マーティン・スコセッシが監督または関与した、音楽ドキュメンタリー映画は全て好きです。

その中で、ボブ・ディランのノー・ダイレクション・ホーム(2005)はボブ・ディランの10時間に及ぶ本人のインタビューが基になっている彼の音楽人生の始まりから1960年代の活動に重心を置いた、観る度にボブ・ディランの音楽に対する率直な発言の数々に驚きと発見を感じる作品だと考えます。

自分がボブ・ディランを初めて知ったのは、1974年のザ・バンドとのツアー・ライブ盤「偉大なる復活」を新譜購入した時になります。

従って、グリニッジ・ヴィレッジ時代の諸作はかなり後になってから聴いた世代になりますので、それまではPPMやバーズといった色々なミュージシャンにカバーされたボブ・ディランの曲に多く接していた様に思います。

映画でボブ・ディランは、ジャック・ケルアックやウディ・ガスリー、ルース・ベイダー・ギンズバーグの影響について語っておりますが、個人的に感じ入ったのは、ルース・ベイダー・ギンズバーグがボブ・ディランの曲(※1)を初めて聴いて感涙したエピソードが語られる部分です

ルース・ベイダー・ギンズバーグの詩がボブ・ディランという芸術家により正しく受け継がれたことにより、真の師弟関係が成立した悦びをルース・ベイダー・ギンズバーグがチベット僧侶の格言を引用しながら語る姿には心が揺さぶられました(2)。

あと、映画のハイライト映像として、ザ・バンドを従えた伝説の1966年5月のイギリス公演の映像が登場しますが、この英国ツアーの観客だったザ・ビートルズやデビッド・ボウイ等による、後の「サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブ・バンド」や「ジギー・スターダスト」へと繋がるロックと詩の新たな広がりを考えると、1960年代に発生した若者を中心とした文化の貴重なドキュメンタリーとしてこの作品は大変重要な作品ではないかと考えます。

マーティン・スコセッシは、1960年代の歴史的事実(公民権運動、キューバ危機等)とボブ・ディランの映像をモンタージュ技法を駆使しながら、若者文化発生の温床である歪とエネルギーを音楽と映像で観客に伝えてくれますが、それらを現在のボブ・ディランが覚めた目で冷静に語る姿(3)に、この作品の意義があるのではないかと考えます。

ある意味、世界を変える程の影響力があった社会現象の中心者であり、アイドル的なスターでもあった当時ですら、浮つくことなく自身が掘り当てた金鉱の採掘作業に没頭していた芸術家の姿が登場します。

想像するにボブ・ディランは、自身の存在や芸術作品が拡大解釈される風潮を離れた位置から覚めて視ていたのではないかと考えますが、そのことが先般の文学賞騒動に通じるものがある様に視えて来る、音楽ドキュメンタリーというジャンルを超えた20世紀の芸術・文化ドキュメンタリー作品の傑作として好きな作品です。

 

1)「はげしい雨が降る(A Hard Rain’s a-Gonna Fall)」

2)師を越える弟子が居なければそれは師ではないとのチベットの僧侶の格言。

3)撮影時のインタビューや1960年代映像のコメントからは、自身の行動をデビュー当時からかなり自覚的かつ客観的に観ていた様に感じました。

 

§『ノー・ダイレクション・ホーム