フランシス・コッポラ監督がフレッド・アステア主演の『フィニアンの虹』(1968)に続くミュージカル映画として世に送った『ワン・フロム・ザ・ハート』(1982)は、ナスターシャ・キンスキーの存在感とトム・ウエイツとクリスタル・ゲイルの音楽が映画の主要な場面で彩りを添える、MGMを中心とした往年のハリウッド・ミュージカルに捧げられた80年代作品として記憶に残る映画ではないかと考えます。

父親であるカーマイン・コッポラが音楽家であるからかもしれませんが、デューク・エリントン楽団のハーレムの拠点を舞台にした『コットン・クラブ』(1984)を撮るなど、映画における音楽の扱いに卓抜した手腕を披露してくれる監督というイメージがあります。

この映画はテリー・ガー(役名:フラニー)と同棲相手のフレデリック・フォレスト(役名:ハンク)が倦怠期の些細な喧嘩で別離た後、それぞれが別のパートナーと居るところをラスベガスの夜の街で見かけたことをきっかけに、互いに相手の存在の大きさに気付くという流れが描かれている作品になります。

この映画を先日観て思ったことは、フランシス・コッポラが財政難に陥る原因になったとされるオール・セット撮影の拘りとその映像表現の素晴らしさで、フェデリコ・フェリーニからボブ・フォッシーへと続くミュージカル映画作品への繋がりを連想させる幻想的な映像美に自分は魅了されてしまいます(※)。

テリー・ガーがクラブのピアノ弾きラウル・ジュリア(役名:レイ)と睦まじくなり、フレデリック・フォレストがダンサーのナスターシャ・キンスキー(役名:ライラ)と恋に落ちますが、テリー・ガーが大通りの通行人達と繰り広げるリズミカルなダンスと、ナスターシャ・キンスキーが演じるファンタジックなミュージカル映像は、自分のようなミュージカル映画好きを欣ばせるこの作品の観所ではないかと考えます。

この映画で興味深かったのは、比較的地味に冒頭描かれている倦怠状態のカップルが別離た途端、共に粋なパートナーを得ることですが、互いに相手の新しいパートナーを目の当たりにすることにより、二人は互いがかけがえのない存在であることに気付くことになります。

二人の新しいパートナーがダンサーとピアノ弾きであることと、ラスベガスが舞台であることから、ネオン煌めくミュージカル・シーンがこの作品を彩りますが、この映画ではナスターシャ・キンスキーの一途な想いとラウル・ジュリアがボーイ兼ピアニストの職を投げ打ってでも新しい恋に走る様が描かれていることから、4人の恋の顛末に甘さの中にほろ苦さを感じる作品ではないかと思います。

フランシス・コッポラの映像美に浸ることが出来る好きなミュージカル映画です。

 

(※)ボブ・フォッシーがフェデリコ・フェリーニの『カビリアの夜』(1957)をミュージカル・リメイクした『スイート・チャリティ』(1968)や『キャバレー』(1972)に観られる映像世界。

 

PS フランシス・コッポラ監督が所有するナパ・バレーのワイナリ―はワイン好きには知られた銘柄で、加州ワインを扱うショップで売られているのを見かけることがあります。

 

§『ワン・フロム・ザ・ハート』