その後はやはりいつも通り事が運んだ。最後の選択肢については、彼女は泊まる事にしたらしい。こちらに背を向けている彼女の髪を指でいじるオレに、顔だけ向けてくる。
「ねえ、日本人って愛しているとか好きとか言うのが苦手な人種らしいわよ。」
彼女の話はいつも急に始まる。
「へえ、そうなんだ。」
「ええ、その評論家によると。」
「まあ、確かにそうかもね。」
「あなたはどう思う?つまりは、愛しているとか好きとか言う必要性について。だってもし不要だったら、そんなことを言うのが苦手でもなんの支障もないでしょ?」
「うーん、どうかな。どちらかというと必要だと思うよ。愛情表現は決して悪い事じゃないだろう。君はどう思うの?」
愛情表現?そんな事したことあったか、と考えてみた。
「私は不要だと思うの。そういうことは言わない方が良いわ。」
「でも言わないと伝わらないよ?大切な事なんじゃないのかな?好きとかどうとかって。一般的には。」
「大切な事だからよ。本当に大切な事は口にはしないものよ。」
「大切な事なのに伝わらなくて良いの?」
「ううん、言葉にしないで伝えなきゃいけないの。」
「言わんとしている事はなんとなく分かるよ。つまり、言葉で伝えるのは平面的でなんとでも言えるから、態度とか行動とかで示せ、って事?」
「まあ、そんなとこかしら。でも、それって絶対伝わらないの。だってそうでしょ?人の思っている事が分かる訳ないもの。伝わったと思ってもそれは全部錯覚なの。」
「伝えようとする姿勢が大事って事?」
「ううん、伝わらなきゃいけないの。」
「伝えられない事なのに?」
「ええ。」
「うーん、君の言う事はいつも良く分からないよ。」
「そう?」と彼女は笑う。
「良く言われるわ。」

「私、あの俳優わりかし好きよ。だって自分をカブトムシだと思ってるコガネムシみたいじゃない。」
彼女は880円のベンネを突つきながら言う。
「それって本当はたいしたことないのに自分では凄いと思ってるって事?」
オレは980円のパスタを口にしながら聞く。
「そういうことになるかしら。でも私、そういう表現ってあまり好きじゃないの。」
彼女は380円の、いや、480円だったかな?のサラダを取り分けながら言う。
「君の言う事って面白いよね。わりかしなんて使う人もそうはいないよ。」
「そう?わりかしいるのよ。ところで、あなたはあの映画どうだった?」
「うん、結構面白かったよ。」
「ふーん、結構ね。」
それきり彼女は黙ってしまった。その間、オレはこれからのことを考える。いや、考えるまでもないか、いつも通りだろう。いつも通りブラブラして、いつも通り軽く酒を飲んで、いつも通りオレの家で寝る。日によって違うのはそれからくらいだ。彼女が帰るか帰らないか。そんなことを思っていると、ふと目の前を通る女の子に目がいった。あの娘、似てるな、一昨日くらいに寝た娘と。自分でも少し驚く。今まで一夜限りの相手を思い出したことなんてないのに、何故彼女といる今に思い出したのだろうか。彼女といる今だからか?そんな、今まで考えた事もない事を思い、一人驚いていると、知ってか知らずか彼女が聞いてくる。
「ねえ、私以外の人とも寝たいと思う?」
「何を。そんなこと思う訳ないだろう。」
オレは真顔で答える。動揺は顔には出ていないはずだ。そもそも、その質問については動揺なんてしていないのだから。
「ふーん、わりかし不健全なのね。」
「…やっぱり君は面白いね。」
「そう?」



~Nine Ball~

僕たちは八幡山の駅のそばのビリヤードの出来るバーに入った。ユミコさんはピナ・コラーダを注文して、僕はギネスのハーフポイントを注文した。

「井砂くんはビリヤードはやるの?」とユミコさんは訊いた。

「ほとんどやりません。やってもナインボールを少しくらいです」と僕は言った。

ユミコさんはビリヤードが上手かった。3ゲームを終えたところで、すべてユミコさんの圧勝だった。

「ねぇ井砂くん、あなた私と彼のことお似合いのカップルだなんて思ってるでしょ?」とユミコさんは言った。

「ええ、とても。鷹ノ巣先輩は頭も良いいし、顔だって男の僕が贔屓なしに見ても良いですよ。それにユミコさんはとても素敵な女性だ。ブルーのワンピースに白のショルダーバッグがこれほど似合う女性がこの世の中で他にいるとは思えません」

ユミコさんは笑って僕の顔を見た。「ありがとう。少なくともこの1年くらいの間で聞いた台詞の中で今のあなたのが最高に嬉しかったわ。本当よ」

「だから僕としてもユミコさんには幸せになってもらいたいんです」と僕は言った。

「ありがとう」とユミコさんは言った。

「でも不思議です。あなたみたいな人なら誰とだって幸せになれそうにみえるのに、どうしてまたよりによって鷹ノ巣先輩みたいな人とくっついちゃうんだろう?」

「そこがトラ党の怖いところよ。彼に言わせれば、虎は常に虎を求める。タイガー&ドラゴンなんてものは現実には存在しない。ってことになるのかしらね」

「そうでしょうね。わかります」と僕は同意した。

「でもね井砂くん。私だって普通の女なのよ。好きな人に優しくされたいし、結婚もしたい。そういう普通の願望を持った普通の女なの。ねぇ、これって阪神ファンであることと矛盾する?」

「いいえ、しませんね」と僕は言った。

「でも彼は私にそれを求めていないの。そもそも彼には優しさだとか温もりだとかは要らないみたいね。結婚なんて考えたこともないんじゃないかしら?」

「多分そうですね」

「でもね、人は変わると思うの。彼は来年から大学院に行くでしょ。そしてそこを卒業したら検察官になるの。それまで4年近くあるのよ。4年もあれば人は変わるものよ」とユミコさんは祈るように言った。

「彼は変わりませんよ」と僕は言った。

「そうね、変わらないかもね」とユミコさんは言った。

「僕が女なら鷹ノ巣先輩とは絶対に付き合いませんね」と僕は言った。

「そうね、そうした方がいいわ」とユミコさんは言った。

「でもユミコさん、鷹ノ巣先輩のことが好きなんですよね?」

「ええ、好きよ」

やれやれ、と僕は思った。

「ねぇ井砂くん、ビールもう1杯飲む?」とユミコさんは訊いた。

「いえ、もう帰りましょう」と僕は言って、ユミコさんの手を取って店を後にした。

ユミコさんのマンションの部屋の前に着くと、時間は1時を過ぎていた。ユミコさんは僕に部屋に上がってコーヒーでも飲んでいかないかと言ったが、僕はそれを丁寧に断った。

「ねぇ、井砂くん。彼、悪い人じゃないのよ」とユミコさんは言った。

「ええ、知ってますよ。それは」と僕は言った。

「おやすみなさい。私にはどうにもできないけど、きっと彼女と上手くいくわよ。なんとなくそんな予感がするの」ユミコさんはそう言って玄関の扉を閉めた。

「そうだといいですね」と僕は言った。

ユミコさんの姿を見たのはこれが最後だった。彼女は僕の周りの何人かの阪神ファンがそうしたように、翌年のセ・リーグ優勝決定戦で巨人が阪神を下した試合の後、道頓堀に身を投げて命を絶った。

僕がそれを知ったのはやはり鷹ノ巣先輩からのメールだった。

『ユミコが死んでしまったことは俺としても非常に残念なことだ。しかし、これは阪神ファンとしてはむしろ自然な死ではないだろうか。あの試合で阪神は死んだ。甲子園で巨人に敗れることが何を意味するかはお前にもわかるところだろう。その意味では彼女は殉死したんだ。それは名誉なことだ。お前はこれからも阪神を応援するだろう。それは誰にも止められないことだ。だが、彼女が同じ阪神ファンであったことをいつまでも忘れないで欲しい―――』

人の死に名誉もクソもあるもんか、と僕は思った。彼女は彼を愛していた。真に愛していたのは阪神タイガースではなくて彼だった。彼女は阪神のために死んだのではない。彼が変わると信じて死んだのだ。僕にはそれがわかった。だが、彼は変わらない。そういう男だった。それについては僕は何も感じなかった。それが彼のいいところでもあるし、僕も人のことを言えた性質ではなかった。

僕は彼に返事を書かなかった。

阪神はその年5位だったし、僕は民事訴訟法の単位を落とした。そして、ユミコさんの予感も当たらなかった。

                                       つづく


~あとがき~

ハツミさんが死んでしまったように、ユミコさんも死んでしまいました。小説では女性が死ぬこと多いですよね(僕が読んでいる話に限ったことかもしれませんが)。さて、このパロディですが、次回かその次あたりにはうまくまとめて、そろそろオリジナルのアップに挑戦しようかと画策しております。「ノルウェイの森」ファンの方、気分を害していたならごめんなさいm(_ _)mラストパロディはオリジナリティに溢れた斬新なものにしたいと思いますwそれでは次回、乞うご期待(?)

~Dinner Table~

「素敵なところじゃない」とユミコさんは言った。

「阪神が勝つとここで飯を食うんだ。おれはこういう気取った店は好きじゃないけどな」と鷹ノ巣先輩が言った。

「あら、たまにはいいじゃないこういうのも、ねぇ、井砂くん」とユミコさんが言った。

「そうですね、自分の払いじゃなければね」と僕は言った。

「阪神の選手もよく来るんだ。彼らはだいたいいつも女と来るんだ」と鷹ノ巣先輩は言った。「東京に女がいるからな」

「そうなの」とユミコさんが言った。

僕は聞こえないふりをしてワインを飲んでいた。 やがてウェイターがやってきて、僕たちは料理を注文した。オードブルとスープを選び、メインディッシュに鷹ノ巣先輩は鴨を、僕とユミコさんはスズキを注文した。料理はとてもゆっくり出てきたので、僕たちはワインを飲みながら色々な話をした。最初は鷹ノ巣先輩が中央大ロースクールの入試の話をした。受験者の殆どは底なし沼に放り込んでやりたいようなゴミだが、まあ中には何人かまともなのもいたなと彼は言った。その比率は一般社会の比率と比べて低いのか高いのかと僕は質問してみた。

「同じだよ、もちろん」と鷹ノ巣先輩は当たり前じゃないかという顔で言った。「そういうのってどこでも同じなんだよ。一定不変なんだ」

ワインを飲んでしまうと鷹ノ巣先輩はもう一本注文し、自分のためにジョニーウォーカーの黒をダブルで頼んだ。

それからユミコさんがまた僕に紹介したい女の子の話を始めた。これはユミコさんと僕の永遠の話題だった。彼女は僕に<高校の後輩のすごく可愛い子>を紹介したがって、僕はいつも逃げ回っていた。

「でもホントにいい子なのよ。美人だし。大のトラ党だし。今度連れてくるから一度お話しなさいよ。きっと気に入るわよ」

「駄目ですよ」と僕は言った。「僕はトラ党といっても、阪神が純粋に好きなだけで、猫をトラに見立てて可愛がる人の神経なんてわかったもんじゃないですから」

「あら、そんなことないわよ。トラに見立てるのは縞模様の猫だけだし、全然そんなふうに人を殴ったりしないし」

「一度会ってみたらいいじゃないか、井砂」と鷹ノ巣先輩は言った。「別にすぐに手を出せ言うんじゃないんだから」

「当たり前でしょう。そんなことしたら大変よ。ちゃんと彼氏がいるんだから」とユミコさんが言った。

「昔の君みたいに」

「そう、昔の私みたいに」とユミコさんはにっこり笑って言った。「でも井砂くん、猫が好きだとかそんなのはあまり関係がないのよ。そりゃクラスに何人かはものすごく気取った阪神ファンの子はいるけど、あとは私たち普通なのよ。カラオケでは締めに六甲おろし歌って―――」

「ねぇ、ユミコさん」と僕は口をはさんだ。「僕の学校ではカラオケの締めには校歌を歌うんです。それを僕がうっかり長渕剛を入れるとみんな嫌な目で見るんです。校歌が歌えない奴は応援歌を歌うんです。そういう学校なんですよ。話が合うと思いますか?」

ユミコさんは大笑いした。「すごいわね、今度わたしも連れて行ってもらおうかしら。でもね、井砂くん、あなたとても良い人だし、きっと話も合うわよ。校歌だって一緒に歌うかもしれないわ」

「まさか」と僕は笑って言った。「誰もあんなの歌いたがりませんよ。仕方なく歌ってるんです」

「でも、入れ物だけで私たちを判断しないでよ、井砂くん。そりゃまぁかなりのお嬢様学校であることは認めるけど、真面目に人生を考えて生きているマトモな女の子だって沢山いるのよ。みんなが将来は阪神の選手と結婚したいと思っているわけじゃないの」

「それはもちろんわかってますよ」と僕は言った。「でも―――」

「でも?」とユミコさんが言った。

「その子、壁を蹴るんですよね?]

~After Dinner~

メインディッシュを食べ終わると、鷹ノ巣先輩は煙草に火をつけ、通りかかったウェイターに三杯目のウィスキーを注文した。

「井砂には好きな女の子がいるんだ」と鷹ノ巣先輩は唐突に話し始めた。

「本当?」とユミコさんが僕に訊いた。

「本当です。でも別にどうでもいいんです。事情もいろいろ込み合っていますし」

「叶わぬ恋とかそういうの?ねぇ、私に相談してみなさいよ」

僕はワインを飲んで誤魔化した。

「こいつは口が固いんだ」とウィスキーを飲みながら鷹ノ巣先輩が言った。「この男は一度言わないと決めたら絶対に言わないんだ。春の海には絶対に入らないようにな」

「残念ねぇ」とユミコさんが言った。「その女の子とあなたがうまくいったら私たち四人で東京ドームに行けたのにね」

「酔っ払って外堀に飛び込めたのにね」と鷹ノ巣先輩が言った。

「変なこと言わないでよ」

「変じゃないよ。井砂は君のことが好きなんだから」

「それとこれとは話が別でしょう」とユミコさんは静かな声で言った。「彼はそういう人じゃないわよ。自分のものをきちんと大事にする人よ。私わかるもの。だから後輩を紹介しようとしたのよ」

「でも、俺と井砂で一度一緒に日テレに行ったことがあるよ、女の子を連れてな。そうだよな?」鷹ノ巣先輩はさも何でもないという顔をしてウィスキーのグラスを空け、おかわりを注文した。

ユミコさんは静かに手を膝の上に置き、ナプキンでそっと口を拭った。そして僕の顔を見た。「井砂くん、あなたホントにあんな所に行ったの?」

どう答えていいのかわからなかったので、僕は黙っていた。

「ちゃんと話せよ。構わないよ」と鷹ノ巣先輩が言った。まずいことになってきたなと僕は思った。時々酒が入ると鷹ノ巣先輩は意地が悪くなることがある。そして今夜はそれが僕にではなく、ユミコさんに向けられている。それがわかっていたので、僕としても余計に居心地が悪かった。

「その話すごく聞きたいわ。面白そうじゃない」とユミコさんは僕に言った。

「酔っ払ってたんです」と僕は言った。

「いいのよ、別に。責めているわけじゃないんだから。ただそのお話を聞かせてほしいだけなの」

「渋谷のバーで鷹ノ巣先輩と飲んでいて、二人連れの女の子と仲良くなったんです。どこかの短大の女の子で大の巨人ファンでした。向こうも結構出来上がっていて、僕たちも調子に乗っていたんです。それで鷹ノ巣先輩が巨人ファンのフリをしようと言い出したので、僕もその話に乗りました。そしたら女の子たちが日テレに行って巨人グッズを買いたいと言い出したので、断るわけにもいかず―――」

「その女の子たちに阪神ファンだってことはバレなかったの?」

「その子たちも酔ってたし、それにどこでも良かったんです、水道橋でも汐留でも鶯谷でも、結局その子たちとしても」

「そうするにはそれだけの理由があったんだよ」と鷹ノ巣先輩が言った。

「どんな理由?」

「その二人組の女の子だけど、巨人ファンにしておくには勿体無いほどのオーラを持っていたんだ。それで、いつまでも巨人ファンで人生を無駄に過ごすよりも、俺たちが正しい道に導いてやるべきなんじゃないかなって思ったんだ。だから俺たちは巨人ファンのフリまでして彼女たちと接触を図ったんだ。そうだよな、井砂?」

「まぁ、そうですね」と僕は言った。

「楽しかった?」とユミコさんが僕に訊いた。

「汐留ですか?」

「そんな何やかやが」

「別に楽しくはないです」と僕は言った。「ただ付き合うだけです。そんな風に女の子と出掛けたって特に何か楽しいことがあるわけじゃないです」

「じゃあ何故そんなことするの?」

「俺が誘うからだよ」と鷹ノ巣先輩が言った。

「私、井砂くんに質問してるのよ」とユミコさんはキッパリ言った。「どうしてそんなことするの?」

「ときどき肌のぬくもりが欲しくなるんです」と僕は言った。

「好きな人がいるなら、その人となんとかするわけにはいかないの?」とユミコさんは少し考えてから言った。

「複雑な事情があるんです」

ユミコさんはため息をついた。

「要約するとこういうことだと思うんだ」鷹ノ巣先輩が口を挟んだ。「井砂には好きな女がいるけれど、ある事情があって思うようにできない。だから他の女を連れて回るんだ。それで構わないじゃないか。話としてはまともだよ。部屋にこもってずっと一人で悶々としているわけにはいかないだろう?」

「でも彼女のことが本当に好きなら我慢できるんじゃないかしら、井砂くん?」

「そうかもしれないですね」と僕は言ってグラスに入った水を飲んだ。

「君は男の欲望というものが理解できないんだ」と鷹ノ巣先輩がユミコさんに言った。「たとえば俺は君と二年間付き合っていて、しかもそのあいだ結構他の女と阪神の試合を観に行った。でも俺はその女たちのことなんて何も覚えていないよ。名前も知らない、顔も覚えていない。誰とも一度しかゲームを観に行かない。会って、ゲームを観て別れる。それだけだよ。それのどこがいけない?」

「私が我慢できないのはあなたのそういう傲慢さよ」とユミコさんは静かに言った。「他の女の子と遊ぶ遊ばないの問題じゃないの。私これまであなたの女遊びのことで真剣に怒ったこと一度もないでしょ?」

「あんなの女遊びとも言えないよ。ただのゲームだ。阪神の勝敗には何の影響もない」

「私は傷付いてる」とユミコさんは言った。「どうして私だけじゃ足りないの?」

鷹ノ巣先輩はしばらく黙ってウィスキーのグラスを振っていた。「足りないわけじゃないさ。ただ男としての、俺の阪神ファンとしてのアイデンティティーがそうさせるんだ」

「でも、あなたは少なくとも井砂くんを巻き込むべきじゃないわ」

「俺と井砂は似ているんだよ」と鷹ノ巣先輩は言った。「結局阪神ファンの女にしか魅力を感じない―――」

「私だって阪神ファンよ!」とユミコさんが怒鳴った。彼女が怒鳴ったのを見たのは後にも先にもこの一度きりだった。

店の外に出ると鷹ノ巣先輩はタクシーを止めた。

「悪かったな、今日は」と先輩は言った。「俺はユミコを送っていくから」

「いいですよ、別に。ごちそう様でした」と僕は言った。

「いいわ。今日は井砂くんに送ってもらうから」とユミコさんは言った。

「お好きに」と鷹ノ巣先輩は言った。「でも井砂だって結局は一緒さ。優しい男だが、いつホテルの前で親指を立てるかわからない」

「まぁ。とりあえず送りますよ」と僕は言って。タクシーにユミコさんを乗せた。

「悪いな」と鷹ノ巣先輩は言ったが、もうすでに明日の広島戦のスタメンのことを考えているような顔をしていた。

「どこか行きますか?八広に戻りますか?」と僕はユミコさんに訊いた。彼女の家は八広にあるからだ。ユミコさんは首を横に振った。

「じゃあどこかで一杯飲みますか?」

「うん」と彼女は肯いた。

「八幡山、世田谷の」と僕は運転手に言った。

タクシーは深夜の環状8号線を北に向かって走り出した。    つづく


~あとがき~

僕自身、阪神ファンでも巨人ファンでもないのでこの話の真意がどこにあるのかわかりませんw純粋なパロディです。今回からこのパロディにもオリジナリティを入れてみました。オリジナル作品の方は一向に進んでいませんw残念ながら(T T)

~girl friend~

 鷹ノ巣先輩には大学に入ったときから付き合っているちゃんとした恋人がいた。ユミコさんという先輩と同じ歳の人で、僕も何度か顔をあわせたことがあった。とても感じのいい女性だった。髪がとても長い。鷹ノ巣先輩が面食いだと話していたのを覚えているが、ユミコさんと少し話をするととても人好きのする人で、誰もが彼女に好感を持たないわけにはいかなかった。彼女はそういうタイプの人間だった。穏やかで、理知的で、ユーモアがあって、思いやりがあって、いつも綺麗にアイロン掛けされた縦縞のシャツを着ていた。背番号は31。僕は彼女が大好きだったし、彼女が濱中の話をするときの顔が特に好きだった。僕にもしこんな恋人がいたら、他のつまらない女となんか阪神‐巨人戦を観に行ったりしないだろう。彼女も僕を気に入ってくれて、僕に女の子を紹介するから四人で阪神‐巨人戦を観に行きましょうよと熱心に誘ってくれたが、僕は過去の失敗を繰り返したくなかったのでいつも適当なことを言って逃げていた。ユミコさんの卒業した高校はとびっきりの阪神ファンのお金持ちの娘が集まることで有名な女子高だったし、そんな子たちと僕が話が合うわけがなかった。

 彼女は鷹ノ巣先輩がしょっちゅう他の女と阪神の試合を観に行っていることは知っていたが、そのことで先輩に文句を言ったことは一度もなかった。彼女は鷹ノ巣先輩のことを真剣に愛していたが、それでいて先輩に何一つ押し付けなかった。

「俺にはもったいない女だよ」と鷹ノ巣先輩は言った。

その通りだと僕は思った。

 9月も中旬を過ぎた頃。鷹ノ巣先輩から電話があって、彼の部屋に呼び出された。

先輩は部屋にいて、教育テレビの中国語講座を見ながら缶ビールを飲んでいた。ビールは飲むかと先輩が訊いて、いらないと僕は言った。

「もうすぐ終わるから待ってろよ」と鷹ノ巣先輩は言って、中国語の発音を練習した。中国人の女性が例文を読み上げて、それを和訳したものを先輩が声に出して言った。

「甲子園は今日も雨です。私の心も雨模様ですわ」。ひどい例文だと僕は思った。

中国語講座が終わると鷹ノ巣先輩はテレビを消して、冷蔵庫から新しいビールを一本取り出して飲んだ。

「もういいんですか」と僕は訊いた。

「構わない。あんなテレビを観るくらいならチャイナパブに行ったほうがマシだ」と鷹ノ巣先輩は言った。

「そうそう、このあいだ試験の発表があったよ。受かってたよ」と鷹ノ巣先輩は言った。

「中央のロースクールですか?」

「正式には中央大学法科大学院法務研究科入学試験っていうんだけどね、アホみたいだろ?」

「アホみたいですね、おめでとう」と言って僕は先輩と握手した。

「ありがとう」

「まぁ、当然でしょうけれどね」

「まぁ当然だけれどな」と鷹ノ巣先輩は笑った。「しかし、進路が決まるってのはいいもんだよ、とにかく」

「検察官になるんですか、司法試験に合格したら?」

「いや、最初の1年ちょっとは司法修習だな。それから当分は地検巡りの半人前さ」

僕は煙草に火をつけ、先輩はビールをうまそうに飲んだ。

「中国語始めたんですか?」

「ああ、語学は一つでも多く出来た方がいいからな。これからは海外のファンにも目を向けなければならない。wwtだ」

「何ですか、ダブリュダブリュティーって?」と僕は訊いた。

「ワールドワイドタイガースだよ」と先輩は得意げにこたえた。

やれやれ、と僕は思った。

「ところで今度一緒に飯食いに行かないか」と鷹ノ巣先輩は言った。

「また虎グッズ漁りじゃないでしょうね?」

「いや、そうじゃないんだ。純粋な飯だよ。ユミコと三人でちゃんとしたレストランに行って会食するんだ。俺の合格祝いだよ。なるべく高い店に行こう。どうせ支払いは親父だから」

「そういうのはユミコさんと二人でやればいいじゃないですか」

「お前がいてくれた方が楽なんだよ。その方が俺もユミコも」と鷹ノ巣先輩は言った。

やれやれ、と僕は思った。

「お二人がそれでいいと言うなら僕は構いませんよ」と僕は言った。「でも鷹ノ巣先輩はどうするんですか、ロースクールを卒業して司法修習に行って検察官になるまで何年もかかりますよ?彼女はどうするんです?」

「それはユミコの問題であって、俺の問題ではない」

「よく意味がわからないですね」

「つまりは、俺は誰のファンというわけではなく、阪神という球団が好きなんだ。誰のファンになるつもりもないし、そのことについてはユミコにもちゃんと言ってある。だからさ、ユミコは誰かのファンになりたければなればいいんだ。俺は止めないよ。そういう意味だよ」

「ふぅん」と僕は感心して言った。

「ひどいと思うだろ、俺のこと?」

「思いますね」

「世の中というのは原理的に不公平なんだよ。それは俺のせいじゃない。はじめからそうなってるんだ。俺はユミコを騙したことなんて一度もない。そういう意味では俺はひどい人間だからそれが嫌なら別れろってちゃんと言ってある」

鷹ノ巣先輩はビールを飲んでしまうと煙草をくわえて火をつけた。

「あなたは巨人に対して恐怖を感じるということはないんですか?」僕は訊いた。

「あのね、俺はそれほど馬鹿じゃないよ」と鷹ノ巣先輩は言った。「もちろん巨人に対して恐怖を感じることはある。そんなの当たり前じゃないか。ただ、俺はそういうのを前提条件として認めない。自分の力を百パーセント発揮してやれるところまでやる。欲しい選手はとるし、いらない選手は戦力外通告だ。駄目だったら駄目になったところでまた考える。不公平なのは何もセ・リーグだけじゃない」

「身勝手な話みたいだけれども」と僕は言った。

「でもね、俺は中日が負けて優勝が転がりこんでくるのをただ待っているわけじゃない。俺は俺なりにずいぶん努力をしている。お前の十倍くらい努力している」

「そうでしょうね」と僕は認めた。

「だからね、ときどき俺は巨人をみて本当にうんざりするんだ。どうしてこいつらは努力というものをしないんだろう、努力もしないで監督ばかり変えるんだろうってね」

僕はあきれて鷹ノ巣先輩の顔を眺めた。

「僕の目から見れば世の中のG党の人々はずいぶんあくせくと身を粉にして働いているような印象を受けるんですが、僕の見方は間違ってるんでしょうか?」

「あれは努力じゃなくてただの労働だ」と鷹ノ巣先輩は簡単に言った。「俺のいう努力というのは戦力補強や球場の改築とかそういうのじゃない。もっと主体的に目的的になされるもののことだ」

「たとえば進路が決まって他のみんながホっとしているときに中国語の勉強を始めるとか、そういうことですね?」

「そういうことだ」と鷹ノ巣先輩は言った。

 先輩は煙草を吸い、僕は智子さんのことを考えた。そして、智子さんはたとえ法律事務所に採用が決まったとしてもテレビで中国語の勉強をはじめようなんて思いつきもしなかったろうと思った。

「食事の話だけど、今度の土曜でどうだ?」と鷹ノ巣先輩が言った。

「いいですよ」と僕は言った。

                                つづく


~あとがき~

このパロディはいつまで続くのだろう?書いてる本人が「いい加減にハマってきたな」と思い始めた今日この頃です。この展開からいくと、話は次回が佳境のようですね。「ノルウェイの森」でも僕が一番好きなところです。永沢さんと、ハツミさんと、「僕」がレストランで食事をする場面。大学生が麻布のレストランであんな会話をしてるなんて・・・当時の学生のクオリティの高さが伺えますw

では、次回ご期待(?)下さいw

~cooktail~

飲み会の席を抜けると、僕は階段を上がり智子さんの部屋のドアを叩いた。

「どうぞ」と智子さんは言った。

「失礼します」僕は扉を開け部屋に入った。智子さんテーブルを挟んで部屋の奥の側に座っていた。机の上には既に空になった酎ハイの缶が1本置いてあった。

「女の子が一人で飲んでるのってどう思う?」と智子さんは言った。

「やましい感じはしませんね。よく一人で飲むんですか?」

「たまによ」と智子さんは手に持った缶を指ではじいた。「たまに世の中が辛くなるとね、一人で飲むの」

「世の中が辛いんですか?」

「たまにね」と智子さんは言った。「私にも色々と悩みや問題があるの」

「例えば?」と僕は言った。

「例えば?」と智子さんは言った。「話すと長いわよ。」

「構いません」と僕は言った。

「私ね、大学に入ったときに巨人ファン関係のサークルに入ったの。巨人を応援したかったから。ほら、私小さい時から転校が多かったから、全国どこに行ってもテレビ中継されているのって巨人戦だけでしょ、それで巨人ファンになっちゃったみたいなのよね。そのサークルなんだけど、ひどくいんちきな奴ばかりだったの。今思い出してもゾっとするわね。そのサークルに入るとね、現在の巨人の1軍選手の顔と名前、出身高校を覚えさせられるの。それは頑張って覚えたわ。私も巨人好きだったし。でね、次に「長嶋語録」を読まされるの。A4で150ページ以上あるのよ。それを来週までに何ページから何ページまで読んで来いって言うのよ。巨人ファンたるもの阪神とラディカルに関わりを持たなければならないって演説付きでね。仕方がないから読んだわよ、「長嶋語録」。電車の中や家に帰ってからも。でもね、全然わかんないの。山口刑法の総論以上にね。それで5ページも読まないうちに放り出しちゃったわ。次の週のミーティングで、読んだけどわかりませんでした、ハイ。って言ったの。そしたらその日から阪神ファン扱いよ。私はただ「長嶋語録」が理解できなかっただけなのに、ひどいと思わない?」

「ふむ」と僕は言った。

「ディスカッションってのもヒドイの。みんなわかったような顔して平気で長嶋語を使うの。それで私質問したわ。『その「清原がシャープに鋭くなった」とか「奇跡的にミラクルが起きた」ってどういう意味ですか?』ってね。そしたらそいつら誰もこたえてくれなかったわ。それどころか真剣に怒るの。君にはセンスという感性がないってね。そういうのって信じられる?」

「信じられる」と僕は言った。

「あなた、カントを読む前に石田純一のエッセイを読んだ方がいいわよ」

「読んでみます」と僕は言った。

「こんな事なら今井ゼミで行為無価値を主張して異端扱いされた方がまだマシよ」と智子さんは言った。

「皮肉にしか聞こえませんね」

「そう理解してもらって結構よ」智子さんは2本目の酎ハイを空けるとすぐに3本目の缶酎ハイの蓋を開けた。

~afternoon tea~

セミナーハウスから東京に帰ってくると、電車の中吊り広告には「野村監督辞任」の文字が踊っていた。鷹ノ巣先輩からメールが届いたのは次の日の午後のことだった。

『井砂、野村監督の辞任はお前のせいじゃない。ナベツネのせいでもなければ長嶋一家のせいでもない(そういえば妹の方はどうしてるだろうな)。それは雨降りのような、誰にも止めることはできないことだったんだ。来週のゼミは荒れるだろう。だが、お前が気を病むことはない。こんな事を言っても気休めにしかならないかもしれないが、今季阪神は優勝する。俺たちにはそう信じるしか道はないんだ。』

僕は先輩のメールに返信をしなかった。何て言えばいいのだ。そんなことは問題ではなかった。ただ、野村監督はもう業界の人間ではなく、サッチーの道連れにされてしまったのという事実がそこにあるだけだ。僕は携帯電話を閉じると冷蔵庫から飲みかけの「午後の紅茶」を取り出し、一気に口に流し込んだ。

                                         つづく


~あとがき~

今回も「もちろん」パロディですwいいかげんパロディにもオリジナリティが欲しいところですね。何分素人なものでご勘弁をm(_ _)m言い忘れましたが、登場人物の名称・設定はフィクションですよ!

~プロローグ~

僕が阪神ファンになったのは大学3年の春だった。生まれも育ちも東京の僕にはおよそ考えられない方向転換だった。

「A評価が欲しければトラ党になれ」

その日、鷹ノ巣先輩は言った。先輩は笑っていたが、何故か悲しい目をしていた。僕はその時この言葉の本当の意味を理解していなかった。

~Boy Meets Tiger~

ゼミに参加して1ヶ月経った。司法試験の択一も終わり、新歓を兼ねて春合宿の予定が組まれた。ペナントレースでは開幕から阪神がトップを独走している。注目された巨人は投手陣が崩れ現在最下位をひた走っている。新聞には堀内監督の指導力不足を指摘する記事がよく見られた。

「井砂、読売はよせ。その新聞を読むのは下劣な人間のすることだ」

鷹ノ巣先輩は僕から読売新聞を取り上げると、替わりにデイリースポーツを手渡した。

「阪神、昨日も勝ったんですね」

僕は片手に缶コーヒーを持ちながら1面に載っている金本のさよならヒットの写真を見て言った。

「喜ばしいことじゃないか。これで今日のゼミは30分早く終わる」

「なかなか悪くないですね」と僕は言った。

複雑な気持ちだった。ゼミが早く終わることは確かに嬉しいが、僕は阪神が勝つこととゼミが早く終わるということの間に因果関係を見つけられずにいた。

ゼミが始まった。先生は機嫌が良かった。饒舌な語り口、そして若干丁寧に書かれた黒板の字。手には「赤星~red star~」とプリントされた団扇を持っている。なるほど、先生が阪神ファンということか。僕はこの時点で一応の結論に達したが、この結論はこの日の夜には大きく覆されることになる。

予想通りゼミが30分早く終わると、僕はゼミのメンバーと海岸に向かった。途中のコンビニで花火と缶ビールを買った。

「花火なんて久しぶり」

智子さんの手には既に蓋の開いた缶ビールが握られていた。

「はい、井砂くん。ロング缶の方がいいわよね」智子さんはスーパードライの500ml缶を僕に手渡した。

「どうも」僕は缶ビールを受け取りすぐに蓋を開けた。

「花火も久しぶりだけど、こうやって井砂くんと話をするのも久しぶりね」と智子さんは言った。

「そうですね」と僕は言った。

「今夜、飲み会が終わったら部屋で飲まない?二人で」

「いいですよ」と僕は言った。

「0時過ぎには部屋にいると思うわ」と智子さんは言った。

「分かりました」僕は手にしていた缶ビールを一気に飲み干した。

セミナーハウスに戻ると1時間もしないうちに飲み会が始まった。ゼミ長が乾杯の音頭をとると、その後はそれぞれが勝手に好きな酒を飲み始めた。

「井砂は野球を観るのか?」

先生はウィスキーグラスを片手に持ち、向かいの席に座っている。

「はい、嗜む程度に」と僕は言った。

「好きなチームはあるのか?」と先生は言った。

「特にありません。でも今は最下位のチームを、巨人ですね、応援しています」

先生の表情が少し曇った。

「井砂、最下位だからといって巨人を応援するのは感心しないな。あのチームが弱いのは自業自得だ」と先生は言った。

「それはどういったことでしょう?」僕は精一杯興味のある様子で質問をした。

「小久保を取るべきじゃなかったんだ。松井の穴は小久保には務まらない」先生は自らグラスにジャックダニエルを注ぎ足した。

「お注ぎしますよ」と僕は言った。

「結構」と先生は言った。

「鷹ノ巣先輩から聞きました。先生は阪神ファンだそうですね。ですから阪神が勝つとゼミが早く終わると」

「阪神ファンなのは間違いないさ。ただ、阪神が勝つからゼミが早く終わるわけじゃない。巨人が負けた日もゼミは早く終わりにしているんだ」と先生は言った。

気がつかなかった。ということは、この人は阪神ファンというよりアンチ巨人なのかもしれない。

「酒の席だから言うけどな、井砂」と先生は続けた。

「私は弁護士会のある委員会で委員長をしているのさ」

「初耳ですね」と僕は言った。

「名前は出せないんだがな、各界の著名人も委員になっている」先生はグラスの氷を回しながら言った。

「その委員会は阪神のゲームの翌日に開かれるんだ。今日も午前中に顔を出してきた」

「弁護士会と阪神の間にコネクションがあるんですか?」

「答えられないんだ。守秘義務があるからな」と先生は言った。

「おおまかに言えば、東京での阪神ファンの面倒をみるのさ」

「厄介な仕事ですね」と僕は言った。

「誰かがやらなきゃならないことだ」と先生は笑った。

「阪神が勝たなくても巨人が負ければ、都内のいたるところでいざこざが起こるんだ。一昔前のフーリガン対策みたいなものだな」

「その委員会の都合、ゼミを早く切り上げる必要があると?」

「そうだ」と先生は言った。

どうやら東京の阪神ファンの影のフィクサーは彼のようだ。

「仕事が残っているんだ。私はこの辺で先に失礼するよ」先生は立ち上がりゼミ長に何か話しかけると騒がしい食堂を後にした。

隣でゼミ生の一人が「六甲おろし」を歌い始めた。

「悪いんだけど六甲おろしはもう少し向こうでやってくれないかな」と僕はきっぱり言った。「それやられると飲む気を失くすんだ」

「む、向こうは1塁側だから。きょ、巨人ファンばかりの他のゼミから文句が来るんだ」と彼は言った。

「わかった、じゃあこっちでやってもいい。いいけどもう少し後にしてくれないかな」と僕は言った。

「だ、だって、この飲み会、野球でいったらもう7回表だよ。い、今やらないでいつ六甲おろしをやれって言うんだ?」彼は信じられないという顔をして言った。

「知ってるさ、それは。もう7回表なんだろ。でも六甲おろしは試合終了後にやるもんだ。何故かは知らないけどそういうことになってるんだ」と僕は言った。

「だ、駄目だよ。もう歌い始めちゃったし。始めたら最後まで歌わなきゃ」

「わかった。じゃあ歩み寄ろう。六甲おろしは歌っていいけど、ロケット風船だけはやめてくれ。それを飛ばされると試合が終わった感じがしてとてもじゃないけどこれ以上飲んでいられなくなる」

「ロ、ロケット風船は六甲おろしを歌い終わったら飛ばすものだろ。それを飛ばすななんて、ぼ、僕には出来ないよ」と彼は困惑した表情で言った。

「そもそも屋内でロケット風船だなんてナンセンスだ」と軽い頭痛を覚え僕は少しむっとして言った。

「い、井砂もさ、一緒に六甲おろしを歌えばいいのに」と彼は言った。

そして、六甲おろしを歌い終わるとそのままロケット風船を飛ばしてしまった。

                                            つづく


~あとがき~

読んでお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、村上春樹氏の「ノルウェイの森」のパロディをパクッたものですwパロディをパクる発想がまずあり得ないことですが、まぁご勘弁をm(_ _)mこれからもパロディ書きます◎もちろんオリジナルも鋭意制作中です。

ビートルズはいつも僕のそばにあった。音の悪いiPodも、ビートルズを聴く時はその音の悪さが逆に味のあるものに聴こえた。

「Love actually」という映画をご存知だろうか?その主題歌がビートルズの「Love is all you need」だった。何組かのカップルの悲喜交々についての映画、その中の一つに親友のフィアンセに恋をする男の話がある。いわゆる恋と友情の板ばさみ状態。結局、彼は友情を取り(というか、相手は婚約してるのだから当然だけど)二人を祝福する。


 僕は大学の友人タカシと卒業旅行の見積もりに渋谷に向かった。旅行代理店に勤めるカトウ氏とは大学1年の頃からの付き合いだった。今まで合宿や個人的な旅行などで世話になっていたが、これで会うのも最後だろうということで、こちらから出向いたわけだ。

 カトウ氏は北海道や沖縄など月並みな観光スポットを紹介すると「私は車で旅行するのも好きだけどな」と言った。

「車もいいですね」と僕は言った。結局、その場で話はまとまらず、後日こちらから連絡することを伝え僕たちは席を立った。

「学生最後なんだし、これでもかってくらいに遊んだ方がいい」と帰り際にカトウ氏は言った。

「それもいいですね」と僕は言った。

 旅行代理店を出て渋谷駅に向かう途中、タカシは僕に「この後、予定あるか?」と訊いてきた。

「ない」と僕がこたえると、「このあとヨウコと飲むんだけど、お前も来ないか?」とタカシは言った。

ヨウコは僕が大学2年の頃に知り合った女性で、タカシとは共通の友人であった。彼女は去年大学を辞め、既に社会人として働いていた。彼女は大学にいた頃、僕と多くの時間を過ごした。タカシとは挨拶をする程度の仲であったと記憶している。彼女が大学を辞めてからは、僕と彼女の間の接点は少なくなった。彼らが連絡を取り合っていることを知り、少なからず戸惑いを覚えたことは隠さずにいよう。

 池袋に着くと予定の時間までしばらくあったので、僕とタカシはビリヤード場に向かった。お互い他愛もない話をしながら玉を撞いていると、入学して間もない頃もよくこうして二人でビリヤードをしていた事を思い出した。当時と違っていたのは、お互いに歳をとった事と将来に対する不安が漠然としたものから諦めに似たものに変わっていたことくらいだった。

 ナインボールを4ゲームほどこなすと、約束の時間の30分前になった。「先に行って少し二人で飲もう」と言い出したのはタカシだった。

「構わない」と僕は言った。

 気の利いた店が見つからず結局行きつけの店に決まり、僕たちはそれぞれに注文をした。

「お前はいつもウィスキーだな」とタカシは笑って言った。

「甘い酒は飲めない」と僕は言った。

 店に入り1時間くらい経ち、午後9時半を回ったところでヨウコからタカシに少し遅れるとのメールが入った。10時前には着くとのことらしい。

「仕事忙しいらしいな」とタカシは言った。

「そうみたいだな」と僕は言った。

ウェイターが空いたグラスを下げにきたので、僕たちは追加のオーダーをした。タカシはジントニックを注文して、僕はシーバスを注文した。

「お前、来年は東京だっけ?」タカシはカウンターの奥に視線を向けたまま僕に訊ねた。

「東京だな」と僕はこたえた。「タカシはどうなんだ?全国区のメーカー様は配属希望は聞いてもらえないのか?」

「全国区だからといって俺を沖縄や北海道にとばすメリットは会社にはないさ。地元は地元の人間に任せるほうが効率がいい」とタカシは言った。

「じゃあ、希望は聞いてもらえるのか」と僕は言った。

「関東希望」とだけタカシは言った。

「関東は広い」と僕は言った。

 午後10時になる5分前に彼女が池袋に着いたとの連絡が入った。

「ギリギリだな。間に合うと思うか?」とタカシは言った。

「間に合わない」と僕は言った。大学時代、彼女と僕は授業に一緒に出席したり、食事をしたり、待ち合わせをすることがよくあった。僕はその度に彼女が遅刻することを知っていた。

「じゃあ、俺は間に合う方に賭ける」とタカシは言った。

「賭けに負けたらどうなる?」と僕はタカシに訊いた。

タカシは少しのあいだ黙って「とりあえず、目の前にあるグラスを空けようか」と言った。ジントニックとシーバスリーガルではいささか彼に分がある気がしたが「構わない」と僕は言った。

 店の時計が9時59分になってもヨウコは店に現れなかった。タカシは観念したかのように笑った。「男らしい飲み方を期待する」と僕は言った。

店の時計が10時ちょうどを指したそのとき、ヨウコの姿が目に入った。

「ごめんなさい、遅くなっちゃって」とヨウコは言った。服装も髪型も学生時代よりも少し大人びていた。タカシの隣に座った彼女は早速メニューに目を通している。

「10時だな。俺の負けか」とタカシは言った。

「気にしないでくれ」と僕は言った。

ヨウコがカシスオレンジを頼み、それが運ばれてくると、三人はあらためて乾杯をした。タカシはグラスを空にした。ヨウコが驚いてタカシを見たが、僕とタカシは気にせず会話を続けた。

 ヨウコが店に来てから一時間もしない内に、僕は終電の都合帰ることにした。財布から五千円札を取り出しテーブルに置くと「ここはおれが持つから」とタカシが言った。個人的な飲みの席で勘定を持とうとするのは男の習性なのか、それともタカシに別の思惑があったのかはわからないが、僕はそれを無視して席を後にした。

 僕が店を出るときにヨウコが後を追いかけてきた。「少しだけど会えて良かった」と彼女は言った。そして僕に紙に包まれた小さな飴をくれた。「これ、うちの会社で作ってるのよ」

そういえば彼女と大学で最後に会ったとき、餞別というわけでもなかったが、励ましの言葉とともに、僕は鞄に常備していた「のど飴」を手渡した。気の利いたものはいざというときに見つからないものだ。ヨウコがそれを覚えていたのかどうかはわからないが、僕はそれを受け取ると「ありがとう」とだけ言った。

 外はとても寒く、予報では明日は雪が降るということだった。タカシには黙っていたが、ヨウコが店に現れたとき、僕の腕時計ではまだ10時を回っていなかった。彼女は間に合った。思えば彼女が時間通りに待ち合わせの場所に来たのはこれが初めてだったのではないだろうか。


 帰りの電車をホームで待つ間、僕はビートルズの「Love is all you need」を聴いていた。隠しようもないことだが、僕は当時彼女に思いをよせていた。そして、昨夜もきっとそうだったろう。しかし今わかることは、彼女がきちんと社会人をやっていることと、僕と彼女が二人きりで酒を飲む関係ではないということだ。

 彼らはエンディングで「She loves you, yeh yeh」と歌っているけれど、残念ながらそれは僕に向けられてはいないようだ。


~あとがき~

初めまして、九段橙一郎です。この話は実話に基づいて書かれたものです。とりあえず、こんな感じで話を書いていきたいと思います。拙い文章ですがどうぞ大目に見てやって下さいm(_ _)m

12月26日。午後6時15分。ヘリンボーンのコートの襟を立てて、ファーのついた手袋をした手で頬を覆っている。彼女は人を待っているようだ。広場の隅にあるライオンの像が彼女の背中を静かに見つめていた。

バッグの中から携帯電話の呼び出し音が聞こえ、彼女は電話に出た。電話の相手は彼女を待たせている人物らしい。

「ごめん、いま終わった。あと15分くらいで着くと思うんだけど、東口でいいんだよね?」

「そうよ。広場の方にいるわ」

「わかった。すぐに向かう」

彼女は電話を切ると、正面の大きな街頭スクリーンに目をやった。昨日までは必死にクリスマス関連のCMを映し出していたその画面も、今では新年を迎える準備で忙しい。

電話からきっかり20分後、彼、厚は姿を現した。黒のピーコートにジーンズ、ボーダー柄のマフラー。改札からずっと走ってきましたと言わんばかりの息の切れようだった。

「なかなか解放してもらえなくてね。ごめん。待たせたね」

「そうね、少なからぬ時間、私はここで待っていたわ」

玲子は彼を見ずに不満そうに言った。

「じゃあ、早いとこどこかに入ろう、顔が真っ赤だよ」

彼は彼女の不機嫌に気付いていたが、改めて謝ることなく歩き出した。彼女はバッグを持ち替え彼の後についていく。

靖国通りを渡り2ブロックほど東へ進んだところに目的のレストランはあった。7階建ての雑居ビルの5階。造りは比較的新しいようだ。二人がレストランに入るとウェイターらしき男が寄ってきて名前を尋ねた。彼が予約の名前を告げるとウェイターは二人を通路の左側にある個室に案内した。彼は彼女のコートを受け取り壁に掛けると自分もコートを脱ぎその隣のハンガーに吊るした。

「ゼミは定時に終わったんだけど、そのあと先輩に捕まっちゃってね」

厚は椅子に座ると、両肘をテーブルにつき話し始めた。

「そう。その先輩はあなたに予定があるのを知っていてワザと引き止めたわけじゃないんでしょう?」

玲子は顎に手をあて、彼の言い訳を待った。

「そう気を悪くしないでくれよ。遅れたのも悪いし、週末会えなかったのも悪いと思ってる」

「別に構わないのよ。何もクリスマスに会う必要なんかなかったわけだし」

「確かに、必要に迫られて会うような事はないね。そもそもその必要があったかどうかも疑わしい」

個室のドアがノックされ、ウェイターが今夜のコースメニューをテーブルに置き、飲み物の注文を取った。

「僕はシーバスをロックで」

「グラスワインを」

ウェイターは恭しく頭を下げ個室を出た。

「じゃあ12月の26日に私たちが一緒に夕食をとる必要はあるのかしら?」

玲子の機嫌はまだ傾いているらしい。

「そうだね。昨日渡せなかったプレゼントを渡すため、じゃ駄目かな?」

「あら、用意はしてあったのね。感心だわ。」

「もちろん」

厚は鞄からオレンジの紙袋を取り出すと玲子の前に差し出した。

「開けてもいいのよね?」」

「もちろん」

厚は繰り返し言った。

プレゼントは指輪だった。厚本人にはそのブランドの指輪が年頃の女性に非常に人気だという知識は全くなかった。店員に勧められるがまま購入したはいいが、厚に残ったのは今まで目にしたことのないような高額な領収書と、もし彼女が気に入らなかったらという不安だけだった。

玲子がオレンジの袋から小さな箱を取り出し、その箱を開けようとす。厚は心ならずも玲子の顔から視線を外すことが出来なかった。

「へぇ、流行には疎いと思ってたんだけどなぁ」

玲子は感心したように指輪を見ている。そしてリングを薬指にはめてみせた。

「サイズもぴったりだわ。意外ね、こういうところしっかりしてるなんて」

「それほどでもないさ」

厚は努めて平穏を装った。彼が玲子の薬指のサイズなど知っているはずがなかった。ショーウィンドウに並んだリングを取り出してもらい店員にサイズを聞かれたときには全身に汗が流れた。「大体あなたと同じくらいです」と彼が答えたのには店員も笑いを隠せないようだった。そして彼は9号のリングを受け取り代金を払うと急ぎ足で店を後にした。

「気に入ってくれたかな?」

「ええ、とても。厚くんにプレゼントのセンスがあることも分かったことだし」

玲子の機嫌の傾きは破綻しかけたメガバンクの経営状態からピサの斜塔くらいまで回復したようだった。

シーバスとグラスワインが運ばれてきて、二人はそれをそれぞれ半分くらい飲み会話を続けた。

「私ね、運命ってものも少し信じるようになったのよ」

「リアリストの君が?何かあった?」

「リアリストであることと運命を口にすることは両立するわ。それに私はリアリストというわけでもないし、ましてや運命論者でもない」

「だからといってロマンチストというわけでもないね」

厚は軽口を叩いたつもりだったが、玲子は気にせず話しを続けた。

「それでね、クリスマスに会えなかったことも運命で、来年のクリスマスも会えなかったとしても、たぶん、それも運命なんだと思うの」

「それはクリスマスにバイトを休めなかった僕を弁護してくれてるのかな?」

「そうじゃないわ。ただ。世の中のカップルはクリスマスの夜に二人で過ごして、お互いが出会ったことを運命だと感じるのよ。でも、私はあなたに会わずに家でエドワード・ケインズの小説を読みながら、こうしていることが運命だと感じたのよ」

彼女はグラスワインを飲み干すとアペタイザーを運んで来たウェイターにモスコミュールを注文した。

「随分と特異な感性の持ち主だね。ただ、来年のことはまだわからないよ。運命は先読みするものじゃなく振り返って思いを馳せるものだからね」

「そうかしら?じゃあ、例えば、私が来年のクリスマスプレゼントには時計が欲しいと言ったら、厚くんはどうする?」

「多分、時計をプレゼントするんじゃないかな?」

「多少無理しても?」

「そう、多少無理しても」

「そして来年のクリスマスプレゼントに時計をもらった私はそれを運命だと感じるのよ、きっと」

「残念ながら僕にはその感性は備わっていないみたいだ」

「女心がわからない彼氏を持つとね、そう考えないとやってられないの」

「それは、玲子が運命を語りだした原因は僕にあるといいたい?」

「いいのよ、おかげで聞き分けのいい女になれたんだから」

玲子はモスコミュールを半分くらい飲み干した。

「大体、女心のわかる男は世の中では希少な存在だよ」

「わかろうとする気持ちが大切なのよ」

「理解する必要はないってこと?」

「私は細かいことは気にしないの。細かいこと気にする男は嫌われるわよ、私に」

厚は黙り、いつのまにか運ばれていたスズキのグリルを食べ始めた。

メインディッシュを一気に食べてしまうと、厚はマルボロの箱をポケットから取り出し、その内の一本を口にくわえ火をつけた。Paul Smithのジッポライター。

「細かい事を気にしないのと、無口でいることは違うのよ」

玲子は自分の皿をテーブルの端に寄せ、グラスの水を口に含んだ。

「もちろん。ただ僕にはいま口にすべき言葉を見つけられないんだよ」

厚は顔を横に向け煙を吐く。

「そう、沈黙を楽しむのも大人の食事だわ」

玲子はやさしく微笑みもう一度グラスの水を飲んだ。

「そういう捉え方もある」

店内にはブラームスのバラードが流れていた。

「厚くんの煙草を吸う姿、好きよ。」

「ありがとう」

ウェイターが食後の飲み物をコーヒーにするか紅茶にするかを尋ねてきた。

厚はコーヒー、玲子は紅茶をそれぞれ注文した。

玲子は少し上機嫌だった。食後の紅茶が気に入ったのか。いや、彼女は厚がよくわからないという顔をして黙って煙草を吸っているのが姿が面白い。クリスマスに会えわなかった事に対するささやかな復習だろうか?

厚は必要以上に苦いコーヒーを一口飲むと、二本目の煙草に火をつけた。

会計を済ませ店を出ると外は凍てつくような寒さだった。風が少し強めに吹いている。厚が駅に向かいゆっくりと歩き出すと、玲子の方から腕を組んできた。自分の左側に寄り添う玲子を見て、厚は解けないクロスワードパズルをしている気分になった。分からなくても空欄を埋める努力ね。果たしてその努力は実を結ぶのだろうか?玲子の薬指に今夜渡したリングがはめられている事を厚は気付いていない。空欄が正解で埋まるのはまだまだ先の事のようだ。片付け忘れたコンビニのクリスマスツリーが二人の背中を見守っていた。


おわり

彼の事を話しておいた方がいいかしら?

彼、厚と付き合い始めたのは1年半前。「付き合ってくれない?」そう私の方から切り出した。その時の彼ったら「何処へ?」なんてとぼけた事言ってたっけ。

彼と出会ったのは大学に入学してすぐだった。サークルの新歓で一緒になって、帰りの電車が新宿まで一緒だった。私と彼の他に同級生が二人程一緒にいたが、顔も名前も覚えていない。二度目に会ったときに彼の事を覚えていたのは話し方に特徴があったからかもしれない。そう、あの『ライ麦畑』の少年みたいだった。

結局二人ともそのサークルには入らなかったけど、授業で顔を合わせる内に仲良くなったというわけだ。

映画を観終わって、喫茶店に入り注文を終えると彼はおもむろに煙草に火を付けた。所在なさげに煙を眺めているところを見ると、今日の映画はあまりお気に召さなかったらしい。私としてもあんなコテコテのオチがついた恋愛映画は趣味ではなかった。しかし、チケットが当たってしまったからには観に来なくては損だ。それにしても何故映画のチケットはペアで当たるのだろうか?ペアチケットの一方を無駄にするか、泣く泣く女同士で映画館に足を運んでいる女性が世の中に何人いることか。

椅子に座り彼を何気なく見ていると、私の視線に気付いたのか彼が話し出した。

「そろそろクリスマスだね。玲子は何か欲しいものとかある?」

彼はたまにだけど俗っぽい事を言う。クリスマスプレゼントだなんて、女の子はみんなこんなこと聞かれて喜ぶのかしら?そういえば、去年はこんな話しなっかたな。したかも知れないけど覚えていない。だからきっとプレゼントももらっていないはずだ。

「プレゼントの話?厚くんはクリスマスにプレゼントが欲しいの?」

そう私は質問した。特に欲しいものもなかったし、あれこれ考えてみるのも面倒だった。

「今は僕が質問してるんだけどな?」

欲しいものはないと言えばいいのに、何故か素直にそう言えなかった。

彼が私の質問に辟易としたらしく見えたので、鞄からパンフレットを取り出して大して面白くなかった映画について色々話してみることにした。

ブレンドとアールグレイがテーブルに運ばれてきて、私たちは冬休みの過ごし方について少し話したあと(冬休みの前には後期試験という問題が横たわっているのだが・・・)、その喫茶店を後にした。

外は日が暮れていて少し肌寒かった。彼は私を夕飯に誘ってくれたが、正直おもしろくない映画を観て気分も乗らなかったので丁重にお断りさせてもらった。

新宿駅の構内に入ると少し暖かくてホッとした。彼は京王線の改札まで私を送ってくれた。

「今日は楽しかったわ。」

と、私は後でメールで伝えてもいいような台詞を別れの言葉に選び、ホームへと向かった。

「彼は山手線使うのよね・・・。」

ふと、今日観た映画のラストシーンが頭をよぎる。

海外に長期留学することになった彼女

それを見送る彼

舞台はJR新宿駅、山手線内回り13番ホーム

クリスマス・イブ 今にも雪が降りそうな曇り空

「じゃあ、ね。」

彼女は大きなチェロケースを持ち上げると、口元を軽く吊り上げ笑ってみせた。

「ああ、気をつけろよ。」

彼は素っ気無くそう言った。

「手紙書くから。」

「ああ」

電車に乗り込む彼女。

彼は扉の前に立ったが、まともに彼女の顔を見られない。

発車ベルが鳴り、扉が閉まる。

不意に彼女の瞳から涙がこぼれる。

彼は彼女の涙を見て少し驚いた顔をして、叫ぶ

「おれ、待ってるから!おれ、すっと好きだから!」――――――

電車がホームを去った後、彼はベンチに座り込み彼女との思い出を振り返る。別れ際に抱きしめてやりたかった。そうするべきだったのかも知れない。

「ずっと好きだから」自分の言葉が胸に染みてくる。

どれくらい前を通り過ぎる人々を見ていただろう。もう何本もの電車がホームに出入りしていた。

彼がふと顔を上げると今ホームに入ってきた車両の中に見慣れたチェロケースがあった。

扉が開く。恥ずかしそうに電車から降りてくる彼女。

彼は彼女に駆け寄り、きつく抱きしめた・・・。

エンドロール

まさか山手線1周して戻ってくるなんて。

「ありえないわ。」

ひとり呟きかかとを鳴らしながら電車に乗り込んだ。

帰りの車窓からはところどころクリスマスのイルミネーションが見えた。映画の結末がどうあれ、今年のクリスマスはもうすぐやってくる。


つづく