フランスの巨匠ジャン・ルノワール監督が1951年に撮った『河(The River)』は、ロサンゼルスの生花店がプロデュ―サーとして共同出資して創られたアメリカ映画になります。

ガンジス流域のベンゴール地方に住む仲の良い18歳の3人の女性達の淡い恋の物語が、助監督に起用したサタジット・レイのアシストを得て描かれております。

 

18歳のパトリシア・ウォルターズ(役名:ハリエット)は、ジュート工場の英国人製造責任者の父エズモンド・ナイトと母ノラ・スウィンバーンの両親の下、ガンジス河畔で大勢の兄弟達と暮らしております。

家には、コブラ使いに憧れる弟のリチャード・R・フォスターと4人の妹達が、乳母と使用人達に囲まれて賑やかな日々を過ごしております。

近所には、ジュート工場を経営する英国人の娘であるエイドリアン・コリ(役名:ヴァレリー)と、アメリカ人の父アーサー・シールズ(役名:ミスター・ジョン)と早世したインド人の母を持つ高等学校出のラーダー・ブルニエ(役名:メラニー)の、同い年の2人の友人が住んでおります。

或る日、アーサー・シールズの親類として、戦争で片足を失ったトーマス・E・ブリーン(役名:ジョン大尉)が滞在することになったことで、鏡の様だった3人の友情の湖面が皺立ち始めます。

3人は、トーマス・E・ブリーンを近く行われるヒンドゥー教の新年の火祭り’ディワリ祭’に招待します。

パトリシア・ウォルターズは、勇気を出してトーマス・E・ブリーンに自身の東洋文化への造詣や、秘密の日記、そしてヒンドゥー教文化を基にして書き上げた物語を披露し、彼の心に自分の居場所が存在することを願います。

’ディワリ祭’が終わってから数日経った或る日、トーマス・E・ブリーンとエイドリアン・コリの姿を見かけたパトリシア・ウォルターズは、2人がキスを交わしている現場を目撃してしまいます。

キスを見たショックと弟のリチャード・R・フォスターの事故死が重なったことにより、パトリシア・ウォルターズはボートに乗って自死しようと思い詰めますが、倖いなことに漁師に助けられます。

彼女が助けられた船に来たトーマス・E・ブリーンは、パトリシア・ウォルターズの額に優しくキスをして、彼女を家に連れて帰ります。

 

淀川長治が複数の著書(※)で推奨している、ガンジス河畔の「若草物語」とも言うべき詩情溢れる本作は、マーチン・スコセッシ監督もお気に入りの作品であるとのことです。

「若草物語」のジョーを思わせる文才あるパトリシア・ウォルターズを中心に、1人の適齢期の男性に対し同い年の3人が示す反応の違いにより、夫々の個性やこれから彼女達が辿るであろう人生が浮かび上がるかの様な印象を持ちました。

ラーダー・ブルニエには、高い身分を棄ててまで彼女との結婚を決意しているボーイフレンドが存在しますが、感情を表に出さない彼女の落ち着いた佇まいと東洋的な思考にトーマス・E・ブリーンが心を動かされながらも、互いの想いが交わることなく流れて行く展開は、この作品に奥行を与えている様に思います。

この映画では、足すよりも引くこと、消化や解体の意義、河と土地を繋ぐ階段と祭りを「節目」と見做す東洋的とも言える考えが出演者によって語られます。

それは、パトリシア・ウォルターズがナレーションで語る「河は流れ世界は廻り人生は流れる」という科白が言い表わす、精神的にも物理的にも人々を支える河の存在を描いたこの映画の音階に基づいて語られている様に自分には思えます。

ガンジス河や河畔の土地やレンガの褐色の背景に浮かび上がる彩色砂絵、化粧や檳榔(びんろう)の実の赤、火祭りの光や道々で色付きの粉を投げ合う’ディワリ祭’のカラフルな映像、ガンジス河の風景や自然の草花、サリー姿が艶やかなインド舞踊等、ジャン・ルノワール監督が初めて撮ったカラー作品で、父のピエール=オーギュスト・ルノワールと共に東洋の美が描かれていることに感銘を覚えます。

ジャン・ルノワール監督が描いた東洋的世界観に惹き込まれる抒情的映像作品として、これからも観続けて行きたいと思う映画です。

 

(※)「淀川長治 究極の映画ベスト100」(河出書房新社、2003年9月)、「淀川長治のシネマトーク 下」(マガジンハウス、2014年7月)、「淀川長治映画ベスト1000<決定版 新装版>」(河出書房新社、2021年4月)

 

 

§『河(The River)』

パトリシア・ウォルターズ、エイドリアン・コリ↑

ラーダー・ブルニエ↑

ディワリ祭の花火↑

パトリシア・ウォルターズ、ラーダー・ブルニエ↑

パトリシア・ウォルターズ(パブロ・ピカソ風の絵を飾った秘密の部屋の入口にて)↑

トーマス・E・ブリーン、パトリシア・ウォルターズ↑

砂絵↑

トーマス・E・ブリーン、ラーダー・ブルニエ↑

トーマス・E・ブリーン、エイドリアン・コリ↑

エズモンド・ナイト(左)、ノラ・スウィンバーン(右)↑

色付きの粉を投げ合う人々↑

ラーダー・ブルニエ、パトリシア・ウォルターズ、エイドリアン・コリ↑