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氾濫する「させていただきます」表現、言語学者が解説する“ここまで使われる理由”
椎名 美智2021/04/12
genre : ライフ, 読書, 歴史, ライフスタイル

 あらゆる場面で「氾濫」しているかのように見える「させていただく」という表現。「させていただく」に対する世代別の受け止め方や近年の使われ方、「させていただく」人気の背景などについて、『「させていただく」の語用論—人はなぜ使いたくなるのか』著者の法政大学文学部教授・椎名美智氏に聞いた。



 2016年にSMAPが解散した際、ある言葉が話題になった。


「解散させていただきます」

 いまやあらゆる場所で見かける「させていただきます」表現の一例だ。

 言語学者である私が「させていただきます」という表現に興味を持ったきっかけは、ある敬語の講演会でのこと。講師の話が終わって質問タイムになると、年配の男性が手を上げてこう言ったのだ。

「先ほど会場の入り口で『受付表を確認させていただきます』と言われた。これは失礼な言い方ではないか? 偉くもない私を持ち上げたって、私は断れるわけでもないのに」

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「させていただく」が高い頻度で使われると同時に、「させていただく」の氾濫を不愉快だと思っている人がいる。みんなが同じ受け止め方をしているわけではないということは、「させていただきます」が今まさに変化している表現だということなのだろう。

全世代、文法通りでない使用にも違和感はナシ
 では、具体的に「させていただきます」の受け止め方にはどのような差があるのか。

 10代から80代を対象に、約700人にさまざまな「させていただきます」の例文を見せ、それらに対する違和感を回答してもらうアンケートを実施したところ、意外なことがわかった。どの年代も、文法通りでない「させていただく」の使用にも違和感を感じていなかったのだ。

次のページ私たちはどこに違和感を感じているのか


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 文法書では、「させていただく」という表現には「恩恵性」があるとされている。つまり、「使わせていただく」というように、話し手に何らかの恩恵がもたらされる時に使う表現だ。

「恩恵性」がある例:

 会議室を使わせていただきます。

 ◯◯さんの本を読ませていただいた。

 しかし、実際には、話し手に恩恵があるかないかは、全年代で「させていただく」への違和感に関係がなかった。年代で違和感の度合いが分かれたのは、じつは「使役性」や「必須性」の有無だったのだ。

「使役性」は、冒頭の「確認させていただきます」といった表現がそうであるように、許可を得る、という意味合いを帯びていること。


「使役性」がある例:

 チケットを確認させていただきます。

 契約内容を説明させていただきます。

「必須性」は聞き手の関わりが必須かどうかということ。たとえば、「卒業させていただきます」という表現では、聞き手がいなくても「卒業する」ことは可能なので「必須性」がない。

 日本語では主語や目的語が省略されがちなのでわかりにくいが、英語の“I send you a letter(私はあなたに手紙を送る)”のように、目的語としてのyouがでてくるかどうか、とも言い換えられるかもしれない。

「必須性」がない例:

 ◯△大学を卒業させていただいた。

 コンテストで受賞させていただきました。

 本来、「させていただく」はこの「恩恵性」「使役性」「必須性」のすべてが必要な表現なのだが、実際には「使役性」「必須性」が両方あるか、片方あるか、両方ないか、で違和感が分かれており、若い世代ほど、「恩恵性」「使役性」「必須性」のすべてが欠けた表現に違和感を感じていなかった。

 冒頭の「解散させていただきます」も「恩恵性」「使役性」「必須性」がすべて欠けている表現なので、その意味では、「させていただきます」の用法の最新形なのかもしれない。

半世紀ほどで、「近い」表現と「遠い」表現に二極化
「させていただきます」表現は100年以上前から存在しており、1990年代に広く普及したと言われている。そこで、半世紀以上古いテキストと現在のテキストの2つのデータセットを使い、「させていただきます」の使用法の変遷を探ってみた。

「~してくださる」のように、もののやりもらいを表す動詞が(ここでは「くださる」)、別の動詞(ここでは「する」)の後ろに付いて、英語の助動詞のように使われる用法を「ベネファクティブ」という。私の調査では、「させてもらう」「させていただく」「させてくれる」「させてくださる」の4種類のベネファクティブを比較した。

 使用頻度の比較でわかったのは、この半世紀ほどで「させていただく」「させてくれる」の2つが、残り2つに比べよく使われるようになったこと。これは4つの表現が、対人距離的に最も「遠い」表現と最も「近い」表現に二極化しているとも言える。

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 どういうことなのか。「させていただく」を例にとると、「させていただく」は主語が「私」になるので、言語上「あなた」に触らずにすむ表現となる。さらに、敬語形で「させてもらう」より丁寧な表現であるため、4つのうち相手から最も「遠ざかる」表現なのだ。

 それに対して、主語が他者になり、敬語形でない「させてくれる」は最も「近づく」表現となる。

「させていただく」が使われることが増えた場面は
 データの分析からは、どういう形で「させていただく」が使われることが増えたかも明らかになった。


 多様な動詞とともに使われてきた「させていただきます」だが、近年は「お話しする」「説明する」「報告する」といった「能動的コミュニケーション動詞」と一緒に使用することが特に増えている。

 これは、実際は一方的に話をしたり、説明をしたりする場面であっても、「私はあなたがそこにいることを意識していますよ」というサインを、「させていただく」で前もって出しているということなのかもしれない。

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 政治家が「させていただく」を多用するというコメントをよく耳にする。これは政治家が「させていただく」をことさらよく使うというよりも、国会答弁が質疑応答の繰り返しだから、当然「質問する」「お答えする」といった「コミュニケーション動詞」を使うことになり、それらの動詞に導かれて「させていただく」が使われているのではないかと思う。

人気の秘密は「自分を丁寧な人」に見せてくれる表現だから?
 この「させていただく」の使い方の変遷からは、「させていただく」が相手に触れずにへりくだる、「丁重語」化してきていることが窺える。そして、この丁重語化にこそ「させていただく」人気の秘密が隠れていると私は考える。

 従来の敬語は、相手に敬意を表すために相手を上げたり、自分をへりくだらせる表現だった。しかし、昨今の「させていただく」の用法には相手の存在が実際にはなく、敬意が相手に向かっていかない。むしろ、自分は丁寧な人である、と自分の品位をあらわすマーカーとなっているのだ。

 そんなマーカーが好まれる背景には、人間関係がフラットになってきていることや、人間関係の匿名性が増したことがあるのかもしれない。

 小さなコミュニティでは自明な上下関係も、不特定多数と関わる大きなコミュニティでは不明瞭となる。そんな状況では、とりあえず自分を丁寧な人に見せることができる「させていただく」は便利な表現なのだろう。

次のページ言葉から「敬意」がすり減ってきていることも関係している


言葉から「敬意」がすり減ってきていることも関係している
 また、「させていただく」人気には、敬語につきものの「敬意漸減」も関係している可能性が高い。

 今、見下すような言葉とされている「お前」「貴様」などといった言葉は、漢字で書くともとは丁寧な言葉であったことがわかる。これは、言葉を使っているうちに、そこに込められていた敬意がどんどんすり減っていき、それまで丁寧とされてきた言葉が丁寧でなくなっていく作用があるからだ。

 同様のことは現代でも起きており、自分がへりくだる丁重語の「いたします」のような表現も、今は「偉そうだ」と反発を受けることがある。既存の丁重語の敬意がすり減っていく中で、代替表現として人気を博しているのが「させていただきます」なのかもしれない。


 しかし、そんな「させていただきます」表現の敬意にも、すでにすり減りの兆しがある。

「させていただきます」と言い切ると冷たい感じがするためか、「させていただきますね」という風に語尾に共感の終助詞「ね」を付けたり、「させていただいてもよろしいでしょうか」と疑問形にする表現が増えてきた。

 会議で「させていただいてございます」という、とても丁寧な表現を耳にすることも増えてきた。「おります」の敬意がすり減っていると感じて古風な「ござる」に置き換えた結果、敬意のてんこ盛りになっている……、と感じる。

相手から遠ざかりすぎない、上手な表現を
 私はコミュニケーションを分析する言語学者なので、「この言葉はこう使うべき」と主張することが仕事ではないし、言葉の変化は非常におもしろいと感じている。しかし、今の「させていただきます」の用法に、時折り歯がゆさを感じることも事実だ。

「丁寧なら怒られないだろう」という空気が今、もしかしたら社会を包んでいるのではないか。たとえば、芸能人であれば「この人は敬語が使えない」とバッシングされないよう、「させていただく」を使っておく、というような……。

 先ほども指摘した通り、「させていただく」は相手に触らない、相手から「遠い」表現でもある。「私は丁寧な人です」という「印」であると同時に、他人に対するバリアとしても機能してしまう。

 これからの私たちは、ただ自分が勝手に丁寧になるだけでなく、他人に近づく言葉、他人と親しくなる言葉をもっと意識してみてもいいのではないだろうか。


「させていただく」の語用論—人はなぜ使いたくなるのか

椎名美智 ,小林真理(STARKA)(装丁・装画)
ひつじ書房

2021年1月28日 発売

 


資料2
人はなぜ「させていただく」に違和感をおぼえる? 言語学者が解き明かす“敬意のインフレーション”


2021.03.11 12:00
人はなぜ「させていただく」に違和感をおぼえる? 言語学者が解き明かす“敬意のインフレーション”
文・取材=土井大輔、写真=編集部

 「店内はマスク着用とさせていただきます」。近ごろ、町で見かけるこの貼り紙の文章に、あなたは違和感をおぼえるだろうか? 意味としては「店のなかではマスクをしてください」であると理解しつつ、どこか引っかかりを感じる人もいれば、なにが問題なのかわからない人もいるはずだ。ポイントは「させていただきます」にある。

 人はなぜ「させていただく」に違和感を抱くのか。それは、どのような使われ方をしたときなのか。調査・研究し、『「させていただく」の語用論』(ひつじ書房)としてまとめたのが、法政大学の椎名美智教授だ。椎名さんの専門は言語学。「歴史語用論」という、ある言葉が時代を通じてどのように使われてきたかを論じる方法で「させていただく」を調べた。

 椎名さんはなぜ「させていただく」に注目したのか。そして、どのようなことがわかったのか。話を聞いた。(土井大輔)



「させていただく」は「自分はちゃんとした人間である」と示すアイテム
ーー(レコーダーのスイッチを入れて)お話を録音させていただきます。

椎名美智(以下、椎名):いま、「録音」のあと、何とおっしゃいました?

ーーしまった……。先生の前では絶対に使わないようにしようと思っていたんですけども。

椎名:私と会う方は皆さん控えていらっしゃるんですよね。別に使っていいんですけどね。使ってはいけないとは、一言も言ってませんし。

「させていただく」については、私たちが「ん?」ってなる時と、「これはOK」と思うときがありますよね。私はどんなときに人が違和感をおぼえるのかを調べたんです。針の穴から世界を見るような感じなんですが、「させていただく」から世の中を見たら、人がどんな風に人間関係を捉えているのか見えてくるかもしれないと考えたんです。

ーー人はなぜ「させていただく」に違和感をおぼえるのでしょうか。

椎名:本来は、相手からなんらかの許可や恩恵があるときに使う言葉なんです。でも今は「このたび本を出版させていただきました」のように、対象となる「あなた」がいなくても使われているんですね。「いや、私はなんの関与もしていないんですけど……」と、聞き手にとっては自分に関係のないところで行われていることにも「させていただく」を使っている。

 たとえば「お話させていただきたい」を英語にすると、I’d like to talk to you.という風に「I」と「you(あなた)」が出てくる。私はこれを「あなた認知」と呼んでいるんですけど、今は「you」に関係のない動詞にも「させていただく」を使っているんですね。「受賞させていただきました」とか。「勝手にどうぞ」という感じなんですけども(笑)。

ーー「させていただく」は、いつごろから使われているのでしょうか。

椎名:「させていただく」は生まれてから100年ぐらい経った1990年頃に、爆発的にブレイクしたと言われていますが、今がもっとも使われている時期なのではないでしょうか。

 さかのぼっていくと、明治時代の文明開化で、社会の身分制度がなくなりました。身分制度がなくなると、「あなた」がどういう出自かわからないんですね。「あなた」の側も私のことがわからない。そんなときに失礼のないようにしたいので、とりあえず敬語を使っておこうと。敬語を使うと無難なんですね。そうした「敬意のインフレーション」みたいなものが起きて、敬語がいっぱい使われるようになった。19世紀半ばに「〜ていただく」という形が生まれ、19世紀の終わり頃にはすでに「させていただく」が誕生しています。

 その時点では、ちゃんと「させて」という許可と「もらう」という恩恵があるかたちで使われていたんですが、今はそうでなくなっているんですね。伝統的な敬語としては、尊敬語や謙譲語などで上下関係を表すものが正統派ですが、世の中がだんだんタテ社会じゃなくなってくると、ヨコの関係でのやりとりを表したくて、「やりもらい」の動詞で恩恵を表すことが好まれるようになりました。「くださる」とか「いただく」ってそれの敬語形ですね。旧来の敬語とは別のタイプの敬語のようなものとして使われるようになるわけです。そして今「させていただく」という、敬意がてんこ盛りのフレーズが盛んに使われるようになっています。

ーー研究とは、具体的にどのようなものだったのでしょうか。

椎名:ひとつは「させていただく」と、いろんな言葉の組み合わせを考えて、約700人にアンケートしたんです。みんながどの部分に引っかかるのか、どの例文に対する違和感が高いかを5段階で評価してもらうんです。

 そして、例文を英語にしたときに「させていただく」の前の動詞部分に「you」が出てくるものを「必須性(がある)」とし、同様に「させて」に「あなた」に許可をもらうという意味があるものを「使役性(がある)」とする。「いただく」になにか恩恵の意味があったりするものは「恩恵性(がある)」です。「必須性」「使役性」「恩恵性」この3つの要素との関係を見たわけです。

ーーそこでは、どのようなことがわかったのですか?

椎名:調査の結果、みんながどこに違和感をおぼえたかというと、まず引っかかるのは必須性でした。「させていただく」の前にくっつく本動詞に「you」があるか、ないかというのが一番大事なんですね。「説明する」のように「あなた」が意味の中に含まれている言葉だと5段階評価で2.323の違和感。「感動する」のように「あなた」に関係ない動詞だと3.469と高い数値が出ました。これはかなり大きな違いです。

 次にどの要素がくるかというと、使役性です。「私が『あなた』にさせてもらうこと」とみなされる例文では、違和感が小さいことがわかりました。じゃあ次は「ありがたい」と思う恩恵性が関係するのかなと思ったら、まったく関係しないこともわかりました。これは私にとっては驚きの結果でした。

 次に違和感に影響するのは、年齢だったんです。20代までの若年層は「させていただく」への違和感が全般的に低いんです。例文にもよりますが、次に低いのは60代以上の高年層で。30代〜50代の中年層が一番違和感をおぼえていたんですね。なんでだろうって考えたら、これは現役で働いている世代なんですよね。現役世代が一番敬語に敏感というか、営業や接客のときに「この言葉はよい」とか「悪い」とか、そういうことに気をつけて生活しているんだと思います。

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「させていただく」を使いたくなってしまう理由


「させていただく」はほどよい距離感を演出できる
椎名:私の専門は「歴史語用論」というんですけども、たとえば、昔のイギリス人はどんな英語を話していたのかというのを、コーパス(言語学の研究で使うデータ集)で調べるんですね。今回も「させていただく」でコーパス調査をやってみました。「いただく」だけを見ても時代によって多くなったとか少なくなったがわからないので、「もらう」「いただく」「くれる」「くださる」の4つをセットにして見ていくんです。

 私が若いときは「くださる」が丁寧な言い方だったんですね。「させてくださる」の形でもよく使われました。だけど今は「させてくださる」が使われなくなって、「させていただく」が使われていることがわかりました。「くださる」は敬語形なんですが、主語があなただから言葉であなたに触れるので、使ってるうちに敬意がすり減ってしまうんですね。それで、「させていただく」へとシフトしてきたんだと思います。じゃあ「くれる系」全体が「もらう系」に取って代わられたのかというとそうでもなくて、普通形だと「させてくれる」は使用が増えていて、「させてもらう」は変化がない。だから、「させていただく」の使用増加は、敬語形だけの問題、つまり丁寧に言おうとしたときにだけ生じている現象だということになります。

使用が増加している「させてくれる」と「させていただく」というのは、主語が誰か、敬語形かどうかという点を考えると、距離感的には一番近い言葉と一番遠い言葉なんです。相手との関係が近いなと思ったら「させてくれる」と言うし、遠いなと思ったら「させていただく」って言う。実際は4択ではなく2択になってきたということがわかりました。

ーー近い人にはより近く、遠い人にはより遠い言葉を使うようになっていると。

椎名:そうです。真ん中がないというのは、ギアが、1かMAX(最大)か。そのあいだにある微妙な距離感の言葉は使わず、選択肢がふたつしかないという点では、コミュニケーションがわかりやすくなったとも、貧弱になったとも、どちらとも言えるのかもしれません。

 最近の学生さんはとても繊細なんですよ。「自分が人を傷つけてしまったと知って、傷ついた」というんです。「おいおい」って心配になります。傷つけたり傷ついたりしないように、「させていただく」を使って距離をとりたいんでしょうけど、傷つきながら逞しく大きくなっていってほしいというか、もうちょっと相手と積極的にからんでもいいのでは、と思いますね。



ーー人はなぜ「させていただく」を使ってしまうのでしょうか。

椎名:「させてくださる」と「させていただく」を比べると、「させてくださる」は主語があなたなので、言葉であなたに触れてしまうんですが、「させていただく」は自分が主語なので、あなたに触れずに丁寧になって距離感が出せるので、無難なんじゃないでしょうか。特に、「あなた認知」の動詞は、距離感のある「させていただく」と一緒に使うと、遠近両用っていうか、押しつけがましさが薄れて、ほどよい距離感が演出できるからだと思います。

 アーヴィング・ゴフマンというアメリカの社会学者がいるんですけども、丁寧さを示すには、相手に敬意を伝える「表敬」と、私は品性がある人間ですという「品行」を示す方法がある、といったことを言っています。「くださる」はあなたが主語なので表敬の敬語ですが、「いただく」は自分が主語なので自分の話として、「自分はちゃんとへりくだることのできる謙虚な人間ですよ」ということを示す「品行」の敬語です。もしかしたら、敬語は時代と共に「表敬」の敬語から「品行」の敬語へとシフトしていて、その現れとして「させていただく」が使われるようになったのかもしれません。

ーーー今後も使われ続けるのでしょうか。

椎名:調査では、「させていただく」の後ろがどう活用するかというのも見てみたんです。そうすると、「させていただきます」という言い切りの形が一番多いことがわかりました。でも、どこかつっけんどんな感じがしますよね。取り付く島もないというか、持ってくだけ持ってっちゃうぞという宣言みたいで。では、どうするかというと、共感の「ね」をつけることが多くなっているようです。「させていただきますね」と。「させていただいてもよろしいでしょうか」と、後ろに許可求めの疑問文をつける形も使われていますね。

 ある会議に出席したら、「させていただいてございます」と言っている方がいて。すぐにメモをとりましたね。「させていただいております」の「おる」が「ござる」に置き換わっているんです。「おる」は丁重語で「いる・ある」のへりくだりなのですが、「おります」では敬意が十分ではないと感じるんでしょうかね。だから「ございます」にしたという。敬意のてんこ盛りですよね。敬意のインフレーションです。「丁寧な方だなぁ」と思う反面、「仕事で事務的な話をしているのだから、そこまで丁寧に言わなくても」ってツッコミたくなりました(笑)。

 というわけで、「させてください」とか「お…する」とかで他者指向的な敬語で言ってたものが、自分がへりくだる丁重語的な「させていただく」に取って代わられることで、敬意が他者に向かなくなっているわけです。「表敬」の敬語から「品行」の敬語へのシフト、「敬語のナルシシズム」と言える現象かもしれません。

 しばらくはこうした状況が続くんじゃないでしょうか。あと10年ぐらい経つと、「させていただきます」では「敬意が足りない」となるんでしょうかね。そして「させていただいてもよろしいでしょうか」や「させていただいてございます」でも敬意不足ということになったら、きっと、違う表現が登場してきてると思うんです。楽しみにしていてください。

■書籍情報
『「させていただく」の語用論ー人はなぜ使いたくなるのかー』
著者:椎名美智
出版社:ひつじ書房
発売日:発売中
定価:3,600円+税

 

 

 

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