岩井俊二監督が脚本・編集も手掛けた1995年の映画『Love Letter(ラヴレター)』は、キネマ旬報ベスト・テン第3位(同読者選出ベスト・テン第1位)、モントリオール世界映画祭で観客賞を受賞した、中山美穂が渡辺博子と藤井樹の2役を演じる作品です。
神戸に住む中山美穂(役名:渡辺博子)は、婚約者で山岳事故で亡くなった藤井樹の3回忌に参列したあと、彼の母である加賀まりこ(役名:藤井安代)から彼の中学時代の卒業アルバムを見せてもらいます。
中山美穂はアルバムに載っていた、以前彼が住んでいて今は公道になっている小樽の住所に、返信の当ての無い手紙を出します。
中山美穂の手紙は、宛先に程近い場所に暮らす小樽の図書館勤務で同姓同名の中山美穂(役名:藤井樹<2役>)の家に届けられます。
小樽の中山美穂(藤井樹)は不審に思いながらも健勝を伝える返事を出すと、中山美穂演じる神戸の渡辺博子からも返事が来ます。
居るはずの無い藤井樹からの返信は、中山美穂(渡辺博子)のボーイフレンド豊川悦司(役名:秋葉茂)が密かに出した問い合わせの手紙により、同姓同名の女性からの手紙であることが判ります。
神戸の中山美穂(渡辺博子)は小樽の中山美穂(藤井樹)に事情を説明し、クラスメイトとして知っている婚約者だった藤井樹のことを教えてくれるように依頼します。
小樽の中山美穂は、同姓同名だった2人が過ごした中学時代の思い出を手紙に書くことを決意します。
同姓同名の2人は、クラスメイトの悪戯で図書委員に選出されますが、全く仕事を手伝わない柏原崇(役名:藤井樹の中学時代)に酒井美紀(役名:藤井樹の中学時代)は憤慨しつつ、誰も借りていない本の図書カードの筆頭に自分の名前を記載する為だけに、読む気のない本を何10冊も借りては酒井美紀を不思議がらせます。
肺炎で父親を亡くした酒井美紀の家を訪ねてきた柏原崇は、図書室で借りたマルセル・プルーストの「失われた時を求めて 第7巻」を酒井美紀に返してくれるように言付けて小樽の街から引っ越して行きます。
久しぶりに母校を訪ねた小樽の中山美穂(藤井樹)は、現役図書委員の女子生徒達が、図書カードに書かれた「藤井樹」を探すゲームが行われていることを知ります。
豊川悦司と中山美穂(渡辺博子)は、藤井樹が遭難した山の麓の山小屋に宿泊している時、小樽の中山美穂は40度を超える熱で死線を彷徨いますが、悪天候の為に救急車の到着が1時間後であることを母親の范文雀(役名:藤井晶子)は知らされます。
吹雪の為に救急車が間に合わずに息子を高熱で失った祖父の篠原勝之(役名:藤井剛吉)は、毛布にくるんだ孫の中山美穂を背負って病院へと急ぎます。
翌朝、豊川悦司(役名:秋葉茂)は、中山美穂(渡辺博子)への想いを山に向かって叫び、彼女は藤井樹への想いを断ち切るかのように「お元気ですか?私は元気です。」と泣きながら繰り返し叫び続けます。
中山美穂(渡辺博子)は退院した中山美穂(藤井樹)に今まで貰った手紙を「あなたの思い出だから」と送り返し、柏原崇は実は図書カードに酒井美紀の「藤井樹」の名前を書いていたのではないかと手紙に書きます。
或る日、小樽の中山美穂(藤井樹)の家に突然訪ねて来た図書委員の女子中学生達は、図書館から持参して来たマルセル・プルーストの「失われた時を求めて 第7巻」の図書カードの裏に何かが書かれていたことを知らせます。
この映画では、文筆家の川本三郎が指摘する、クシシュトフ・キェシロフスキ監督が撮った『ふたりのベロニカ』(1991)を思わせる2役を演じる「中山美穂」の相似性と(※1)、<藤井樹>という名前の相似性が、亡くなった藤井樹を中心に据えた過去の初恋と恋愛の「記憶」を結びつける鍵となっているのではないかと考えます(※2)。
『ふたりのベロニカ』では、イレーヌ・ジャコブが演じた2人のベロニカが路面電車越しに擦れ違うシーンがありましたが、本作でも中山美穂が2役を演じる藤井樹と渡辺博子がタクシー越しと自転車で擦れ違うシーンが描かれます。
映画は亡くなった藤井樹への想いを断ち切った中山美穂(渡辺博子)が豊川悦司の許へ向かう展開が仄めかされておりますが、それと共に、中山美穂(渡辺博子)の手紙をきっかけとして浮かび上がった柏原崇(藤井樹)の藤井樹(酒井美紀・中山美穂)への想いが、小樽の中山美穂(藤井樹)の心の中に移し替えられたかの様な含みも描かれているのではないかと思います。
岩井俊二監督によって、時空を超えた恋愛が雪景色の小樽を舞台に抒情的に描かれた好きな作品です。
(※1)川本三郎「映画の香り」中央公論新社(中公文庫)、2002年、pp38~pp41
(※2)「中山美穂」(渡辺博子)⇔柏原崇(<藤井樹>)→酒井美紀(<藤井樹>=「中山美穂」)
PS :この映画で、酒井美紀が凍った坂を靴で滑り降りるシーンがありますが、夜間降雪時に除雪車を使って作った長いアイスバーンで撮影したとのことです。
坂の多い港町小樽の冬に相応しい名シーンではないかと考えます。
§『Love Letter(ラヴレター)』
中山美穂、豊川悦司↑
中山美穂の乗るタクシーと、前方を歩く豊川悦司と中山美穂↑
中山美穂の乗るタクシーの後方に、通り過ぎた中山美穂と豊川悦司が見える↑
酒井美紀、柏原崇↑
篠原勝之、中山美穂、范文雀↑
柏原崇↑
酒井美紀↑
酒井美紀↑