小津安二郎監督東京暮色(1957)は、淡い光を感じながらも観ているうちに次第に監督の意図するテーマが滲み出てくる他の小津作品とは異なり、風の中の牝雞(1948)同様、終始灰色のトーンで描かれた異色の作品ではないかと考えます。

この作品は、実の母である山田五十鈴(役名:喜久子)が娘に抱く情愛と、父である笠智衆(役名:周吉)と姉の原節子(役名:孝子)が妹に抱く家族としての情愛との狭間で、実母の登場に揺れる家族と異なる出自のアプレゲール役の有馬稲子(役名:明子)が悲劇へ進む過程が描かれております。

娘の明子役は岸恵子の当て書きであったとのことですが、有馬稲子の熱演とは別に、姉役の原節子との対蹠という意味で岸恵子のキャスティングは理解出来る様な気がします。

東京暮色風の中の牝雞には、小津安二郎が私淑していた志賀直哉の「暗夜行路」に書かれていた出自や不義に関する翳を自分は感じてしまいます。

この作品で描かれる家族と実母との間で揺れる有馬稲子の姿は、出自を知る前の彼女が既に家族とは異なる流れの中に身を置いていたことから、必然であるかの如く悲劇の渦に巻き込まれてしまいます。

この作品で印象に強く残るのは、実母の揺れる心情を肌理細やかな演技で表現した山田五十鈴ですが、自分には彼女が演じた母親像を観ていると的外れな感想かも知れませんが 是枝裕和監督の海街DIARY(2015)で姉妹の母役を演じた大竹しのぶが重なって見えます。

ラストに山田五十鈴を乗せた汽車が学生の歌う明治大学校歌で見送られるプラットホームのシーンは、娘を失った母が東京を離れるシーンに晴れがましさを伴う学生の送別風景を持って来ることで、映像に一層の寂寥感が感じられる様な気がします。

小津安二郎作品と志賀直哉の影響について考えさせられるという意味で、小津作品の中で重要な作品ではないかと考えます。

 

 

§『東京暮色』