大林宣彦監督が2002年に大分県臼杵市で撮った『なごり雪』は、伊勢正三の「なごり雪」をテーマ曲とする、同曲の歌詞を基にした大映の事業譲渡前最後の作品になります。

この映画では、冒頭でテーマ曲が伊勢正三によって歌われると共に、歌詞の一部が科白として使われております。

 

家を出た妻の置手紙を読んで遺言を書いていた50歳の三浦友和(役名:梶村祐作 )に、臼杵市に住む高校時代の同級生ベンガル(役名:水田健一郎 )から電話が鳴ります。

ベンガルは、妻の雪子が交通事故で危篤状態にあることを告げ、三浦友和に逢いに来てくれるように頼みます。

福岡から臼杵に向かう電車の中で、三浦友和は高校時代を回顧します。

親友の山田隆人(役名:若き日の梶村祐作)と反田孝幸(役名:若き日の水田健一郎 )は、通学途中に見かける中学生の須藤温子(役名:雪子)と日高真弓(役名:弘美)に惹かれていますが、或る日、母の左時枝(役名:梶村道子 )が営む手芸店に中学生の2人が来て、日高真弓が須藤温子を惹き合わせたことで、2人は言葉を交わすようになります。

それ以降、山田隆人、須藤温子、反田孝幸、日高真弓の4人はしばしば行動を共にするようになります。

須藤温子の15歳の誕生日に開かれた、彼女の高校進学と山田隆人の東京の大学合格を祝うホーム・パーティの後、須藤温子の家まで送った山田隆人と反田孝幸が彼女の2階の部屋の窓を見ると、須藤温子は「雪が降ると良いことがある」と言いながら、雪に見立てた発泡ビーズを窓から降らせます。

夏休みに帰省した山田隆人を須藤温子と反田孝幸が駅のホームで出迎えますが、山田隆人は自分の心に変化が生じ始めたことに気付きます。

山田隆人が東京に戻る日、須藤温子は「冬に東京に会いに行くので、帰りには雪が降る駅で私を見送ってほしい」と約束しますが、2人は年末年始にも翌春の休みにも逢うことはありませんでした。

翌夏、同じゼミに所属する宝生舞(役名:菅井とし子 )を連れて東京から戻った山田隆人を見た須藤温子と反田孝幸は、声を失います。

臼杵の歴史に触れたいとの理由でやって来た宝生舞を連れて、4人で岡城跡巡りや海水浴をする中、その年の春休みに臼杵に帰らなかった理由がゼミのスキー合宿であったことを知り、須藤温子はショックを受けます。

塞ぎ込む須藤温子を案ずる反田孝幸は、彼女を愛するが故に一連の山田隆人の行動を厳しく責めます。

山田隆人が東京に戻る日、駅のホームで須藤温子は彼に「夏には帰って来て。去年よりきれいになっているから」と告げて見送ります。

その年の冬、山田隆人は母の左時枝(役名:梶村道子 )の危篤の連絡を受け、臼杵に駆け付けますが生前に言葉を交わすことは叶いませんでした。

葬儀に参列する為に臼杵に来た宝生舞と共に、須藤温子、山田隆人、反田孝幸、宝生舞の4人は夜道を歩きますが、夜空を見上げながら終始無言で歩いていた須藤温子の異変を心配した反田孝幸は、忍び込んだ彼女の家のドアから彼女が居る部屋の中を伺うと、須藤温子の手には剃刀があることに気付きます。

部屋に飛び込んだ反田孝幸が彼女の手から剃刀を奪おうとした時、須藤温子が大きな声を発したことで山田隆人が駆け付けますが、剃刀を握った反田孝幸の血まみれの手と一筋の鮮血に染まった枕が目に入る中、須藤温子が「違う、違う」と言って山田隆人に駆け寄ります。

 

この映画では、九州の臼杵で雪が降ることが幸運の兆しであると信じる須藤温子演じる雪子が、臼杵で発泡ビーズを人工的に降らせたり、雪が降る東京駅で自分を見送って欲しいと言うシーンを描くことで、彼女の変わらぬ心情と希望を現している様に思います。

大林宣彦監督は著書「ぼくの映画人生」(※)の中で、臼杵本来の暮らしや街並みを守るために敢えて企業誘致や町興し映画の協力や作成をしない人々を諦めずに説得し続けたことで、映画を撮らせて貰った経緯が綴られております。

それにより、観光地の整備された土塀や石畳とは異なる生活に根付いた街並みが、臼杵の自然と人々と共にカメラに捉えられているのではないかと考えます。

そう考えると、臼杵で暮らし続ける須藤温子演じる雪子の、山田隆人や三浦友和が演じる梶村祐作への変わらぬ想いは、工業化、観光地化しない臼杵と重なる部分があるのかも知れません。

須藤温子が抱き続けた倖せの瑞兆である雪への想いが、臼杵に舞う春雪の映像と主題歌と共にに痺れを感じる好きな映画です。

 

(※)大林宣彦「ぼくの映画人生」実業之日本社、2020年、pp150~pp168

 

§『なごり雪』

須藤温子、山田隆人↑

三浦友和、ベンガル↑

ベンガル、津島恵子、三浦友和↑

反田孝幸、須藤温子、山田隆人↑

発砲ビーズの雪を降らす須藤温子↑

反田孝幸、須藤温子、山田隆人、左時枝↑

須藤温子、山田隆人(並んで前を歩く二人)↑

山田隆人、反田孝幸、須藤温子、宝生舞↑

山田隆人、須藤温子、宝生舞、反田孝幸↑

山田隆人、反田孝幸、須藤温子(於:斜めのアングルで撮られた剃刀のシーン)↑

反田孝幸、須藤温子↑

須藤温子↑

三浦友和、長澤まさみ(役名:ベンガルの娘水田夏帆)↑