「それで…ソギの病気は…」
俺たちを見守るように黙って見つめていた彼が口を開いた。
「胸の病いだ。かなり重い…と思う…。診察をさせてくれたらもっと詳しくわかると思うが…このままだったら命に関わる…。」
嘘がつけない彼は真実を姉さんに告げたのだとわかる。
「…そんな……」
「ジミン……」
彼は姉さんを宥めるように名を呼んだが、その声は姉さんを慰めることは出来なかった。
「…貴方は知ってたの?ソギが一人で船に乗ろうとしてたのを…ソギの気持ちも知っていたんでしょう?」
俺の病気の事を聞いた姉さんは彼を詰った。
彼の代わりに俺が答えた。
「俺が決めたんだ。姉さんの為なら俺も自分の恋を諦められると思ったんだ…。
姉さんの事を頼めるのはジソプさんしか居なかった。」
俺が口を挟んでも姉さんは彼の顔を真っ直ぐな瞳で見つめていた。見つめ返す彼が姉さんに答えた。
「…ソギに頼まれた…。お前を幸せにしてくれと……
自分には無理だからと……」
姉さんの頬を涙が伝う。拭おうと伸びてきた彼の指を姉さんは押し留めた。
姉さんは涙を堪えたような声で呟いた。
「…私は何も知らないで自由になれたと喜んでたのね…
ソギだって自由になって貴方と暮らしたかったわよね…」
姉さんの言葉に胸を抉られる。俺の事を考えてくれる姉さん。
優しい姉さん…
やっぱりこんな先の見えない俺より、彼には姉さんが相応しいと思ってしまう。
俺たちのことを姉さんに気付かれてはいけなかったと後悔した。
けれども、そんな俺の思いも気付かずに二人は話しを続ける。
「だが諦めるのはまだ早い。しっかりと養生して治療していけば治るかもしれないんだ。」
彼は力強い言葉で姉さんを励ますけれども、姉さんは悲しい言葉を紡ぐばかりだった。
「…この子は…私のたった一人の家族なのよ……死なす訳にはいかないわ…。」
姉さんは胸に抱いた俺の頭を更に強く抱き締めた。
「ジソプさん。貴方が治療をしてくれるのよね?
だったら私もここでソギの看病をさせてちょうだい。
きっと私は役に立つわ。貴方だけじゃ手が回らないこともあるでしょう?」
彼の顔を真っ直ぐに見つめ涙を振り払うように力強く姉さんは宣言した。
「…ああ…そうだな。俺が仕事をしてる間のこともある。ここにいて一緒にソギを治そう。」
姉さんの言葉に彼は頷いた。姉さんは自分の恋の終わりよりも俺のことを思ってくれる。
二人の言葉が有難くて…申し訳なくて…
姉さんに凭れていた身体を引き起こして俺は礼を言った。
「姉さん…ジソプさん…ありがとう…」
礼を言う俺のことを二人は左右から優しく抱き締めてくれた。その温もりが嬉しくて俺は涙を零さずにはいられなかった。
それからの姉さんと彼は俺を治そうと懸命に看病をしてくれた。
小さな診療所にある小さな彼の部屋が俺たち姉弟の居場所になった。
彼のベッドは俺と姉さんで使い、彼は診療所の診察用のベッドで眠った。
姉さんは俺の世話をしながら、食事の支度や洗濯、買い物を甲斐甲斐しくこなしていた。
寝てるばかりでいるのが申し訳なくて、何か手伝おうとすると、二人掛かりで止められた。
彼は診療所での診察の合間や夜に、俺を治そうと医学書をひっばりだし、懸命に治療法を探してくれた。効きそうな薬を見つけては取り寄せたり、自ら出向いて専門の医者に教えを乞うたりした。
俺は人生で初めての穏やかな生活を味わっていた。大好きな人たちに囲まれ、心配され、甘やかされる。
病気は俺の身体を容赦なく痛めつけるが、それでも幸せだった。
窓から昼下がりの日差しが差し込む中、彼が睫毛を伏せ医学書の活字を辿る姿をベッドから見つめていると彼が顔を上げた。
「そんなに見るな。穴が開きそうだ。」
彼が照れながら言うその笑顔だけで俺は幸せになれた。
「だって…見ていたいんだ。」
俺は笑って答えた。
こんな風に他愛のない話をする。
姉さんが買い物に行っている間の、彼との束の間の幸せな時間だった。
彼が立ち上がり、俺に顔を寄せた時、扉の向こうが騒がしくなった。
「…ソギ!!本当なの?!」
木苺の袋を抱えたジジが部屋に飛び込んで来た。市場の買い物から帰って来た姉さんと一緒に来たのだろう。
ジジは暇を見つけては木苺を持って見舞いに来てくれていたが、今日は頬を紅潮させていつもと違った様子だった。
「ここに帰る道すがら、ジジに私たちが韓国へ行くことになったと話したのよ。」
ジジの後から入って来た姉さんが少し気まずそうに言った。
俺が小康状態になったのを機に俺たちは彼の国へ行くことにした。彼が東洋医学での治療を試したがったからだ。
「ジジ…ごめんな。今まで仲良くしてくれてありがとうな。」
涙を浮かべて俺が座るベッドの足元に飛び乗ったジジを引き寄せ俺は抱き締めた。
泣きじゃくるジジを宥めながら、俺は彼の国へと思いを馳せていた。



