叫びとささやき(1972)は、自分にとって深紅色を基調とした映像の美しさに引き込まれるイングマール・ベルイマン監督初のカラー作品として、ピエール・フルニエの演奏するJ・S・バッハの無伴奏チェロ組曲の音色と共に軀に入り込んで来る映画です(第5番ハ短調BWV1011第4曲サラバンド〈※〉)。

19世紀後半の貴族の家庭に集った3姉妹と献身的に仕える使用人が登場する映画ですが、この映画は4人の女性が言葉と映像によって一人づつ掘り下げて描かれることから、映画の冒頭に抱く4人のイメージがラストまで続く作品系列とは異なる映画の様に感じます。

 

末期癌で死期の近いハリエット・アンデルセン(役名:次女アグネス)が使用人のカリ・シルヴァン(役名:アンナ)の看護のもと暮らす実家の屋敷に、それぞれ家庭を持つイングリッド・チューリン(役名:長女カーリン)とリヴ・ウルマン(役名:三女マリア)が戻ってきます。

ハリエット・アンデルセンが苦しみと小康状態を繰り返す中、リヴ・ウルマンは以前恋仲であった医師エルランド・ヨセフソンと親密な時を過ごそうとし、幼少期から母の愛情をリヴ・ウルマンに奪われたと思っているイングリッド・チューリンは夫や家族に愛を感じない日々を過ごしており、病に苦しむハリエット・アンデルセンに親身な情愛を示すこと無く、リヴ・ウルマンに対して積年の感情をぶつけてしまいます。

その様な中、使用人のカリ・シルヴァンは唯一人献身的に、ハリエット・アンデルセンのやつれた軀を優しく自分の肌身で包み込みます。

ハリエット・アンデルセンの葬儀の際、司祭は彼女の信仰心の強さを振り返り、自分を含めた誰よりも信心深かったことを述懐します。

別れ際の夢想的なシークエンスで、遺体となったハリエット・アンデルセンは、3人に寄り添ってくれるように頼みますが、カリ・シルヴァン以外は拒絶して彼女の許を去る中、ピエタ像の様にハリエット・アンデルセンがカリ・シルヴァンに抱かれます。

そして、エンデイングではカリ・シルヴァンがハリエット・アンデルセンの日記を読みますが、そこで映し出される若き日の4人が愉しげに遊んでいた頃の映像に、皆が集まってくれた最期の日々に温もりを感じることが出来たとハリエット・アンデルセンが綴った欣びが語られます。

 

この映画で印象に残るのは、終盤のイングリッド・チューリンとリヴ・ウルマンが繰り広げる、肌の温もりを感じるまでに至らない二人の表層的な和解と理解の掛け違いです。

ハリエット・アンデルセンとカリ・シルヴァンが感じた肌の温もりが、決して物理的な体温だけではなく、魂に関わるレベルの様に思えるのは、イングリッド・チューリンとリヴ・ウルマンの二人の間にも、そして二人がハリエット・アンデルセンとカリ・シルヴァンに対しても感じることが出来ない温もりを表しているからではないかと自分は考えます。

美しい色彩が施されたイングマール・ベルイマンの映像世界に魅了されるこれからも観続けたい好きな作品です。

 

)J・S・バッハの無伴奏チェロ組曲は実演の感動が忘れられない堤剛のCD演奏(SME 1990~1991)を個人的に愛聴しております。

 

§『叫びとささやき』

 

 

 

 

 

カリ・シルヴァンがハリエット・アンデルセンを抱くピエタ