お不動さまのもとで ~兵庫 姫路 水壬庵~

お不動さまのもとで ~兵庫 姫路 水壬庵~

お不動さまのもと、みえない世界の事でお悩みの方のお役に少しでも立てますように…

❇️遠隔の加持❇️

行者がご神仏と一体となり、離れたところからご相談者の方に向けてご神仏のエネルギーをお送りさせて頂きます。

どうか、お心やお体の痛みが和らぎます様に…

場合によっては直接出張しての加持祈祷も承ります。

※加持とは
ご神仏のお力をお借りして、ご相談者の心身の不調を整えることです。
必要なことがあればご神仏からお言葉を頂きお伝えします。

ご神仏の広大な慈悲心を『加』
人の信心が『持』
ご神仏は太陽の光、人を水に例えますと『加持』とは光が水面を照らし、水が光を感じ取ること。
そうして行者はご神仏と一体となり、ご相談者のお背中に手を当てさせて頂きます。
勿論ご相談者にもご自身とご神仏とに向き合って頂かなければなりません。
そうすることではじめて加持は働きます。



❇️myougyoku.k@gmail.com

お気軽にご連絡下さいませ🙇





















先日、遙拝加持法として、
癌の再発を防ぐことを願う祈りを行った。


内臓二ヶ所を中心に、お不動さまと薬師如来さまの御力をお借りし、ただ静かに、整えることだけを意識して祈った。 


長く集中していた時、『もっと送らなければならないのではないか』そんな思いがよぎった。その時突然、大きな般若の面が浮かんだ。

正直、戸惑った。
般若の面には厄除けの意味があると言われる。

だから一瞬『これは大丈夫という兆しかもしれない』そう思いかけた。 

けれど、ここで一度立ち止まった。
般若の面は、単なる守護や吉兆だけを表すものではない。
そこには、苦しみ、執着、強い感情が転じた姿という側面もある。

癌という重いテーマ。『どうか再発しませんように』という切実な願い。 

長時間、結果を思い描き続けた集中。
それらが重なったとき、自分自身の内側のイメージが象徴として現れるということは、決して珍しくない。 


大切なのは、現れた象徴を「結果の保証」にしないことだ。 

祈りは、支えるためのもの。
結果を決めるためのものではない。

医療の判断を超えて、誰かの生死や検査結果を背負うことはできない。 

般若の面は「これ以上、執着で踏み込むな」
「ここで手放し、委ねよ」という内なるブレーキだったのだと、私は受け取った。 


祈りは尊い。
けれど、続けすぎれば祈る側を壊してしまうこともある。
だから私は「私はここまで役目を果たした」そう言葉にして、祈りを終えた。 

残りは医師に、本人に、そして仏さまに委ねる 。
それが、祈りを “清いまま” に保つということなのだと思う。
もし、祈りの最中に強いイメージや象徴を見たときは、すぐに意味づけをしなくていい。 

大切なのは、現実と感覚の境界を守ること。


祈りは、断定しないからこそ人を支える力であり続ける。