ビリー・ワイルダー監督が1966年に撮った『恋人よ帰れ!わが胸に(The Fortune Cookie)』は、名コンピとして知られるジャック・レモン(役名: ハリー・ヒンクル)とウォルターマッソー(役名:ウィリー・ギングリッチ)の初共演作品になります。
邦題が原題のフォーチュン・クッキーと異なるタイトルである理由は、家を出た妻のジュディ・ウェスト(役名:サンディ)とよりを戻したいジャック・レモンの想いと、コール・ポーターの「You'd Be So Nice To Come Home To」がアンドレ・プレヴィンの編曲で挿入されているるからだと考えます。
TVカメラマンのジャックレモンはアメリカン・フットボールの試合中継中に、ロン・リッチ演じるブーン・ブーン・ジャクソン選手に突進されて気を失い病院に担ぎ込まれます。
軽い怪我で済んだにも拘わらず弁護士の義兄ウォルタ・マッソーは、ジャック・レモンの脊椎の古傷を利用して球団や競技場から賠償金目的の訴訟を起こすことを算段します。
当初は賠償金詐欺に反対していたジャック・レモンでしたが、新聞で事故を知った元妻のジュディ・ウェストから電話があったことを利用しようと考えたウォルター・マッソーは、重傷者を装っていれば彼女が戻って来ると言い含めることでジャック・レモンに怪我人を演じさせます。
ジャック・レモンの快復を親身に願うロン・リッチは、フットボー ル・チーム仲間から集めた資金で車椅子をジャック・レモンにプレゼントしたり、彼の身の回りの世話を買って出ますが、ある時、賠償金目当てでジャックレモンの家に戻って来たジュディ・ウェストの甘言を見抜きます。
向かいのアパートの一室で訴訟相手側が雇った探偵のクリフ・オズモンド(役名:チェスター・バーキー)が監視していることに気付いたウォルター・マッソーは、戻って来たジュディ・ウェストとの生活が24時間監視されていることジャック・レモンに忠告します。
暫くして、ウォルター・ マッソーが仕掛けた策略が奏功したことで訴訟相手と示談することになった時に、盗聴マイク回収の為に乗り込んで来た探偵が漏らしたロン・リッチに対する差別的な言動に憤ったジャック・レモンは、傷害事件によりチームを去ることを決意したロン・リッチの許に走り出します。
この映画では、金銭の為に知恵と労力を注ぎ込むウォルター・マッソーとジュディ・ウェストに対して、恋愛や信条に一途なジャック・レモンと優しさに溢れたロン・リッチが対称的に描かれます。
ジャック・レモンが信条に反する詐款行為に加担してしまう理由が、心から人を愛することの無い利己的なジュディ・ウェストへの想いであることから生じる悲喜劇を、ビリー・ワイルダーは巧みにスクリーンに映し出している様に思います。
報われることのない恋愛に陥ったジャック・レモンを催眠状態から解放するのは、ロン・リッチの献身的で純粋な魂であるという展開に、観客は溜飲を下げるのではないかと考えます。
元々全銭よりも恋愛が目的のジャック・レモンにとって、真の愛情が全てに優先するという収束を描いたこの映画は、奥行きを感じさせる大人のコメディとして、ジャック・レモンによる軽やかな車椅子ダンスと共に観客の心に残る名品ではないかと思います。
§『恋人よ帰れ!わが胸に』
二人の白と黒のコントラスト↑
ジェームズ・ホイッスラーの「画家の母の肖像」を挟んで向かい合うジュディ・ウェストとジャック・レモン↑