公開時に製作会社に無断で内容を変えられたオーソン・ウェルズの1958年作品黒い罠(Touch Of Evilは、現在リック・シュミドリンによる修復版(1998年)をDVDで観ることが出来ますが、フランス・ヌーヴェルヴァーグを中心とした監督達による賞賛()やオーソン・ウェルズが本来意図した演出に基く修復版の完成により、オーソン・ウェルズによるフィルム・ノワールの名作としての評価が定まっている作品だと考えます。

とりわけ、多くの映像表現者に影響を与えたとされる6.7メートル・クレーンを駆使した冒頭4分の長回しの素晴らしさもあり、2013年にイギリス映画協会が実施した世界の映像作家によるオールタイム・ベストで26位にランキングされております。

 

新婚旅行中にメキシコ国境近くのアメリカの街を訪れたメキシコの麻薬捜査官 チャールトン・ヘストン(役名:ラモン・ミゲル・ヴァルガス)と妻ジャネット・リー(役名:スーザン・ヴァルガス)は、街の顔役の車が爆破炎上する現場に居合わせたことから、チャールトン・ヘストンはメキシコで爆薬が仕掛けられた事件であるとの確信により捜査を開始します。

そこへ現れた難事件解決に定評のある地元警部オーソン・ウェルズ(役名:ハンク・クインラン)は、チャールトン・ヘストンの登場に不快感を募らせますが、殺害された顔役の娘の恋人の家を捜索中、オーソン・ウェルズによって何も無かったはずの箱にダイナマイトが仕込まれたことをチャールトン・ヘストンは見破り、オーソン・ウェルズを問い詰めます。

身の危うさを感じたオーソン・ウェルズは、チャールトン・ヘストンにより捜査中のグランディ一家を丸め込み、ジャネット・リーに麻薬常習者の濡れ衣を着せ、終にはオーソン・ウェルズが殺害したボスのジョー・グランディことエイキム・タミロフ殺しの犯人に仕立て上げようとします。

ジャネット・リーの無実を晴らすべく、チャールトン・ヘストンが行動を起こす中、オーソン・ウェルズの部下ジョゼフ・キャレイア(役名:ピート・メンジース)がチャールトン・ヘストンにオーソン・ウェルズが殺人現場に愛用の杖を置き忘れていることを伝えます。

そして、チャールトン・ヘストンは協力者となったジョゼフ・キャレイアに盗聴器を仕掛け、オーソン・ウェルズが仕組んだ冤罪を暴き出そうとします。

 

この作品では、マレーネ・ディートリヒが酒場の主人ターニャとして数カットだけ出演しますが、ラスト・シーンの彼女のインパクトは相当なもので、そのシーンに収束させる為にオーソン・ウェルズがこの映画を撮ったのではないかと思える程の存在感を感じます。

ジャネット・リーの軀を張りながらも深みを感じさせる演技や、俳優としてのオーソン・ウェルズの翳を内に秘めた悪役振りも堪能できる好きなフィルム・ノワール映画です。

 

)ヌーヴェルヴァーグ期に提唱された「作家主義」により、映画監督特有の表現手法で映像作品が創り出されることを評価する風潮が生まれたとするのであれば、監督名を邦題に冠した作品が以前は存在していた様に記憶しております。

それらの作品と共に思い浮かぶ監督としては、チャールズ・チャップリン、バスター・キートン、アルフレッド・ヒッチコック、フェデリコ・フェリーニ、フランソワーズ・トリュフォー、ジャン・リュック・ゴダール等ですが、オーソン・ウエルズも作家主義の範疇で評価される、パン・フォーカスの実践や黄金狂時代(監督:チャールズ・チャップリン 1925)製作にも拘わった、偉大な映像作家であったと思います(タイトル例:『オーソン・ウエルズのフェイク』〈1974)。

 

PS 1976年放映のCFでウイスキーをロックで飲んでいたオーソン・ウェルズの姿を思い出します。

映画創りの目標である完璧(Perfection)が未だ成し得ぬ夢であるとのカメラ目線の語りは、視聴者に強い印象を与えたのではないかと想像します(因みに、オーソン・ウェルズが飲んでいたウイスキーは完璧とのことでした)。

 

§『黒い罠