デヴィッド・リーンが1945年に監督しカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したイギリス映画『逢びき(Brief Encounter)』(※)は、 同監督 の『旅情』(1955)と共に、短期間に燃え上がる運命の恋愛と駅の別離を描いた作品になります。
この映画では、アイリーン・ジョイスの ピアノによるセルゲイ・ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番がオープニングで流れ(第1楽章)、第2楽章の美しい旋律も効果的にアレンジされて挿入されております。
夫と子供と暮らすセリア・ジョンソン(役名:ローラ・ジェッソン)は毎週木曜日に、近郊のミルフォードの街へ汽車で出かけ、買物と映画鑑賞の後夕刻に帰宅することを習慣としています。
ある日、目に入った塵を居合わせた医師のトレヴァー・ハワード(役名:ドクター・アレック·ハーヴェイ)に取ってもらったところ、二人は翌週と翌々週 に、偶然の成せる業からミルフォードの街やレストランで再会します。
レストランが混んでいたことから同席することになった二人は、自己紹介で打ち解けた流れから、セリア・ジョンソンの予定していた映画鑑賞を共にすることになります。
二人の運命を感じさせる『情熱の炎』(監督:G・H・ムーディ 1923)が象徴的に予告編上映された映画館を後にした別れ際に、トレヴァー・ハワードはセリア·ジョンソンに再会を約してくれるように頼みます。
急な手術の為に僅かに夕方の駅でしか逢えなかった翌週の次の週、最早詰らなくなった『情熱の炎』を観るのを途中で止めた二人は、植物園のボートハウスで互いの想いを確認します。
帰宅したセリア·ジョンソンは、外出中に息子が怪我をしていたことを知り、強い自責の念に駆られてしまいます。
その後、留守にしている友人の家を借りてセリア·ジョンソンと同じ時を過ごそうと誘ったトレヴァー・ハワードを一度は振り切ったセリア・ジョンソンでしたが、彼への想いが絶ち切れずに、乗車した汽車を飛び降りトレヴァー・ハワードの待つ部屋に向かいます。
そこへ予定より早くトレヴァー・ハワードの友人が帰宅して彼を非難したことで、妻子あるトレヴァー・ハワードにも強い自責の念が生じます。
個人的にこの映画で印象に残るシーンは枚挙に暇が無いですが、ラストの駅の別離のシーンでセリア・ジョンソンの心情表現として効果的に用いられる斜めの映像は、 後に同じ手法で『第三の男』 (監督:キャロル・リード 1949)を撮ったロバート・クラスカーのカメラよるものです。
あと、この映画ではセリア・ジョンソンが夫のシリル・レイモンドへ語りかける内なる声をナレーションとしておりますが、それによ り愛に揺れる心と夫に対する罪の意識の振れ幅が測れる様な気がします。
とりわけ、この映画を忘れ難い作品としている演出効果は、駅のティー·ルームの別離から汽車の車内に至るシーンが冒頭と終盤の2回に渡って登場することで、観客は異なった感情で冒頭のシーンを振り返るという稀有の体験をすることになります。
医者になった志望動機を専門的な話(予防治療の重要性)を交えて話すトレヴァー・ ハワードの眼の中に情熱の煌めきを見たセリア・ジョンソンの輝きに溢れた表情に、彼女の日常と恋愛の対比を象徴的に感じる、家族を持った二人が燃え上がる運命の恋愛と自責に煩悶する姿を緻密に描いた映画として、末永く観続けたい作品です。
PS『マイ・フェアー・レデイ』(監督:ジョージ・キューカー 1964)でオードリー・ヘプバーンの父親アルフレッド・ドゥーリトルを演じているスタンリー・ホロウェイ(役名:アルバート・ゴッドビー)が、本作では駅のティー・ルームの女主人と軽妙な会話を繰り広げる鉄道職員として、映画に膨らみを齎(もたら)しております。
(※)この映画は第19回アカデミー賞において最優秀監督賞、最優秀女優賞(セリア・ジョンソン)、最優秀脚色賞を受賞しております。
§『逢びき』
スタンリー・ホロウェイ(左)↑
『情熱の炎』の予告編↑
陰翳の妙↑↓
斜めのアングル↑↓