武正晴監督が2014年に撮った『100円の恋』は、日本アカデミー優秀作品賞・優秀監督賞を受賞し、斎藤一子を演じた主演の安藤サクラが日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、キネマ旬報・ブルーリボン賞主演女優賞を受賞し、足立紳が日本アカデミー賞最優秀脚本賞を獲得した作品です。

 

32歳の安藤サクラ(役名:斎藤一子)は、無職の居候として実家の弁当店をシングルマザーとして手伝う妹の早織(役名:斎藤二三子)の息子と、テレビ・ゲームをする日々を過ごしています。

或る日、コンビニで買い物をした帰りにボクシング・ジムの前を通りかかると、新井浩文(役名:狩野祐二)が一心不乱にサンドバッグに打ち込む姿を見て足を止めます。

翌朝、妹の早織と喧嘩した安藤サクラは、妹が戻った実家で居候生活を続けることに耐え切れなくなったことから、バッグと母親から貰った現金を手に家を飛び出します。

アパートに居を構えた安藤サクラは、近所の100円ショップの深夜勤務のアルバイトを始めますが、そこはレジの金をくすねて馘になった根岸季衣(役名:池内敏子)が廃棄済焼うどんを無断で持って帰ったり、離婚歴のある44歳独身の坂田聡(役名:野間明演 )が安藤サクラにしつこく纏わりついたりする、流れ着いたけれども先に進めない澱みの様な場所です。

暫くして、新井浩文がレジに置き忘れたバナナを届けにジムに行った安藤サクラは、次の休日に誘われた動物園で寡黙な時間を2人で過ごします。

レジで執拗に坂田聡に口説かれている時、バナナを持ってレジに現れた新井浩文は、代金の代わりに自分の引退試合のチケットを渡します。

後日、安藤サクラが試合に負けた新井浩文に会う為にジムを訪ねると、 重松収(役名:ボクシング・ジム会長)は彼がジムを辞めたことを告げますが、ボクシングに興味がありそうな素振りを見せた彼女に入門チラシを渡します。

泥酔して店に現れた新井浩文をアパートに連れて介抱した安藤サクラはこのまま2人の生活が出来るものと期待しますが、新井浩文は勤め始めた豆腐屋で働く女性の許に去ってしまいます。

傷心の安藤サクラは 会長の重松収に頼み込み、プロテスト受験の年齢制限である32歳の軀を徹底的に鍛え上げます。

根岸季衣に廃棄うどんを与えたことを本部社員の沖田裕樹(役名:佐田和弘)に叱責され、屈辱的な言葉と共に残飯袋を手渡された安藤サクラは、沖田裕樹に数発パンチを入れた後、戻った実家の弁当店で粛々と働きながらプロデビュー戦を目指します。

 

この映画を観て思ったことは、格闘や暴力シーンが描かれながらも、『青いパパイヤの香り』(監督:トラン・アン・ユン 1993)や『八月のクリスマス』(監督:ホ・ジノ 1998)、そして『野球少女』(監督:チェ・ユンテ 2020)等のアジア映画に通じる、寡黙な主役格の人物が生み出す映像の空間(間)を生かした演出の妙です。

それは、俳優の表情の情報量の多さと監督の伎輌により成し得るものと考えますが、本作の器用さを感じさせない寡黙な2人の関係は、安藤サクラに付きまとう多弁な坂田聡の存在と質量的なコントラストを成しているのではないかと考えます。

映画冒頭にテレビ・ゲームで遊ぶ安藤サクラの緩みを感じさせる軀が、トレーニングを始めるにつれ引き締まって行く姿と、ボクシング・エキスパートとしか思えない俊敏な動きに自分は言葉を失いました。

情報によると安藤サクラは 撮影前3か月ボクシング・ジムに通っていたことや、延べ10日間の撮影期間前に体重を増やして撮影に臨んだとのことですが、それらの僅かな時間枠で彼女がこの映画の「斎藤一子」を演じたことに驚きが増すばかりです。

心の襞に滲み込む様なラスト・シーンの余韻が続く、好きな映画です。

 

§『100円の恋』

安藤サクラ↑

安藤サクラ↑

安藤サクラ、新井浩文(動物園にて)↑

安藤サクラ↑

斎藤二三子、安藤サクラ↑

安藤サクラ、新井浩文↑