のすたるじあJAZZ喫茶へようこそ

のすたるじあJAZZ喫茶へようこそ

記憶の彼方のレコード棚から、忘れかけてた演奏を、一枚ずつ取り出して聴きなおす・・・

前回は寺島靖国氏のMegと 野口伊織氏のFunkyを軸に、吉祥寺のJazz喫茶を振り返ってみましたが、いくつかの店を巡っていたことを思い出しているうちに、今は閉店し “幻” となっている店も多くあることに気が付いたので、まとめて書き留めておくことにします。

 

70~80年代にMegと似た雰囲気を持っていて、今の言葉ではガチ系といった感じの Outback という店が街の北の方にありました。ここもその後移転してソフト化したように記憶していますが、もう少しソフトな路線の ham & eggs ともども、Funkyの野口伊織氏の経営だったように思います。

一方、ScratchやMore、John Henry’s Studyがあったプチロードには 西洋乞食 という印象的な名を持つ店があり、近くの BONNY & CLYDE とともに寺島靖国氏だったと思いますが、店の名前や看板の記憶はあるものの、それ以上の記憶は錯綜してしまっているかもしれません。

 

少し変わったところでは、プチ・ロードの入り口近くのビルの2階か3階に おたまじゃくし という店がありました。

音は比較的シャープでカラッとした感じだったと思いますが、大きな窓から外光が入ってくる店内は明るくすっきりしていて、女性客も比較的多かったような気がします。いわゆるJazz喫茶というイメージからはやや離れていたものの、気軽に入ることができて心地よく時間を過ごせる空間でした。

 

夜のライブをよく聞いたのは 赤いからす、当時は近鉄裏と呼ばれたエリアにあった、白耳義館というビルの3階あたりというロケーションに隠れ家的な使いやすさがあり、それほど古い店ではなかったと思うのですが、適度に年古りた感じのインテリアがいい雰囲気を醸し出していました。

名盤のレコード鑑賞ももちろん有意義だった一方で、やはりライブの没入感は全く別物なので、ボトルを置いて頻繁に通っていた時期もありました。

ところが後にサンロードの近くに移転してからは、もちろん演奏や酒や料理が変わったわけはないのでしょうが、なぜかしっくりしない感じがして足が遠のいたまま、気が付いたら閉店ということになっていました。

 

(以上の記事は四半世紀以上前のあいまいな記憶に基づくものなので、誤りがあればご容赦ください。なお、「今も場所を変えてやっている」というような情報があればご教示いただけると幸いです。)

新宿DUGが閉店したことで、ひとつの時代に幕が降ろされる現実を噛み締めることになってしまいましたが、同時にJazz喫茶のあれこれについて思うことも多かったので、店主が一番出入りすることの多かった吉祥寺の状況についても思い出しておきたいと思います。

 

まずざっと現在地を確認すると、吉祥寺のジャズ喫茶の双璧と言えば Megと Funkyですが、どちらも店としては一応健在ながらも、その内実はかつてとずいぶんと変わっています。

一方、プチ・ロードの Scratch、More、John Henry’s Studyや Sometimeといったところは大きな変わりがなく、1970~80年代をこの街で過ごした人間には心地よいタイムスリップ感を与えてくれます。

 

Megと Funkyについての店主のイメージは、Meg(メグ)はとにかく聞かせていただくところ、Jazzに真正面から向き合うべきところであって、Jazzをかじりかけたばかりの若造にとっては修行の場と言ってもいい厳しさがあったように記憶しています。

一方の Funky(ファンキー)は、残念ながらパルコ裏に移転した後しか知らないので、洗練された空間でちょっとオシャレにジャズ文化に浸るといったイメージが強く、初めての友人なんかを連れて行くとちょっと得意になったりすることができる反面、貧乏学生が気軽に行くにはやや敷居が高い店でもありました。

 

そうした中で比較的気軽に、読みたい本を1冊持って2時間くらいJazzに浸りに行きたいという時に重宝していたのが、前述した Scratch、More、John Henry’s Study、Sometimeといったところでした。

本を読むのに邪魔にならないくらいの音量で、初心者も緊張せずに心地よい時間を過ごすことができるというところが有り難かったのですが、そもそもそのようなコンセプトで出来た後発店だったのでしょうか、 SometimeはFunkyの野口伊織氏が、Moreと John Henry’s StudyはMegの寺島靖国氏がやっていた店だということを知ったのは、通い始めてしばらくたってからのことでした。

その意味でもお2人の吉祥寺のJazz文化への貢献はまことに大きかったと思いますが、現在 Megは経営が変わって 「音吉!MEG」に、Funkyも代替わりして 「Bar&Brasserie Funky」となっています。

 

新宿のジャズ喫茶&バー DUG が27日に閉店となりました。

いまも貴重な昭和のジャズ喫茶的空間が残ってるというのでその間際に行ってみたところ、地下へ降りる階段のみならず前の歩道にも待ち行列ができている状態でした。

でも、そこが数十年前に自分が行ったことのある DUG なのかどうか、お恥ずかしい話ですが残念ながら確信が持てませんでした。

 

そこであらためて調べてみると、まず DIG が 1961年(昭和36年)にALTA裏アカシアの3階でスタートし、最新のジャズをじっくり聞かせる店として人気を呼んだ後、1967年に DUG が、店内での会話が可能で酒を飲みながらジャズを楽しめる姉妹店としてオープンしたということでした。

ただしこの時は新宿紀伊国屋の裏の地下の店舗で、さらに1977年に靖国通り沿いの3階建てビルに新しく new DUG がオープン、これが87年および2000年と移転して今の新宿靖国通り沿いの地下に落ち着いたということらしいのですが、そうなるとかつて店主が訪れたのはどこの何という店だったのか・・・

店内の雰囲気についてはおぼろげな記憶というか印象が残っているものの、それがどの場所のどんなビルだったかは思い出せるはずもなく、いずれにしてもこのたび閉店となった店舗だった可能性はどうやら低いようです。

 

ところで、今も残る吉祥寺のジャズ喫茶を再訪してみた時の感覚で言えば、確かに同じ場所の店の中の同じ椅子に座ったとしても、若い頃にいくらかの緊張感をもってドアを開け、聞こえてくるジャズに感覚を研ぎ澄ませていた頃の空間が、当時と同じものとして甦るわけではないような気がします。

それはもちろんこちらが年を取ったということもあるのですが、流れる音楽も全てが教科書のように思えていた70~80年代とは違って幅が広くなってきているし、空間を共にする客たちの醸し出す雰囲気も、そのころとはずいぶんと変わっているからではないでしょうか。

 

それでもその店が物理的になくなってしまうのは残念なことに違いありませんし、特に DUG はジャズ写真家の中平穂積氏が “音楽・写真・空間” を一体で楽しむスタイルとして磨き上げ、穂積・塁両氏によって守られてきた空間としてのDNAの濃さというものがあるのだと思います。

であればこそ逆に、レコードや再生装置だけを引き継いでどうにかなるものでもないのかもしれませんが、目下新たな店舗探しに奔走中ということですので、またどこかでの復活を期待したいと思います。

コラボレーション  (Collaboration  ザ・グレイト・ジャズ・トリオ 04年)

 

「エルヴィン・ジョーンズ哀悼盤! 偉大なるドラマーのラスト・スタジオ・レコーディングから未発表テイクをリミキシング‼」という帯のついた本作は、2004年5月18日に76歳で亡くなったエルヴィン・ジョーンズが参加したThe Great Jazz Trioの、02年5月の音源(「枯葉」と「いつか王子様が」としてリリース)の未発表テイクから9曲が選ばれています。

1.Rhythm-A-Ningや 4.Blue Bossa、そして意外にも 7. Autumn Leavesなどで溌溂としたドラムが聞かれる一方、スロウな 2.Summertimeや 8. My Funny Valentine、ベース(リチャード・デイヴィス)の弓奏が聞かれる 5. Long Ago And Far Awayなどにはしみじみと聴き入ってしまうことになりますが、もちろんこの時点でこれが最後の録音になるとは誰も思っていなかったでしょう。

それは9歳年上の兄ハンク・ジョーンズにしても同じこと、こんな形で弟を見送ることになってしまった悲しみが、ライナーノーツの文章にストレートに表れています。

 

76歳という年齢はジャズミュージシャンとしてそれほど早世ということではないのかもしれませんが、91歳まで生きた兄ハンクと比べるとやはり早かったと言わざるを得ず、その一因はもしかしたらエルヴィン・ジョーンズが、コルトレーンと密度の濃い時間を過ごしたことにあったかという気がどうしてもしてきます。

60年の My Favorite Thingsあたりから Live at the Village Vanguard(61年)、A Love Supreme(64年)、Ascension(65年)などを経て65年の Meditationまで、急坂を一気に駆け上っていくようなコルトレーンを黄金カルテットの一員として支えた音楽的燃焼と、それでもどこかで別れを告げなければならないと思い悩んだ精神的負担は、渦中にいる本人でなければわからない想像を絶するものであったに違いありません。

最後に入っている 10.Memories of Youのみはハンク・ジョーンズのソロによる2005年2月の録音ですが、そんな弟の労をねぎらい優しく抱きとめているかのように聴こえます。

 

Collaboration

ノルディック・クァルテット (Nordic Quartet ジョン・サーマン、カーリン・クロッグ  95年)

 

大寒波が列島を襲う夜に取り出してきたのは北欧ジャズ、カーリン・クロッグ(クローグ)の声、ジョン・サーマンのサックスとクラリネット、テリエ・リピダルのギター、そしてヴィグレイク・ストラースのピアノによるアルバムです。

この編成からも想像されるように、4つの「音」は明確な形もリズムも持たないまま、思い思いに漆黒の虚空に向かって解き放たれていくようで、少しずつ浮遊感のあるひんやりとした時間を紡いでいきます。

そこにオーロラの光の揺らめきを見る人も、氷河が静かに砕けていく音を聞く人も、遠い海に住む生き物の鼓動を感じる人もいるでしょう。

中盤にはプログレ調の曲やスリリングなインプロヴィゼーションもありますが、全体としては寡黙で瞑想的な気配が濃厚です。

7. Watching Shadows はそうした中でも比較的曲としてのまとまりが感じられ、モノローグのような声にサックスが適度な間を保ちながら絡んでいきます。

そして、とりとめのなさそうな 8. The Illusion をはさんで最後の 9.Wild Bird になると、ようやくぼろげながらひとつの像が結ばれるのを見るようです。

 

Nordic Quartet

バグス・グルーヴ (Bags' Groove マイルス・デイビス 54年)

 

今年も押し迫ってきたので、「クリスマスのケンカ・セッション」として有名なレコードを聴いてみましょう。

1954年12月4日に録音された表題曲は、やはりセロニアス・モンクのソロが独特の味を出しています。

冒頭から謎めいた緊張感のあるテーマが提示され、抑制的なトランペットとそれを引き継いだビブラフォンが、クールで洗練された都会の響きを聞かせていきますが、そこに闖入するモンクのピアノは異次元の領域に遊ぶようで、異質なものが紛れ込んでいるという評価もやむを得ないところかもしれません。

 

もっとも、2人が喧嘩をしたというのは「伝説」ということで落ち着いているらしく、ただ大先輩のモンクに対して「俺のバックでピアノを弾くな」という趣旨の話をしたのは間違いではないようです。

それは自分のトランペットに重ねてくれるな、というリーダーとしての音楽的な要請に過ぎず、結果として2つのテイクを採用したところに(今のCDはボーナストラックがあって珍しくなくなっていますが、LPの時代に同じ曲の2つのテイクが入っている例が他にあったのかどうか)、モンクへのリスペクトを見るべきなのでしょう。

 

それでも、たとえソロの部分だけであってもここまでやられては、その後にどう立て直して元の曲想に戻したらいいのかとさすがのマイルスも戸惑い、やはり俺の美学には合わないと思った可能性は高いかもしれませんが、あらためて今聞けばとても貴重な記録に違いなく、それはソニー・ロリンズを迎えた(かつての)B面も決して悪いわけではないのに、どうしても平凡に聞こえてしまうことが証明しているようです。

 

Bags' Groove

 

トゥゲザー・スルー・ライフ (Together Through Life ボブ・ディラン 09年)

 

2016年11月にボブ・ディランがノーベル文学賞受賞というニュースを聞いて、ここでも主だったオリジナル・アルバムを取り上げてきました@が、2年ほど中断していたので何とか完成(というほどのものでもありませんが)させておきたいと思います。

 

本作はトランペットとアコーディオンが入って賑やかに始まる1曲目のビヨンド・ヒア・ライズ・ナッシンから、サウンドだけを聴けばご機嫌なナンバーが続いていくような印象ですが、この先には何もない、というペシミスティックな歌詞に戸惑わされます。

そもそもこのアルバムは映画のために依頼されて作ったライフ・イズ・ハード(2曲目に収録)が契機となって制作されたもので、前の『モダン・タイムズ』から3年という間隔で新作がリリースされたのはよかったと受け止めた一方、本人の中にどのくらい自発性や熟成の時間といったものがあったのかが気にならないでもありません。

あなたがそばにいなければ人生はとても厳しい、あなたが去ったあの日わたしは全く空虚になってしまった、というナイーヴともいえる率直な物言いも、もしかしたら映画のためということだったかもしれないし、私の妻の故郷は地獄だ(マイ・ワイフズ・ホーム・タウン)、ヒューストンに入ったら気をつけろ(イフ・ユー・エヴァー・ゴー・トゥ・ヒューストン)などというのも、いったいどこまでが本気なのか・・・

 

そんな中でディランの切実な肉声と思えるのがフォゲットフル・ハート、忘れっぽい心よ、お前は思い出す力をなくしてしまった、私の頭の中を歩き回る影のよう、ドアは永遠に閉まってしまった、もし本当にドアがあったのだとしたら、といった独白には深い孤独の思いが滲みます。

でも、あなたを夢見ることがわたしのすべて、それがあるから生き続けられる、と明るい曲想で歌うディス・ドリーム・オブ・ユーは同じような心境をポジティヴな面から見ているようだし、わたしは変化の兆しを感じる、というアイ・フィール・ア・チェンジ・カミン・オンで希望を感じさせた後は、イッツ・オール・グッド(すべてよし)で終わります。

 

Together Through Life

クッキン(Cookin‘ マイルス・デイビス 56年)

 

この作品をまだ取り上げていなかったのは、たぶんいつでも適当な時にと思っているうちに、もうとっくに書いてしまったような気になっていたのでしょう。

1曲目のマイ・ファニー・ヴァレンタインから、同時期のラウンド・アバウト・ミッドナイトとトップを争うマイルスのミュート・トランペットによる繊細な語り口に引き込まれていきます。

ここにコルトレーンの出番はなく、マイルスの美意識が隅々まで徹底した6分間、この曲が4枚のシリーズの冒頭を飾ることとなったのはPrestigeサイドの判断でしょうが、初めて聞いた時コルトレーンは、そしてマイルスはどんな反応をしたのでしょうか。

 

ともあれ2曲目になるとテンポが上がり、コルトレーンも入ったクインテットとしてみな笑顔を取り戻したように快調な演奏となり、モダン・ジャズの楽しさが溢れてきます。

3、4曲目はさらに高速のスリリングな演奏となり、コルトレーンも5カ月前とは打って変わったように自信に満ちた吹きっぷりで、このクインテットの黄金時代という感を強くします。

始まりのマイ・ファニー・ヴァレンタインの印象が強烈なので、そのためのアルバムといった感じを持たれやすい作品ではありますが、むしろそれは序曲であってメインはクインテットの丁々発止という聴き方をしてみるのも面白いかもしれません。

 

なお、元になった「マラソン・セッション」は1956年5月11日(A)と10月26日(B)の2回行われており、最初にリリースされた本作は全てセッションB=10/26の音源によっています。

そのあたりを念のため整理しておくと以下のとおりとなり、シリーズ全体の売れ行きを考慮してということなのでしょうが、まずは後ろのセッションBから先に出していったということがわかります。

 『クッキン』(57年)   B B  B B

 『リラクシン』(58年)  B B B  B A A

 『ワーキン』(61年)   A A A A  A A B A

 『スティーミン』(62年) A A A  A B A

 

また、下線付きはカルテットによる演奏で、マイルスの繊細なミュート・トランペットが堪能できるスローな曲となっており、このタイプとセッションBの混ぜ具合は4枚を通して周到に考えられているという感じがします。

 

ついでに、ほぼ同時期にコロムビアに録音した方もいくつかのセッションから成っており、これも前後にA(55.10.26と56.6.5)とB(56.9.10)に分けるとすると、やはり後期の録音を重視しているような傾向が見られます。

『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』(56年) B A B  A A A

 

Cookin‘

アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード  (At The Village Vanguard  ザ・グレイト・ジャズ・トリオ 77年)

 

ハンク・ジョーンズと、ロン・カーター、トニー・ウィリアムスのトリオによる、ニューヨークの名門ジャズ・クラブにおけるライヴ盤です。

マイルスの枯葉などで知られるように、どちらかというと名脇役ピアニストと言われることの多かったハンク・ジョーンズは、58歳にして40歳のベーシスト、32歳のドラマーと The Great Jazz Trio (第1期1975~80、その後メンバーを変えて2010年まで活動)を結成しました。

同世代の仲間たちで組まれることが多く、リーダーの名を冠することが一般的な中にあって珍しいパターンと言えますが、それぞれに経験を積んだプレイヤーの持ち味が楽しめる見事なアンサンブルです。

 

1曲目のムース・ザ・ムーチはアップテンポな曲で、マイルスの第2黄金時代を支えた若手2人が大活躍し、ライブらしいスリリングな演奏を繰り広げます。

2曲目のナイーマは一転してスローテンポになり、ハンク・ジョーンズのリリカルなピアノをじっくりと堪能することができます。

各メンバーのソロが楽しめる3曲目、軽快さが戻り会場の熱気が感じられるような4曲目も含めて、古きよき時代のNYの夜へと誘ってくれる一枚だと思います。

 

 

ザ・グレイト・ジャズ・トリオ アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード

ソングズ・ウィズ・レッグズ (Songs with Legs  カーラ・ブレイ 94年)

 

カーラ・ブレイとスティーヴ・スワロウのコンビに、サックスのアンディ・シェパードが加わったトリオによるライブ・アルバムです。

ヨーロッパ各地を回ったツアーからのピックアップですが、演奏の完成度はライブとは思えない出来で、緻密なアンサンブルの中にしみじみとした情感も、茶目っ気たっぷりのユーモアも盛り込まれて千変万化といった印象です。

前衛的でありながら雄弁で歌心の溢れるカーラのピアノ、プログレのように変幻自在なスティーヴのベース、そして二人に一歩も引けをとらないアンディのサックスも実に素晴らしいとしか言いようがありません。

 

カーラのオリジナル曲で固められた中に1曲だけセロニアス・モンクの ミステリオーソ が挟まれていますが、この3人の腕達者にかかると、曲の持つ魅力が別の命を授けられて新たに生まれ変わったかのようで、カーラのピアノや編曲の才能とともに、モンクの音楽の底知れなさをも思い知らされるようです。

また、サックスが気持ちよさそうに歌う2曲目の ザ・ロード・イズ・リス人・トゥ・ヤ、ハレルヤ!、最後の クレイジー・ウィズ・ユーでは、固唾を呑んで聴き入っている会場の雰囲気がよく伝わってきます。

 

Songs with Legs