『女相続人(The Heiress)』は、ヘンリー・ジェームズの小説をルース&オーガスタス・ゲーツ夫妻が戯曲化した後に、1949年にウィリアム・ワイラー監督が映像化した恋愛映画です。

本作は、アカデミー主演女優賞(オリヴィア・デ・ハヴィランド)、作曲賞(アーロン・コープランド)、美術賞、衣裳デザイン賞を受賞しております。


1849年のニューヨーク。

控えめで地味なオリヴィア・デ・ハヴィランド(役名:キャサリン・スローパー)は、医師である父ラルフ・リチャードソン(役名:オースティン・スローパー)と高級住宅街ワシントン・スクエアで暮らしています。

母を出産で亡くしたオリヴィア・デ・ハヴィランドは、愛妻との別離により心の中に翳を持つ父との静かな生活を、刺繍をしながら過ごしています。

未亡人の叔母・ミリアム・ホプキンス(役名:ラヴィニア・ペニマン)は、その様な兄・ラルフ・リチャードソンの家に長期滞在することで、奥向きのオリヴィア・デ・ハヴィランドが社交的になることを願っています。

或る晩の舞踏会で、オリヴィア・デ・ハヴィランドはモンゴメリー・クリフト(役名:モリス・タウンゼント)と出逢います。

定職の無いモンゴメリー・クリフトは、見分を広める為に行ったヨーロッパ旅行で、僅かに相続した遺産を使い切ろうとしています。

ミリアム・ホプキンスの仲介を得たモンゴメリー・クリフトは、オリヴィア・デ・ハヴィランドに情熱的なアプリ―チを繰り返し、彼女の関心を得ようと腐心します。

モンゴメリー・クリフトの執拗さに当初は圧倒されていたオリヴィア・デ・ハヴィランドですが、やがてオリヴィア・デ・ハヴィランドの満たされない心の隙間に彼への想いが入り込みます。

父親のラルフ・リチャードソンは、オリヴィア・デ・ハヴィランドが3万ドルの遺産相続権を有することを知ったモンゴメリー・クリフトが、遺産目当てで娘に近付いたのではないかとの疑念を持ちます。

モンゴメリー・クリフトとの初顔合わせの朝、ラルフ・リチャードソンは彼の妹である寡婦・ポール・リーズ(役名:アーサー・タウンゼント)と面会し、彼女との会話からモンゴメリー・クリフトを地に足の着かない遊興人であると決めつけます。

ラルフ・リチャードソンに婚約を前提とした交際を拒絶されたモンゴメリー・クリフトは、自分達だけで結婚の誓いを取り交わします。

ラルフ・リチャードソンは2人を引き離す為に、オリヴィア・デ・ハヴィランドを長期のヨーロッパ旅行に連れ出します。

2人の留守の間、叔母のミリアム・ホプキンスのもてなしを受けたモンゴメリー・クリフトはスローパー家に出入りしながらオリヴィア・デ・ハヴィランドの帰国を待ち続けます。

滞欧中、オリヴィア・デ・ハヴィランドがモンゴメリー・クリフトに変わらぬ愛情を注いでいることに失望したラルフ・リチャードソンは、旅行を切り上げて帰国する決意をします。

家に戻ったラルフ・リチャードソンは、モンゴメリー・クリフトへの反感が昂じた勢いで、刺繍と相続権以外に秀でたものが無い人物に興味を抱く異性は存在しないと言い放ち、彼女の心に深い傷を負わせます。

そして、モンゴメリー・クリフトと若し結婚するのであれば、遺言からオリヴィア・デ・ハヴィランドの名を削除すると申し渡します。

オリヴィア・デ・ハヴィランドは、ラルフ・リチャードソンが自分に対して抱いている侮蔑的な感情に激しい憤怒と失望を受けたことにより、父親への愛情を失ってしまいます。

父親と暮らす家には一晩も居たくないとの感情に囚われたオリヴィア・デ・ハヴィランドは、モンゴメリー・クリフトに翌日に予定していた駆落ちを前倒しを懇願します。

ラルフ・リチャードソンが将来的に結婚を認めることを期待するモンゴメリー・クリフトに対し、オリヴィア・デ・ハヴィランドは例え許してくれたとしても、自分は父から何も受け取らないと言い張ります。 

駆け落ちに同意したモンゴメリー・クリフトは、馬車で迎えに来る約束の時刻を告げて家を出ます。

しかし、約束の時刻にモンゴメリー・クリフトは現れず、オリヴィア・デ・ハヴィランドはモンゴメリー・クリフトに見捨てられたことに気付きます。

彼女は、モンゴメリー・クリフトが母親から遺された1万ドルという大金に満足しなかった理由を思い返し、叔母のミリアム・ホプキンスは、ラルフ・リチャードソンの死後、更に2万ドルの相続を期待していたからだと彼女に伝えます。
数日後、ラルフ・リチャードソンは死期が近いことを明かし、オリヴィア・デ・ハヴィランドにモンゴメリー・クリフトといつ出発するつもりかを尋ねます。

彼女が駆け落ちが中止になったことを告げると、ラルフ・リチャードソンはオリヴィア・デ・ハヴィランドがモンゴメリー・クリフトを拒絶したことを誇りに思うと語りますが、オリヴィア・デ・ハヴィランドは自分が捨てられたことを苦々しく告白します。

心を閉ざしたオリヴィア・デ・ハヴィランドは、死期が近付いているにも拘らずラルフ・リチャードソンの病床に行くことは有りません。

5年が経ち、オリヴィア・デ・ハヴィランドは、ワシントンスクエアの家で叔母のミリアム・ホプキンスと暮らしています。

叔母のミリアム・ホプキンスは、或る日、ニューヨークに戻って来たモンゴメリー・クリフトが、あの晩の事情を説明したいと言っているとオリヴィア・デ・ハヴィランドに告げます。

 

この映画は、子供の盲目的恋愛に直面した親の憂慮を核として人間の業を描いた、硬質な恋愛ドラマではないかと思います。

マーティン・スコセッシ監督は、本作に描かれるモンゴメリー・クリフトが、『キラーズ・オブ・ザ・フラワー・ムーン』(2023)のリリー・グラッドストーンの富を狙うレオナルド・ディカプリオに影響を与えていることを述懐しております。

『陽のあたる場所』(監督:ジョージ・スティーヴンス 1951)でシェリー・ウィンタースから上流階級のエリザベス・テイラーに鞍替えする無情な人物を2年後に演じるモンゴメリー・クリフトが、この作品のモリス・タウンゼントのバリエーションに思えてしまう程、清爽さの裏で業に支配されている青年役を見事にこなしていると思います。

淀川長治は「映画ベスト1000」(※1)の中で、尾羽打ち枯らしたモンゴメリー・クリフトの再訪をオリヴィア・デ・ハヴィランドが階段で演じる段切りの演出を賞賛しておりますが、モンゴメリー・クリフトの髭面を仰け反りながら躱(かわ)す彼女の凄演は、時代を超えて映画ファンの記憶に刻まれるのではないかと思います(※2)。

『風と共に去りぬ』(監督:ヴィクター・フレミング 1939)でメラニー・ハミルトンを演じ、『遥かなる我が子』(監督:ミッチェル・ライゼン 1946)に続きアカデミー主演女優賞に輝いたオリヴィア・デ・ハヴィランドが演じる、内向きな人物が恋愛感情を通して冷徹さを併せ持つ成人へと変貌を遂げるキャサリン・スローパーの姿には、多くの人が息を呑むのではないかと考えます。

本作は、『女相続人』をブロードウエイ舞台で観劇したオリヴィア・デ・ハヴィランドが、ウィリアム・ワイラーに映画化の監督就任を打診して製作されたとのことです。

振れ幅の大きいオリヴィア・デ・ハヴィランドの演技を観るにつけ、初観劇の時から彼女が抱いたであろう確固たる演技プランの基に撮影が進んだものと推測します。

この映画を観ていると、オリヴィア・デ・ハヴィランドの倖せを願う気持ちは一貫しながらも、ラルフ・リチャードソンとモンゴメリー・クリフトへの感情移入(共感)が交互に訪れる流れには、映像への没入感と共に強い感銘を覚えます。

モンゴメリー・クリフトに異性として興味を抱く叔母のミリアム・ホプキンスが、姪のオリヴィア・デ・ハヴィランドを終始焚き付ける一方、父親のラルフ・リチャードソンは、一貫してモンゴメリー・クリフトに対する疑心を抱き続けます。

両極に位置する叔母と父親の間で、モンゴメリー・クリフトに対するオリヴィア・デ・ハヴィランドの想いは震えながら揺れ動きます。

ラストでオリヴィア・デ・ハヴィランドがランプを手に階段を上がるシーンが、『断崖』(監督:アルフレッド・ヒッチコック 1941)で白光するミルクを持って階段を上がるケイリー・グラントを思い起こさせる、オリヴィア・デ・ハヴィランドとウィリアム・ワイラー監督による冷厳な恋愛映画としてこれからも観続けて行きたい作品です。

 

(※1)淀川長治「映画ベスト1000」(河出書房新社、2021年〈決定版新装版初版〉、pp73)

 

(※2)終盤の再会シーンでオリヴィア・デ・ハヴィランドは、ぞれまで幼さを感じさせる高音とは打って変わった低音の声で、想い出のルビーのボタンを清算金とは気付かず欣ぶモンゴメリー・クリフトに渡します。

 

§『女相続人』

ラルフ・リチャードソン、ミリアム・ホプキンス、オリヴィア・デ・ハヴィランド↑

モンゴメリー・クリフト、オリヴィア・デ・ハヴィランド↑

オリヴィア・デ・ハヴィランド↑

オリヴィア・デ・ハヴィランド、モンゴメリー・クリフト↑

モンゴメリー・クリフト、オリヴィア・デ・ハヴィランド、ラルフ・リチャードソン↑

モンゴメリー・クリフト↑

オリヴィア・デ・ハヴィランド、モンゴメリー・クリフト↑

オリヴィア・デ・ハヴィランド↑

モンゴメリー・クリフト、オリヴィア・デ・ハヴィランド↑

オリヴィア・デ・ハヴィランド↑