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のすたるじあJAZZ喫茶へようこそ

記憶の彼方のレコード棚から、忘れかけてた演奏を、一枚ずつ取り出して聴きなおす・・・

サッチモとデキシ―セインツの楽しい仲間(When the ‘Dixie Saints’ go Marchin’ in 2019)

 

日本のサッチモこと外山喜雄氏(トランペット&ヴォーカル)と恵子夫人(ピアノ&バンジョー)を中心に、ジャズの名手が集まったデキシージャズバンドである「外山喜雄とデキシーセインツ」の、サッチモ名曲集といったアルバムです。

 

外山喜雄氏は中学時代にルイ・アームストロングを聞いてトランペットを始め、早稲田大学ではニューオーリンズジャズクラブへ、ここで演奏活動を本格化させるとともに、後に夫人となる恵子さんと知り合います。

卒業後は民間企業に就職するもジャズ熱が再燃して1年ほどで退職、1968年に夫婦でブラジル移民船に乗り込んでロス経由でニューオーリンズへ向かい、約5年間滞在して本場のジャズを自分のものとしたといいます。

この武者修行では、早大ニューオリのマドンナ・ピアニストだった恵子夫人がバンジョーにも取り組み、2人だけでも即座にどこででも演奏できるようになったことが大きかったようです。

 

その後は75年にディキシーセインツを結成して活躍する一方、ニューオリンズへの恩返しの思いから彼の地の子供たちに楽器を送ったり、ハリケーン・カトリーナで被災したミュージシャンたちの支援をするなどして貢献、サッチモ・アワードを日本人として初受賞し、ニュ―オリンズ市名誉市民に選ばれるほど絆を深めておられます。

また、1983年の東京ディズニーランド開園から23年間、園内のショーやパレードで演奏を続けてこられたので、多くの人にとってはそうと知らないままに深く耳に馴染んでいる演奏家かもしれません。

 

曲はルイ・アームストロング最初期の「ポテト・ヘッド・ブルース」に始まり「ウエスト・エンド・ブルース」や「聖者の行進」と、懐かしのニュ―オリンズ・スタイルによるディキシーランド・ジャズの世界を楽しむことができます。

もちろん大ヒット曲の「この素晴らしき世界」や「明るい表通り」、サッチモ風「チムチム・チェリー」もあり、最後は「ハロー・ドーリー」で締め括られる賑やかなひと時、日頃の憂さを一気に吹き飛ばしてくれる一枚です。

 

When the ‘Dixie Saints’ go Marchin’ in

ノクターン  (Nocturne チャーリー・ヘイデン 2001年)

寝苦しい夜に選んでみたのは、チャーリー・ヘイデンとキューバ出身のピアニスト、ゴンサロ・ルバルカバの出会いから生まれたラテン・ジャズ・アルバムです。

この2人にドラムス・パーカッションのイグナシオ・ベロアを加えた3人が全11曲にわたって活躍し、トリオのみの演奏も2曲(3.Nocturnal、9.Nightfall)ありますが、それ以外はテナー・サックス(ジョー・ロヴァーノ、ダビッド・サンチェス)、ヴァイオリン(フェデリコ・ブリトス・ルイス)、ギター(パット・メセニー)が入れ代わり立ち代わり出てきて、変化に富んだ音楽を聞かせてくれます。

呟くようなピアノの音にヴァイオリン、次いでサックスが情感たっぷりに絡まる冒頭の At the Edge of the World から、夢幻的な夜の世界への扉が全開になるようです。

このあたり、ゲストを立てたということかチャーリー・ヘイデンは比較的控えめな感じですが、9曲目の Nightfall などではよく歌うベースの妙味を聞くことができます。

 

録音は2000年8月のマイアミ、それがどのようなセッションだったのか興味を引かれるところですが、1枚のアルバムとして全く違和感なくひとつの世界観に入り込めるところに、チャーリー・ヘイデンのプロデューサーとしての力が感じられます。

各ミュージシャンもそれぞれの持ち味を生かした余裕の演奏、もしかしたらこれだけのメンツを集めたのだからもっと凄いものができたんじゃないかと思う向きもあるかもしれませんが、敢えてそこを目指さずに自然体で寛げる音楽としたところに、本作ならではの美点があると言っていいと思います。

 

Nocturne

北村英治と仲間たち(Eiji Kitamura and the Best Friends  96年)

今日は日本Jazz界の宝とも言うべき北村英治氏のクラリネットを聞きましょう。

1929年東京生まれで、慶應義塾大学文学部在学中にクラリネットを学び22歳でプロデビュー、ベニー・グッドマンと共演したり、モンタレージャズフェスティバルに77年から20回近く出演、一時はテレビでもよくお見掛けした第一人者です。

95歳の今もライブハウスで活躍中という長いキャリアの中で、録音も数知れないほどあるようですが、これは60歳代後半にほぼ同年代の気心知れた仲間たちと演奏したスタンダード集です。

 

管はクラリネットのほかにサックス、トランペット、トロンボーン、そしてピアノ、ベース、ドラムスにヴァイブとギターも加わる8人の豪華編成ですが、しっとりとした静かな雰囲気が優勢で、心地よく寛ぎたい時間に相応しい極上の音楽だと思います。

「ムーン・グロウ」「煙が目にしみる」や「スターダスト」などでは特に歌心溢れるフレーズを聞くことができますが、もちろん「ローズ・ルーム」や「明るい表通りで」などでは、生き生きと愉悦に満ちた演奏で古き良き時代に誘われていきます。

 

Eiji Kitamura and the Best Friends

ベスト・オブ・ルイ・アームストロング (The Essential Louis Armstrong  25-67年)

このところJAZZの本流から少し離れて耳に優しい盤を取り上げてきましたが、一方で時折無性に聞きたくなるのがルイ・アームストロングです。

いま比較的手に入りやすいのは、「この素晴らしい世界」や「ハロー・ドーリー」などの代表的ヒット曲や、「バラ色の人生」などのシャンソンが入ったベスト盤でしょう。

 

しかしこうした曲をひと通り懐かしんだ後は、1925年頃にシカゴで吹き込んだ「ホット・ファイヴ」や「ホット・セブン」の熱気あふれる演奏、曲で言えば「ポテト・ヘッド・ブルース」や「ウィリー・ザ・ウィーバー」などがどうしても欲しくなります。

これらには、極貧で育ち少年院でコルネットを覚えた後、ニューオーリンズからシカゴ、ニューヨークと修行を重ねる中で高く評価されるようになり、ようやく自分がリーダーのレコードを作ることができた24歳の若き音楽家の演奏する喜びが濃密に詰まっていると思います。

 

その後ビッグ・ネームになったルイ・アームストロングは、大編成の楽団との演奏や他の有名アーティストとのコラボなどが多くなり、JAZZ界もビッグ・バンドの全盛期となりますが、40年代あたりから風向きが変わる中で47年に「オールスターズ」の活動を開始、久しぶりにニューオーリンズ・スタイルが戻ってきてくれました。

20年の時を経て40歳代半ばとなっての演奏は、「ロッキン・チェア」「ブルーベリー・ヒル」などで円熟味を増し、「ヘーガーおばさんのブルース」では濃厚なブルース魂を聞かせてくれます。

このあたりを手軽に振り返ってみることのできるCDとして、この2枚組はなかなか貴重だと思います。

 

The Essential Louis Armstrong

もしあなただったら (Back To Earth リサ・エクダール 98年)

前作「ストックホルムの妖精」 (When Did You Leave Heaven)に続く、リサ・エクダール2枚目のジャズ・アルバムです。

メンバーも同じで基本的なテイストは変っていないものの、声に少し張りが感じられるようで、「妖精」 路線からやや本格的なジャズ・ヴォーカルを目指す立ち位置になったということかもしれません。

 

バックのピアノトリオ Peter Nordahl Trio を率いるペーター・ノーダールは1966年のストックホルム生まれで、90年にジャズマンとしてのキャリアをスタートさせ94年に自己のトリオを結成、96年に第1作を発表しました。

そしてその翌年にリサ・エクダールとの初共演盤 When Did You Leave Heaven (97)、続いて本作 Back To Earth(98)をリリースしますが、このコンビは第2弾までで終わり、その後はチャールス・ミンガスやキース・ジャレットのカバーに取り組んだり、自身のオリジナルを発表したりといった活躍を続けているようです。

 

一方、リサ・エクダールの1994年デビュー盤はギター中心のフォーク調で、声ももう少し押し出しが強く大人びて聞こえることから、その後となる2枚のジャズ・アルバムのコケティッシュな唱法は、ノーダールがプロデューサーとして振り付けたものかもしれません。

彼女も本作の後は元のフォーク/ポップス路線に戻って活躍していることを思うと、このように魅力的なジャズ・ヴォーカル・アルバムが2枚生み出されて残されたことの不思議さを感じます。

 

Back To Earth

海と旋律(Existir マドレデウス 90年)

今日は少し気分を変えて、ポルトガルの海、リスボンの街の風を感じましょう。

車のメーカーのCMを覚えている人もいるかもしれませんが、全体としてはポルトガルの人々が「サウダージ」という言葉で表現する、郷愁や切なさといった感覚に包まれるようなアルバムです。

 

マドレデウスというグループは当初、ロック音楽をやっていたギターのペドロ・アイレス・マガリャンエスとキーボードのロドリーゴ・レアンが、「音楽でポルトガルの風景を表現する」ことを目指して結成に動き、女性ヴォーカルのテレーザ・サルゲイロの、ファドの心に通じる哀愁ある声に出会ったことで、骨格が出来上がりました。

さらにその後参加したアコーディオンのガブリエル・ゴメス、チェロのフランシスコ・リベイロのサウンド面での貢献が、マドレデウスの音楽を唯一無二のものにしたと言えるでしょう。

 

ジャズやロックに欠かすことのできないベースもドラムもなく、民族音楽やクラシックにむしろ近そうな雰囲気の音楽は、坂の街リスボンをゆったりと流れる時間、大航海時代を懐かしむような海の香りを感じさせてくれます。

なお余計なことながら、存在する、生存するといった意味のアルバムタイトル「Existir」、そしてヒットしたCM曲の「O Pastor」(羊飼い)の邦題を、いずれも「海と旋律」としたところにも、日本での成功の一因があったように思います。

 

海と旋律

 

 

ミンガス・アー・アム(MINGUS AH UM チャールズ・ミンガス  59年)

ここにはミンガスのいろいろな面が詰まっていて、抽象画のジャケットと共にミンガスらしいようならしくないような作品という印象です。

冒頭から普通のジャズスポットでは出会えそうもない万華鏡のような世界に投げ込まれますが、2曲目の「グッドバイ・ポークパイ・ハット」はじっくり、しっとりと聞かせてくれます。これは山高帽(ポークパイ・ハット)をトレードマークにしていたサックス奏者レスター・ヤングを追悼したバラードで、ジェフ・ベックやジョニ・ミッチェルの演奏の方に馴染んでいる人の方が多いかもしれない、ジャズ・ファンの外に広く知られている名曲でしょう。

映画「アメリカの影」のテーマミュージックとして書かれた「三色の自画像」も、聞いているうちにカラフルな灯りが瞬く夜のニューヨークの街の気配が感じられてくるよう、8曲目の「プシー・キャット・デューズ 」ではトロンボーンのソロとミンガスのベースが聞きどころですが、もちろんこうしたスローな曲ばかりでなく、3、5、6などでは凄腕たちの高速アンサンブルが快感をもたらしてくれます。

 

しかし本アルバムを決定づける代表作は7曲目の「フォーバス知事の寓話」でしょう。

これはアフリカ系アメリカ人の高校入学をめぐり差別主義者とされたアーカンソー州知事フォーバスへの怒りをぶつけた作品で、ミンガスの政治的な面が表に出て “怒れるベーシスト” の面目躍如といった感があります。

それでもあらためて聞き直してみると、音楽としてはむしろ抑制され洗練されているように聞こえますが、それはおそらく後のライブ演奏などの印象が強くなっているからなのでしょう。

この曲に限らず本アルバムは総じてよく作り込まれているせいか、ミンガスの野性味よりはアレンジャーとしての冴えが強く感じられる作品集という感じがします。

曲の複雑さを考えれば、楽譜を使わずピアノで曲のコンセプトを伝え、本番ではメンバーの自発性を尊重する、というミンガス流の行き方とは思えない完成度です。

 

MINGUS AH UM

ワルツ・フォー・デビイ (Waltz for Debby ビル・エヴァンス 61年)

静かで抒情的なアルバムという印象が強かったアルバムですが、久しぶりに取り出して聞いてみて、結構スリリングなところもある丁々発止の音楽だったということにあらためて気づきました。

このLPをよくターンテーブルの載せていたのは、コルトレーンの後期やフリージャズの合間の箸休めという感じだったために、特にそう思い込んでいたのかもしれません。

しかしヴィレッジ・ヴァンガードで行ったライブの録音なので、ノリのいいところもやや派手に演出するところもあって当然でしょう。

 

特にスコット・ラファロのベース・ソロになると熱を帯びて聴衆を煽るような感じがあって、ピアノが中心となるメイン・パートとは客席の雰囲気もかなり変わっているようです。

今の我々は、この11日後に他界してしまう悲運のベーシストの最後の演奏として聞くことが多くなりますが、この時の当人や周りはそんなことを全く知る由もなかったはずなので、ある晩の普通の演奏として聞く方がその遺志に叶うのだと思います。

それにしても、ビル・エヴァンスのピアノの美しさは時を超えて変わることなく、特に5度の下降跳躍で始まる表題曲の魅力は褪せることがありません。

 

Waltz for Debby

 

 

ストックホルムの妖精 (When Did You Leave Heaven リサ・エクダール 97年)

スウェーデン人のシンガーソングライターで、フォークやポピュラー音楽の分野で活躍していたリサ・エクダール(Lisa Ekdahl、1971年生まれ)が、初めてジャズ・ヴォーカリストとしてリリースしたアルバムです。

もっともジャズは19歳の頃から歌い始めていたとのこと、本作の録音は95年というので24歳頃の録音ということになりますが、それにしては幼く初々しい感じの声が、夜の寛ぐ時間に極上の癒しをもたらしてくれます。

声量や表現力の点で本格派とは言い難いのでしょう、しかし囁くような歌いぶりや息遣いは独特の雰囲気を持っており、選曲のセンスのよさもあって聴いていて気持ちのいい歌声が全編に溢れています。

バックを支えるピアノトリオ(Peter Nordahl Trio)の演奏も品位があって滑らか、ヨーロピアンジャズの清潔感、透明感が楽しめます。

発売当時の「ストックホルムの妖精」という邦題には異論があるかもしれませんが、北欧ジャズのテイストと彼女の親密な歌の世界観を端的に表現しているように思います。

 

When Did You Leave Heaven

 

カインド・オブ・ブルー(Kind of Blue マイルス・デイビス 59年)

この作品を取り上げていませんでした。

忘れていたわけではない、ただ、なんとも語り難い作品でもあり、静謐なJAZZ、寡黙なトランペット、計算されつくしたセッション、そんな形容矛盾の言葉が次々と出てきてしまいます。

一般には「モード・ジャズ」の実験作であり到達点、ジャズ・アルバムの最高傑作と言われることが多く、確かにそれまでのハード・バップとは違った空気感があって、被写界深度がかなり通ってきているような感じがします。

一方でそうした理屈っぽいことを一切考えさせずに、ストレートに純度の高い音の世界に誘っていってくれるところがこの作品の凄さでもあるでしょう。

 

ジョン・コルトレーン、キャノンボール・アダレイ、ビル・エヴァンス、ウィントン・ケリー、ポール・チェンバース 、ジミー・コブ というメンバーを見れば、この作品に賭けるマイルスの力の入り方がわかります。

特に “静” の面におけるビル・エヴァンスの役割には大きなものがありそうですが、”動“ の面で忘れてはならないのがコルトレーン、3年前のラウンド・アバウト・ミッドナイトやマラソンセッションからは格段の進歩を遂げ、ブルートレインやソウルトレーンといったリーダーアルバムも評価されて我が道を進み出していた時期の録音です。

ここではマイルスの狙いをよく理解して「モード・ジャズ」に取り組んでいますが、それでもソロがマイルスからコルトレーンに代わるところで体感温度が変わるのも事実、両者が醸し出す緊張感はいまだに褪せることがありません。

 

カインド・オブ・ブルー