アルフレッド・ヒッチコック監督が1954年にパラマウントで撮った『裏窓(Rear Window)』(1954)は、1980年代のアルフレッド・ヒッチコック作品の一連のリバイバル上映で観ました。

 

報道写真家のジェームズ・スチュアート(役名:’ジェフ’, L・B・ジェフリーズ)は、レース場の撮影で足を骨折したことからニューヨークのグリニッチ・ヴィレッジのアパートで療養をしております。

日がな一日座ったままのジェームズ・スチュアートは、望遠レンズ越しに部屋の窓から中庭を挟んだ向かいあったアパートの様子を眺めては無聊を慰めていました。

そこには、ピアノに向かって作曲中の音楽家、恋人募集中のジュディス・イヴリン(役名:ミス・ロンリー・ハーツ)、新婚夫婦、エクササイズに余念のない若い女性(ボーイフレンドは兵役中)や、犬を飼う夫婦、寝たきりの妻アイリーン・ウインストンと諍いの絶えない貴金属商のレイモンド・バー(役名:ラース・ソーウォルド)の部屋等がありました。

ジェームズ・スチュアートの部屋には、モデルの恋人グレース・ケリー(役名:リザ・フレモント)や看護師のセルマ・リッター(役名:ステラ)が日々訪れますが、仕事柄、余所行きのドレスに身を包んで食欲の減退しているジェームズ・スチュアートに高級フレンチ店’クラブ 21’のケータリング(※1)を差し入れる姿に、彼は感謝をしつつもグレース・ケリーを生涯のパートナーにすることに躊躇(ためら)いを感じています。

或る時、ジェームズ・スチュアートはレイモンド・バーが荷物を出した翌日から、妻の姿が部屋から居なくなったことに気付きます。

レイモンド・バーの行動と部屋の状況を子細に観察するうちに、ジェームズ・スチュアートは彼が妻を殺した後に、死体をトランクに詰めて運び出したことを確信します。

グレース・ケリーとセルマ・リッターの協力を得て、彼等は調査を始めますが確証が掴めないことで暗礁に乗り上げそうになります。

そんな或る時、居なくなったレイモンド・バーの妻が宝飾品を置いて出かけていることに疑念を頂いたグレース・ケリーは、危険を顧みずに独断で留守中のレイモンド・バーのアパートの窓から非常梯子を使って忍び込みます。

確証に繋がる証拠を見つけたグレース・ケリーは、ジェームズ・スチュアートに成果があったことを満面の笑みと共に知らせますが、丁度その時、玄関に向かうレイモンド・バーの姿がジェームズ・スチュアートの眼に入ります。

 

1980年代のリバイバル公開当時、フランソワ・トリュフォーとの対談集「映画術 ヒッチコック/トリュフォー」(晶文社)で賞賛されていた作品でしたが、それまで長い期間上映されなかった作品であったことから、映画館は鶴首していた映画ファンで賑わっておりました。

この時、次々とユニバーサル配給により上映されたパラマウント時代の作品はプリント状態も素晴らしく、50年代のカラー映像作品の美しさにも溜息が出た記憶があります。

冒頭シーンでカメラが室内に入り込み、横たわっているジェームス・スチュアートが映し出されるまでの数分で、彼の職業と骨折の理由が何だったかを観客が瞬時に理解してしまうという、映像的伎倆に感動した記憶があります。

この映画では、カメラが終始アパートと中庭から出ないという実験性が特色として語られますが、自分が誰からも見られていないという匿名的行為に潜む危険と恐怖を描くには、数戸の共同戸室と中庭だけで十分だったのかも知れません。

カメラマンのジェームス・スチュアートとモデルのグレース・ケリーの二人が、窓から見えるアパートの住人の異変に気付いたことを発端とするサスペンス映画ですが、この二人が垣間見る犯人を含めたアパートの住民達の生活風景や人生模様に触れるにつれ、グレース・ケリーとジェームス・スチュアートの心と関係に変化が生じる過程も興味深いと思います。

あと、この映画で感銘を受けるのは、散りばめられたユーモアとペーソスの数々と、グレース・ケリーが1人レイモンド・バーの部屋に忍び込んだ姿を遠景で映し出す長尺のサイレント・サスペンスです。

アパート間の距離をアドバンテージとし、レイモンド・バーの私的行為を垣間見ることで優位に立っていたジェームズ・スチュアートとグレース・ケリーが、レイモンド・バーがグレース・ケリーに近付く危機に、その距離が逆にディスアドバンテージになってしまう流れは、出色の映像サスペンスではないかと考えます。

『汚名』(1946)、『北北西に進路を取れ』(1959)と共にフランソワ・トリュフォー監督が選んだ3本のアルフレッド・ヒッチコック監督作品(※2)の1作として、これからも観続けて行きたい映像芸術です。

 

(※1)モンラッシェ(ブルゴーニュの高額白ワイン)が併せてケータリングされます。

 

(※2)1963年にカイユ・デュ・シネマ誌が企画したトーキー以後のアメリカ映画ベスト10投票で、フランソワーズ・トリュフォーは10本中アルフレッド・ヒッチコック監督作品を3本選出したとのことです。(山田宏一・和田誠「ヒッチコックに進路を取れ」草思社、2009年8月、pp300)

 

PS:本文は2018年3月に掲載された文章の大幅書換えと追記による差替えです。

 

§『裏窓(Rear Window)

ジェームズ・スチュアート↑

レイモンド・バー(左)と彼の妻アイリーン・ウインストン(右)↑

新婚夫婦↑

グレース・ケリー(スロー・モーションで登場)、ジェームズ・スチュアート↑

セルマ・リッター、ジェームズ・スチュアート↑

セルマ・リッター、ジェームズ・スチュアート、グレース・ケリー↑

レイモンド・バー(左上)、グレース・ケリー(右上)、ピアノの旋律のお陰で自死を思い留まったジュディス・イヴリン(右下)↑