・ジュールダン↑
ジョーン・フォンテイン↑
ルイ・ジュールダン↑
女性を連れて部屋に戻るルイ・ジュールダン、ジョーン・フォンテイン↑
ジョーン・フォンテインと縁談相手の中尉↑
ジョーン・フォンテイン、ルイ・ジュールダン(渓谷で育てた葡萄で作られたと紹介しながらイタリアの赤ワイン「ヴァルポリツェッラ」を注文)↑
ジョーン・フォンテイン、ルイ・ジュールダン(遊園地の列車旅行のアトラクションでスイス旅行中)↑
ルイ・ジュールダン、ジョーン・フォンテイン↑
ジョーン・フォンテイン、ルイ・ジュールダン↑
ルイ・ジュールダン、ジョーン・フォンテイン↑
ジョーン・フォンテイン、マルセル・ジュルネ↑
ジョーン・フォンテイン、ルイ・ジュールダン↑