H・C・ポッター 監督『カッスル夫妻(The Story of Vernon and Irene Castle )』(1939)は近代社交ダンスの祖と言えるカッスル夫妻の自伝に基づくジンジャー・ロジャースとフレッド・アステアが演じた、ファッショナブルなロマンチック・ミュージカルです。
この作品は、オスカー・ハマースタイン2世が2人のダンスチームの為に手掛けた唯一のミュージカル映画になります。
1911年のニューヨーク。
医者の家に生まれたジンジャー・ロジャース(役名:アイリーン・フート)は、舞台ダンサーになる夢を抱いています。
イギリス人のボードビル・コメディアンのフレッド・アステア(役名:ヴァーノン・カッスル)は、床屋の客に扮したスラップスティック・コメディ(※1)で人気を博しています。
或る日、海辺で溺れかけていた小型犬ゾーイを協力して助けたことをきっかけに、有名ダンサーのフレッド・アステア(役名:ヴァーノン・カッスル)と知り合ったジンジャー・ロジャースは、フレッド・アステアを両親と暮らす自宅に夕食に招き、客間でピエロの衣装でベッシー・マッコイのオマージュ・ダンスを披露します。
彼女の摩訶不思議なコメディ・ダンスの感想を求められたフレッド・アステアは、気の無い回答で胡麻化します。
しかし、その後意気投合した2人は、ダンサーとして世に出るべく数ヵ月に及ぶ期間を、社交ダンスをショウ・アップした画期的なダンス開発と猛練習に費やします。
彼等の踊りを2人はフレッド・アステアの属する一座の座長ルウ・フィールズに披露しますが、願いも空しくフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースのダンスは彼の関心を引きません。
その後も精進を重ねた2人は、自分達の踊りが完成を迎えた時期を同じくして結婚します。
フランスから来ていたプロモーターと契約したフレッド・アステアは、ジンジャー・ロジャースの実家で使用人として働くウォルター・ブレナン(役名:ウォルター・アッシュ)をマネージャーに雇いパリへ渡ります。
ダンサーとしての出演依頼だと思っていたフレッド・アステアでしたが、プロモーターが用意していた床屋の椅子が自分の為に用意されていることを知ったフレッド・アステアは激しい失望感に襲われます。
滞在費が底をついたことで出演料を前借りしているフレッド・アステアは、已む無くコメディアンとしてパリの舞台に立つことを覚悟します。
その様な折、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの斬新なダンスをふとした偶然で目にした女性プロモーターのエドナ・メイ・オリヴァー(役名:マギー・サツーン)の手引きで、高名な「カフェ・ド・パリ」への出演が叶います。
そこで披露した新様式の舞踊「カッスル(キャッスル)・ウォーク」が評判となったことで、2人は一夜にしてパリの人気ダンス・チームになります。
ファッション・アイコンとなったジンジャー・ロジャースは、ドレス、靴、ヘアスタイル等に世界的な影響を与えます。
アメリカに凱旋した2人は、全米を網羅する一大興行を成功に導きます。
しかし、第1次世界大戦の勃発は、フレッド・アステアの心に祖国イギリスに対する想いを揺さ振ります。
フレッド・アステアが欧州戦線に従軍中、ジンジャー・ロジャースはサイレント映画に出演しながら彼の帰りを待ち続けます。
2年が経った1917年、ジンジャー・ロジャースの許に、フレッド・アステアは、アメリカ空軍の教官としてテキサスに赴任するとの報せが入ります。
ジンジャー・ロジャースが久し振りの面会でテキサスに来る日、フレッド・アステアはホテルの特別室を借り、雇い入れた楽士達に想い出の曲の演奏をする様に頼むと、飛行隊の観兵式参加の為にホテルの部屋を後にします。
この映画では、ダンス界に革命を齎(もたら)したカッスル夫妻が、世界のファッション・リーダーの道を進む成功譚が描かれており、ジンジャー・ロジャースとフレッド・アステアによって夫妻が世に放った革新性的ダンス(※1)がスクリーン上に再現されております(※2)、。
このことから、1911年前後の米国のショー・ビジネス界では、ジャズ(ラグタイム)伴奏によるクイック・ステップが未だダンスの主流ではなかったことが窺い知れます。
縦糸としてのプロットでは、喜劇役者のフレッド・アステアがジンジャー・ロジャースと出逢って互いに恋に落ちてから、ダンサーとしてパリで成功し凱旋に至るまでの苦労と栄光を描いております。
本作で個人的に気に入っているのは、溺愛する愛娘・ジンジャー・ロジャースの自己流ダンスを両親がフレッド・アステアに売り込むシーンですが、ピエロ風のつなぎ衣装で踊る’人喰い男’ダンスは、ジンジャー・ロジャースのファンには嬉しい珍品ではないかと考えます。
あと、舞台役者のフレッド・アステアの知己を得たジンジャー・ロジャースが、彼の出演する舞台に友人達を連れて行く展開では、舞台で繰り広げられるドタバタ髭剃りコメディとジンジャー・ロジャースの失望の表情が、笑いとペーソスを誘うシーンだと思います。
社交ダンス中心のミュージカルであることから、タップ・ダンスは少なめですが(※3)、タンゴを含むジンジャー・ロジャースとフレッド・アステアの解釈を経たノスタルジックで華麗なダンス'フォックストロット'、'キャッスル(カッスル)・ウォーク'、'ワンステップ'、'マキシキシ'、等(※4)の妙技を堪能出来ることと、アイリーン&ヴァーノン・カッスル夫妻がショー・ビジネス界を含むダンス界に与えた影響を知る意味でも、ミュージカル・ファンには興味深い作品ではないかと考えます。
舞台レビューのクライマックスで披露される夢見る様なデュエット・ダンスがスクリーンに横溢する、『リオ・ブラボー』(監督:ハワード・ホークス 1959)で牢屋番スタンピーを演じたウォルター・ブレナンの好演も嬉しい、ジンジャー・ロジャースとフレッド・アステアのRKO社最後を飾るミュージカルとして、これからも観続けて行きたい映画です。
(※1) 床屋のコメディは、ヴァーノン・カッスルの往時のルーティンが再現されているとのことです。
(※2)日常歩行の動きを取り入れた、踵から脚を運んで踊るカッスル夫妻考案のキャッスル(カッスル)・ウォークをテンポの速いフォックストロットに用いたことや、キャッスル・ポルカの考案等が文献に書かれております。
(※3)前で踊る男性の動きに合わせて、フレッド・アステア が椅子に座りながらタップを踏む場面のリズムの速度と切れは、短いシーンでありながらもフレッド・アステアの非凡さに触れられる瞬間ではないかと考えます。
(※4)ジンジャー・ロジャースは自伝の中で「ダークタウン・ストラッターズ」や「ウェイティング・フォー・ザ・ロバート・E・リー」等の楽曲を懐かしさと共に愉しんで踊った本作の撮影について触れております(ジンジャー・ロジャース「ジンジャー・ロジャース自伝」〈渡瀬ひろみ訳〉、キネマ旬報社、1994、pp201)。
PS:この文章は2018年10月に掲載されていた内容に粗筋を加え、大幅に加筆・訂正を加えた差替えになります。
§『カッスル夫妻』
海に飛び込むジンジャー・ロジャース↑
ジンジャー・ロジャース、フレッド・アステア↑
フレッド・アステア、ジンジャー・ロジャース、ジャネット・ビーチャー(役名:ミセス・フート)↑
ジンジャー・ロジャース、フレッド・アステア↑
ジンジャー・ロジャース、フレッド・アステア↑
ジンジャー・ロジャース、フレッド・アステア↑
ジンジャー・ロジャース、フレッド・アステア↑
フレッド・アステア、ジンジャー・ロジャース↑
ジンジャー・ロジャース↑
フレッド・アステア、ウォルター・ブレナン↑
ジンジャー・ロジャース(右手前)が多重露光によって現れた自分とフレッド・アステアのダンスを見つめる↑










