久しぶりに公爵の館の前に立った。
俺が到着すると待ち構えていたかのように扉が開き、ロベールが相変わらず氷のように冷たい表情で俺を見た。
「公爵様がお待ちです。」
無表情に告げたロベールは公爵の元へ俺を案内する。
通されたのは以前俺が使っていた部屋だった。粗方の調度品類は運び出された後で、がらんとした室内は椅子とテーブルが残されただけだった。
長椅子に腰掛けた公爵が俺に笑いかけながら手振りで自分の隣りに誘った。
紅茶をテーブルに置いたロベールが下がった後、公爵が口を開いた。
「この国を引き払う準備が整ったのでね。一週間後にはパリへ発つよ。
ソギも準備をしておきなさい。」
俺の頬に手を添えながら公爵が告げた。
「…はい。アルベール様。」
この街を離れたくない思いを隠し、薄く笑みを浮かべ俺は頷いた。
とうとうパリへ発つ日が決まった。後は一緒に身請けしてもらう姉さんをパリには連れて行かないと公爵に話しをつけなくてはならない。
俺は俯いていた顔を上げ公爵の目を真正面から見つめた。
「…アルベール様。お願いがあるんです。」
俺は顔に添えられた公爵の手に自分の手を重ねた。
「実は…この前ここにきた医者の彼は姉さんの恋人なんです。
それで姉さんはこの街を離れたくないと言っていて…」
「そうなのか?」
こんな理由で公爵が納得してくれるか…?
俺が姉さんと離れたくないと言ったから姉さんを身請けしたのに、一緒に行かないのなら姉さんの身請けはやめると公爵が言い出しそうで不安だった。
「だから…俺だけをパリに連れて行って…」
俺は目を潤ませ哀願するように公爵の身体に自分の身体を凭せた。
「ソギと一緒に来ないなら…」
公爵が言い終わらないうちに公爵の口を自分の唇で塞いだ。どんな媚態でも見せるつもりだった。公爵の胸に顔を埋めた俺は甘えるように呟いた。
「俺一人でもいいでしょう…?
俺だけを…可愛がって…」
媚びた声音で甘える俺に公爵は満足気な笑みを浮かべた。
「…そうだな…それなら…おねだりしてごらん。
上手く出来たらご褒美に約束通りソギの姉君をムーランルージュから自由にしてあげよう。」
俺の髪を撫でながら公爵が言った。
ベッドが無いからと安心していたが公爵がわざわざ呼び出した俺をタダで帰す筈もない。
公爵に気付かれないように小さく溜め息を吐いた俺は椅子から降りると公爵の脚の間で膝立ちになった。
公爵の前を寛げ、公爵のモノを取り出した。公爵の情欲を煽るようにゆっくりと舌舐めずりをし、それに口付けた。
わざと淫靡な水音を立てながら公爵のモノを唇と舌で愛撫する。
ムーランルージュで幾度となく繰り返した淫技を公爵のモノに施す。
公爵の吐き出した白濁を味わう素振りで嚥下すると、満足した公爵は姉さんのことは好きにしていいと引き寄せた俺の耳許に囁いた。
公爵の館から戻った後、市場で木苺を買い姉さんの部屋の扉を叩いた。
「…ソギ?」
部屋の中からの姉さんの声は相変わらず優しげで、これから身請けの話をするのに緊張している俺の心を和らげてくれる。
「…うん…話があるんだ。入ってもいい?」
俺は返事をしながら姉さんの部屋に滑り込んだ。子どもの頃は姉さんの仕事の後こっそり木苺を持って姉さんの部屋に忍び込んでいた。その癖で、誰に咎められる訳でもないのについついこんな入り方をしてしまう。
姉さんは窓辺の椅子にゆったりと腰掛けながら本を読んでいた。姉さんは俺とは違い昨夜からの淫靡な余韻を残すことなく、きちんと身仕度を整えている。仕事をしていても可憐で清楚な雰囲気を失わない。
こんな姉さんをいつまでも娼婦にしておくわけにはいかないと改めて思った。
俺は姉さんの前に立ち、木苺が沢山入った紙袋を差し出した。
「いつもありがとう。それで話って…何?」
笑顔で受け取った紙袋の中を覗きながら姉さんが聞いてきた。
「さっきまで公爵のところに行ってたんだけど…
実はさ…公爵が俺たちを身請けしてくれるって…言ってて…」
「…えっ?」
顔を上げた姉さんは驚きの声を上げる。
「公爵は今度パリに帰るんだ。それでさ…楽しませてくれた御礼にムーランルージュから俺たちを自由にしてくれると言ってくれてるんだ。」
「俺たちって…私もなの?」
訝しげに姉さんは首を傾げてる。誤魔化さなければいけない。俺だけ公爵とパリに行くと言ったら姉さんはきっと首肯かない。
「姉さんもっておねだりしたら二人分の身請け金を払ってくれたんだ。
もし約束を破られたら姉さんをがっかりさせちゃうと思って黙ってた。ごめん。」
俺は悪戯が見つかった子どものように舌を出して姉さんに謝った。
「一週間後には晴れて自由の身になるからさ。それまでに荷造りしておいて。」
「とっても嬉しいけど、何だか夢みたいで実感が湧かないわ。それにムーランルージュを出て私たちは何処に住むの?家はどうするの?」
姉さんは信じられないのか、不安げに顔を曇らせる。
「大丈夫。ジソプさんに頼んであるから…とりあえずジソプさんの家に住まわせてもらって…
診療所を手伝いながら俺たちの家を探そう。」
姉さんに嘘をついた。俺の蟠る思いに気付くことなく姉さんは花が咲いたような嬉しそうに笑みを浮かべた。
「そうなのね…。自由になれるのね…
ソギとジソプさんと暮らせるのね…。ソギ…ありがとう。」
俺の手を握り涙を浮かべて微笑む姉さんに俺も疚しい気持ちを隠して笑顔を向けた。
俺は姉さんに彼のところへ行って今後の事を相談してくると告げて部屋を出た。





