『眺めのいい部屋 』(監督:ジェイムズ・アイヴォリー 1986)は、20世紀初頭の英国貴族の女性が自由恋愛に悩む姿を描いた作品ですが、楷書の様に丁寧に撮られていることで、自由恋愛が困難であった20世紀初頭の英国階級社会に暮らす女性の微かな心の揺れ幅が、しっかりと観客に伝わる作品ではないかと考えます。
フィレンツェを舞台にするこの映画はプッチーニのオペラやドイツ・ロマン派のピアノ曲が効果的に使われておりますが、主人公のヘレナ・ボナム・カーター(役名:ルーシー)が情熱的に弾く、ベートーヴェンの「ヴァルトシュタイン」が彼女の内面を象徴的に表現している点で印象に残りました。
映画はヘレナ・ボナム・カーターが旅先のイタリア・フィレンツェで繊細かつ感情的なジュリアン・サンズ(役名:ジョージ)と不躾な状況で出遭うことから始まりますが、麦畑で雷に打たれたようなキスをされたジュリアン・サンズが気になりながらも、英国に戻り読書家の青年と婚約するという貴族としての道を彼女は自然に受け入れます。
しかしながら、思いがけない展開から再度彼女に雷鳴が轟く流れになるのですが、映像はヘレナ・ボナム・カーターが色々な登場人物に自分の考えを語り行動することが、「貴族として自覚した行動」であるにも拘わらず、周囲が彼女に本心を偽ることなく正直に生きる道を誘う展開が、さりげなく表現されていることに感じ入りました。
個人的には、読書家の婚約者に感情移入する部分が存在することから、ヘレナ・ボナム・カーターからの婚約破棄に至る展開が気の毒になりましたが、奔放ながら自由さと繊細さが共存するジュリアン・サンズこそが、情熱を内に秘めたヘレナ・ボナム・カーターの運命の相手であるこの作品では致し方ないことだと考えます。
本作は、19世紀フランスの地方貴族の恋愛を描いたオノレ・ド・バルザックの「谷間の百合」等の既婚女性への青年の思慕から始まる往時の文学で描かれる恋愛表現とは異なる、自由恋愛に揺れる未婚男女の貴族が描かれている点で興味深い作品だと思いました。
§『眺めのいい部屋』
