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私の経験した不妊治療〜体外受精〜出産〜育児について書いています。

※「40歳目前で体外受精」1~63話はこちらから。(アメトピにもたくさん紹介して頂いてます♪)

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低体重で産まれた息子は

普通より早く黄疸が出てしまい、血液の濃度も濃いということで薄める措置が必要。

小さいから哺乳瓶からミルクを飲む力も弱く、鼻の管からの強制授乳をするとのことで

NICU(新生児集中治療管理室)に運ばれてしまいました。

 

NICUがある大学病院でよかった。

チーンあせる

産科を選ぶときの私の選択は間違ってなかった

とそのとき思いました。

 

高齢出産は何かとリスクが付き物。

よく言われるそんな言葉が現実になっていたからです。

 

でもまだまだこの先、大変なこともある覚悟はできていました。

期待を裏切られる経験を続けてきた不妊期間が長かったせいか

「全てはオールOKで上手くいくはずがない」という後ろ向きな思考回路が根付いていました。

 

 

NICUに入院となったので、すぐに息子とは母子同室にはなれず

私は相変わらず寝たきりの妊婦さんたちと同室の生活が3日間もつづきました。

 

出産を終えた他のママたちは早速授乳の訓練が始まっているのに

私だけやることがなくて  チーン汗

 

産後初めて出る初乳赤ちゃんにとって重要な成分がたくさん含まれているので大事

ということで、

パンパンに張ってきた乳から痛い思いをしながら少しの初乳を絞り出しNICUへ届けに行きます。

 

NICUはハイリスクの新生児ばかりいるので外部からの菌を入れないために、入室前の除菌は徹底されてました。

面会時間も15分程度。

 

何度も手を除菌し、厳重に管理されている病室に入っていくと

青い光の下で光線治療をしている息子の姿。

目隠しをされたオムツだけの小さな体の息子をみると

ため息が出てきます。

 

小さく産んじゃって

ごめんね。汗汗汗汗

 

病院では赤ちゃんは「○○○○(母親の名前)の子」という言い方をされ、

印字されたカードも全てそれになっていました。

 

 

名前はもう決まっていたので

早く抱っこして、その名前で呼んであげたいあせるあせるあせる

 

そんな気持ちでいっぱいでした。えーんあせる

 
つづく
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