リースル・トミー監督が2021年に撮った『リスペクト(Respect)』は、“クイーン・オブ・ソウル” アレサ・フランクリンの生涯を描いた作品として音楽好きの映画ファンには嬉しい作品ではないかと考えます。
1952年、スカイ・ダコタ・ターナー演じる10歳のアレサ・フランクリンは、デトロイトのニュー・べセル・バプティスト派教会の牧師でチェス・レコードに吹込み歴のあるゴスペル歌手の父フォレスト・ウィテカー(役名:C・L・フランクリン)と一緒に、3人の姉妹と祖母と暮らしていました。
父の勧めにより自宅で開かれるパーティーの席で、スカイ・ダコタ・ターナーは得意な歌を披露する日々を過ごします。
別居していた尊敬するゴスペル歌手の母親オードラ・マクドナルド(役名:バーバラ・シガーズ・フランクリン)から離れて暮らすアレサ・フランクリン姉妹を、ゴスペルの女王マヘリア・ジャクソンや色々な人達が世話をする中、娘達は折々オードラ・マクドナルドの家に行っては母の温もりを感じていました。
しかし、母親オードラ・マクドナルドはスカイ・ダコタ・ターナーの10歳の誕生日の前に心臓発作で亡くなってしまい、スカイ・ダコタ・ターナーは声を失ってしまいます。
7年が経ち、10代で2人の未婚の母となっていたジェニファー・ハドソン演じる17歳のアレサ・フランクリンは、祖母に子供達を預けて父と共に全米の教会で賛美歌を歌う巡業を行います。
父の下を離れて活動することを願うようになったジェニファー・ハドソンに、デトロイトでマネージメント業を営んでいるマーロン・ウェイアンズ(役名:テッド・ホワイト)が近付きますが、父のフォレスト・ウィテカーは、彼を娘から遠ざける様に仕向けます。
或る時、フォレスト・ウィテカーからジェニファー・ハドソンは、ブルースの皇后ベッシ―・スミスや不世出のジャズ歌手ビリー・ホリデイを世に送ったテイト・ドノヴァン演じるコロンビア・レコードのプロデュ―サーのジョン・ハモンド(※1)に見初められて、ジャズ・ポピュラー歌手としてメジャー・デビューすることを知らされます。
しかし、生来の彼女の良さが生かされないメジャー・レーベルでのポップスやミュージカル・ナンバー等の吹込みは、手を変え品を変えてもヒットには繋がりません。
コロンビア・レコードとの契約が更新されないことを知ったマーク・マロン演じるアトランティック・レコードのジェリー・ウェクスラーは、マネージャーとなった夫のマーロン・ウェイアンズ(役名:テッド・ホワイト)と共に、1967年1月に元タバコ倉庫のアラバマ州マッスル・ショールズのフェイム・スタジオにジェニファー・ハドソンを連れて行きます。
そこでは、通称「スワンパーズ」と呼ばれる伝説のマッスル・ショールズ・リズム・セクション(※2)が、彼女を待ち構えていました。
メジャー・レーベルの豪奢なスタジオとは比べ物にならない設備と、多くがアフリカ系アメリカ人ではないローカル・ミュージシャン達との共演を訝しむ人達の懸念を払拭し、ジェニファー・ハドソンはヒット曲「I Never Loved a Man the Way I Love You」、「Respect」を吹込み、レディ・ソウルの称号を受けることになります。
しかし、フラストレーションによるマーロン・ウェイアンズの粗暴さや自身の過信が招いた周囲との断絶により、次第にアルコール依存症に陥ってしまったジェニファー・ハドソンは、遂に酔った状態で上がったステージから転落してしまいます。
そんな彼女に、亡くなった母親のオードラ・マクドナルドの魂の出現により母の愛に触れたジェニファー・ハドソンは、アルコールを断つことを決意します。
アルコール依存症を克服したジェニファー・ハドソンは、アトランティック・レコードのマーク・マロンに自分のルーツである賛美歌のレコーディングを提案します。
売上の見込めない宗教作品の製作に難色を示したマーク・マロンは、ドキュメンタリー映像(※2)を同時撮影することを条件にレコーディングに同意しますが、1972年1月13日、14日にロサンゼルスのニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会で収録したライブ・アルバム「至上の愛-チャーチ・コンサート(Amaging Grace)」は、300万枚以上売り上げた生涯最大のヒット作となります。
ブロードキャスターのピーター・バラカンがラジオ番組で推奨していた本作は、『ドリーム・ガールズ』(監督:ビル・コンドン 2006)でデビューしたジェニファー・ハドソンの歌唱の見事さも相俟って、アレサ・フランクリンの人生を多元的に考えさせてくれる作品になったのではないかと考えます。
この映画を観て感銘を受けたのは、父親を通じて知己の有ったマーチン・ルーサー・キング牧師(1929/1/15~1968/4/4)が活動した公民権運動の時代に、非アフリカ系アメリカ・ミュージシャンとのレコーディングを成功させたり、アトランティック・レコードの反対を押し切ってゴスペル・アルバムを吹き込む等の信念に基づく音楽家としての自信とそれを昇華させるアレサ・フランクリンの描かれ方です。
あと、トルコ出身のアーメット・アーティガン率いるアトランティック・レコードとアレサ・フランクリンとの倖せな出会いが描かれていることも嬉しく、ビルボード誌記者時代にそれまでレイス・レコードとして区別されていた音楽をリズム&ブルースと呼ぶ様に改めたマーク・マロン演じるジェリー・ウェクスラーの見識と熱意も、彼女の才能の開花に繋がる重要なシーンとして印象に残りました(※4)。
2015年にケネディ・センター名誉賞の受賞記念コンサートで、アレサ・フランクリンが作曲者のキャロル・キングに捧げて歌った「(You Make Me Feel)A Natual Woman」の場面が流れるエンド・クロールの感動の余韻が、感動に打ち震えるキャロル・キングの映像と共に永く心に残る音楽伝記映画の名品として好きな作品です。
(※1)鉄道王である米国の大富豪ヴァンダービルト家の一員(ウィリアム・ヘンリー・ヴァンダービルトの曾孫)。
ベニー・グッドマン(cl)にチャーリー・クリスチャン(g)、テディ・ウィルソン(p)、ライオネル・ハンプトン(vib)とのコンボ編成での演奏を薦めたり、カンザスシティからカウント・ベイシー楽団をニューヨークに呼び寄せたり、ボブ・ディランを発掘したことでも知られるプロデュ―サー。
(※2)ジミー・ジョンソン(ギター)、バリー・ベケット(ピアノ)、デヴィッド・フッド(ベース)、ロジャー・ホーキンス(ドラムス)。ただし、アレサ・フランクリンの録音では彼女自身がピアノを担当。
(※3)『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』(監督:アラン・エリオット&シドニー・ポラック 2018)として一般公開。
(※4)D・ウェイド・J・ピカーディ「アトランティック・レコード物語」早川書房、1992年、林田ひめじ訳、pp54~57、pp179~180
PS:粗筋部分に記載した音楽関連情報の幾つかは、本編では直截描かれていない補足情報となっております。
§『リスペクト( Respect)』
マーロン・ウェイアンズ、ジェニファー・ハドソン↑
ジェニファー・ハドソン↑
マッスル・ショールズのフェイム・スタジオでレコーディングに臨むジェニファー・ハドソン↑
ジェニファー・ハドソン、フォレスト・ウィテカー↑
§アレサ・フランクリンの「貴方だけを愛して」(LP)
「I Never Loved a Man the Way I Love You」、「Respect」収録の歴史的名盤↑