70年代パニック映画の名作ジャガーノート(1974)を監督したリチャード・レスターが、ア・ハード・デイズ・ナイト(1964)に続いてビートルズの主演映画を撮ったヘルプ!(1965)は、ビートルズ・ファンだった兄に連れられて1973年に室蘭の映画館でレット・イット・ビー(監督:マイケル・リンジー=ホッグ 1970)との併映で観ました。

当時、ハワイからの衛星中継を観たのをきっかけにエルヴィス・プレスリーに熱中しておりましたが、今考えると弟を連れて行くことを、親が兄への資金援助の条件にしたのではないかと考えます。

しかしながら、この時観た2本の映画は自分にとって強烈な体験でした。

ヘルプ!は、評論家の植草甚一が褒めていた尖鋭的な演出がありながらも、コメデイ風サスペンス・タッチの映画世界に引き込まれたという印象が強いです。

ヘルプ!は、怪奇映画風のオープニングがアイドル・ミュージカル映画としては斬新だと思いますが、初めて観た時、妙にシニカルな風体がロックを感じさせたジョン・レノンに魅せられたことから、主題歌と「悲しみはぶっとばせ」を兄の購入したサントラ盤(米国盤)を借りて聴いておりました。

この映画で効果的に使われていたリヒャルト・ワグナーの「ワルキューレの騎行」がサントラ盤に入っていたことから、後にリヒャルト・ワグナー作品を好きになるきっかけにもなりました。

この映画を観ると、オーストリア・アルプスで撮影された「涙の乗車券」での即興的なアイデアに満ちた映像の数々が、後に隆盛を極めるPVの先駆を感じさせますが、あと、レット・イット・ビーを思わせる紫煙のスタジオ収録風景の映像も、撮影当時4人はアイドルでありながらクリエイティブなミュージシャン集団であることが覗える印象を持ちました。

後にジョン・レノンがインタビューで語っていたところによると、主題歌「ヘルプ!」は自身の内なる救済の叫びであったとのことですので、もしこの映画を観ていて1人だけ他の3人と雰囲気の違いを感じる部分があるとすれば、当時のジョン・レノンの内面世界が影響しているのかも知れません。

この後、彼等は「ラバー・ソウル」(1965年12月発売)を吹き込み、ビーチ・ボーイズに「ペット・サウンズ」(1966年5月発売)を生む刺戟を与え、「ペット・サウンズ」の高度なハーモニーと歌詞表現の内省性、そしてボブ・ディランの影響により「トゥモロー・ネヴァー・ノウズ」(「リヴォルバー」収録 1966年8月発売)、「サージャント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」(1967年6月発売)といった現代音楽の未踏峰を登り始めたことを考えると、ヘルプ!というアイドル・ミュージカル映画は、音楽シーンにとっても分水嶺であったのかも知れません。

映画に纏わる私的な内容で恐縮ですが、今思えば、後にコンセプチュアル・アーティストとして関連作品の蒐集(著作<含サイン本>、全音楽作品、イマジン・ピース・ジャケット<毎冬愛用>)、個展・ミュージアム(含ジョン・レノン・ミュージアム)通いと、その創作活動に心酔することになる小野洋子との出逢いは映画レット・イット・ビーでした。

 

PS 昨年、ポール・マッカートニーの東京ドーム公演を体験することが出来ました。

ソロ活動の原体験は「ハイ・ハイ・ハイ」、「マイ・ラブ」、「死ぬのは奴らだ」からの世代ですが、休憩なしでビートルズ時代のジョン・レノンやジョージ・ハリソンの曲も歌ってくれたのには感銘を受けました

 

§『ヘルプ!』