ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞受賞の『ＲＯＭＡ/ローマ』（２０１８）を撮ったアルフォンソ・キュアロン監督による１９９８年製作の『大いなる遺産（Great Expectations）』は、デヴィッド・リーン監督が１９４６年に映画化したチャールズ・ディケンズの同名小説の再映画化ですが、舞台を19世紀のイギリスから現代アメリカに変えて、イーサン・ホーク演じる主人公フィネガン・”フィン”・ベルを画家として売り出す展開に置き換えるアレンジが施されています。
チャールズ・ディケンズ作品の中でも「大いなる遺産」が個人的に好きなことから、グウィネス・バルトローが演じるミステリアスなエステラのエピソードを妖艶に膨らませて映像化したこの「エステラ編」とも言うべき映画は、アルフォンソ・キュアロン監督の小説解釈という点でも興味を惹く作品です。
浅瀬の海岸でボートに乗っていたジェレミー・ジェームズ・キスナー演じる１０歳のフィネガン・”フィン”・ベルは突如海の中から現れた脱獄囚のロバート・デ・ニーロ（役名:アーサー・ラスティグ）に襲いかかられ、足枷を切るボルト・カッターと食料を持ってくる様に脅されます。
言われるままに素直にロバート・デ・ニーロの指示に従った少年は、彼の指示に従い人質となってメキシコへの逃亡に同行させられようとしますが、近付いて来た巡視艇から逃げようとロバート・デ・ニーロが海に飛び込んだことで難を逃れます。
その後、ジェレミー・ジェームズ･キスナー少年は、縁あって無聊をかこつ大富豪アン・バンクロフト（役名：ノーラ・ディンズモア）の相手をする為に、屋敷に呼ばれダンスの相手をする日々を過ごします。
婚約者に逃げられた過去を持つアン・バンクロフトの心の傷により屋敷は荒れ、彼女の荒んだ心が投影されたラクエル・ボーディン演じる養女エステラも冷たい態度で少年に接し続けます。
画才あるイーサン・ホーク演じる成年になったフィネガン・”フィン”・ベルは、長年憧れているグウィネス・バルトロー演じるエステラの肖像を描きますが、ほのかな彼の想いは彼女のニューヨーク留学により潰えてしまいます。
そんな或る日、突然現れた弁護士によりニューヨークの画廊がイーサン・ホークの個展を開いて、彼を新進画家として売り出す計画があることを告げられます。
ニューヨークでウィネス・バルトローに再会したイーサン・ホークは、昂まる軀と心を彼女に向けたことでグウィネス・バルトローは彼のモデルを全裸で勤めます。
しかし、グウィネス・バルトローが実業家と結婚することを知ったイーサン・ホークは、 アン・バンクロフトが異性への意趣返しをグウィネス・バルトローに吹き込みながら育てていたことを思い知らされます。
そして傷心のイーサン・ホークの前に、謎だった彼の支援者が現れた時、イーサン・ホークはアン・バンクロフトがグウィネス・バルトローと自分を結びつける為に、画家デビューを支援していたと思い込んでいた自分の予測違いに愕然とします。
この映画の印象に残ったアレンジとして、アン・バンクロフトが無聊を慰める為に若い二人を交えてダンスに興じる設定です。
『卒業』（監督：マイク・ニコルズ １９６７ ）で若き日の夢が叶わず不本意な生活を続けるミセス・ロビンソンを演じた彼女のキャスティングに、自分はある種の繋がりを感じてしまいます。
あと、１０代の二人が水飲み場で交す繊細なキス・シーンに代表される透明さを感じる映像美とロバート・デ・ニーロの存在感は、グウィネス・バルトローの妖美性と共に観る者の記憶に刻まれるのではないかと考えます。
グウィネス・バルトローによるエステラのエピソードに比重を置いた本作では、ロバート・デ・ニーロの出演場面が限られていながらも、異彩を放つ彼の存在感により原作の世界観をアルフォンソ・キュアロンの視点によリ２時間弱で描けたのではないかと考えます。
イーサン・ホークの願いが、富や名声よりも変わることのない慈愛の心を持ち続けることであるというテーマを、美を希求する画家の視線で綴ったチャールズ・ディケンズ文学の映像化作品として好きな映画です。
ＰＳ チャールズ・ディケンズは彼の作品が何度も映像化されている作家ですが、翻訳文庫作品を読んだ中では「大いなる遺産」のプロットが個人的には最も好きです。
ウィクトル・ユーゴーやフョードル・ドストエフスキーを世界10大文学作品に推したサマセット・モーム等の作家に影響を与えたとされる、普遍性を感じる描写表現が好きです。
§『大いなる遺産（Great Expectations）』
ロバート・デ・ニーロとジェレミー・ジェームズ・キスナー↑
アン・バンクロフトとジェレミー・ジェームズ・キスナー↑
ジェレミー・ジェームズ・キスナーとラクエル・ボーディン↑
ラクエル・ボーディン↑
アン・バンクロフト(右)↑
グウィネス・バルトロー↑
イーサン・ホーク↑
横アングルで撮られたグウィネス・バルトロー↑
イーサン・ホークとグウィネス・バルトロー↑
クリス・クーパー(左)とイーサン・ホーク(右)↑