何時も何かのせいにして
自分は悪くないと生きるのは、
悲しみや憎しみに囚われて生きるのは、
暗闇の中で立ちすくむ迷子と同じ…
己は正しいと
そう思った時点で全ては止まる。
己は正しいと生きるから、争いが始まる。
そこから、大きな罪が生まれる…
無始よりこのかた
貪瞋痴の煩悩にまつわれて
身と口と意とに造るところの
もろもろの つみとがを みな悉く懺悔し奉る
我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋痴
従身語意之所生 一切我今皆懺悔
己と向かい合い懺悔する度
己の我の強さ、煩悩の深さを思い知る。
“間違いだらけの自分”
ご神仏は懺悔する者には
苦を抜き、楽を与えて下さる。
許しを請う者は、許される。
許されて、許す事を知る。
苦しみは、己が作っている事を知って
現実は己が作っている事を知る。
何かのせいではないと分かれば
もう、光はみえている。
そこに、進もう。
すみません、生意気でしょうか。
…仏の教えは大いなる慈悲に基づき
時には大変厳しくもあります。
けれども、日々懺悔しまくりの私は
今こんなにも心が楽なんですよ
私「私、性格はそんなに悪くはないと思うのですが…?
」
師匠「そうですか??」←試されてる最中
私「え…
💢」
まだまだ我の強い私ですけれどm(__)m
