真夜中の日蝕 くろはた出張所

真夜中の日蝕 くろはた出張所

アメブロには変なこと書けないのでゴク真面目なことだけ書きます


  ジェリー・ハーマン(Jerry Herman ミュージカル作詞作曲家)の作品について書こうとするとどうしてもミュージカルの歴史について触れざるを得ないのだが、ここは思い切ってサラッと流す。"Hello, Dolly!"(1964), "Mame"(1966), "Mack & Mabel"(1974), "La Cage aux Folles"(1983) が代表作。映画の世界では1965年でまともなミュージカル映画が終焉、1970年代になると舞台ミュージカルも暗い物が多くなっていく。

 そんな時に "Mack & Mabel" という作品を作ってしまったのだ。ハーマンは主人公に "Movies were movies" 映画は映画だった "You'd get a happy ending" 幸福な終わりが約束されていたと言わせる。
 ライザ・ミネリ(Liza Minnelli)の主演映画 "New York, New York" では ジョン・カンダー(John Kander) フレッド・エッブ(Fred Ebb)  が書いた劇中劇でも次のように歌う。

"Happy endings all around me
Happy endings all I see are
Happy endings on a silver screen
That's Hollywood!"

『私の周りはハッピーエンド

見えるものみなハッピーエンド

映画の中ではハッピーエンド

ハリウッドはね』

 ミュージカルを暗くさせていったのはカンダーとエッブのせいではないかという気も少しするが映画自体、劇場ミュージカル自体、暗鬱な物が増えていていた時代だった。ハーマンもやる気をなくしてたんじゃないかと思うような作品が "Mack & Mabel" だった。ヒロインの最期はライザ・ミネリの母ジュディ・ガーランド(Judy Garland)を想起させたし私的には神田沙也加と重なって見える。

 それを覆したのは "La Cage aux Folles" だったと思う。また楽しい作品が戻って来たのだ。

 ゲイナイトクラブのオーナーとその花形歌手というゲイカップルに育てられた息子が結婚すると言い始め、なんとその相手の女性の両親は堅物政党の重鎮だった。さて息子と彼女は結ばれることができるのかという話。何度か映画にもなったあの話のミュージカル版。舞台ミュージカル版は大声で笑って泣いて楽しい気分で劇場を去れる作品になっていた。

 アルバン(Albin 主演 ゲイの女装(?)歌手)の歌う "I Am What I Am"(ありのままの私)はゲイ賛歌とされる名曲だが、私はこれよりも "The Best of Time" を強く推したい。

 息子の恋人と彼女の両親を家に迎え入れるのだけど食事を出せなくなってしまい近くのレストランに皆で行くことになる。ここで "The Best of Time" を歌うのだがこの構成が楽しい。最初はアコーディオンとアルバンのソロで始まる。途中で楽器が増え2回目のターンでレストランの女主人とのデュエットになる。そして店のスタッフが参加し客達も参加し始め、アルバンのパートナーや息子と恋人、恋人の母上も参加。とうとう堅物党の父上もセッションに登壇。これでクライマックスかと思えば、舞台の人達が客席に向かって手拍子を呼びかける。何度も同じ歌詞を聞かせて貰っているので客もまた手拍子しながら立ち上がり歌に参加する。
"Now, not some forgotten yesterday.
Now, tomorrow is too far away.
So hold this moment fast,
And live and love
As hard as you know how.
And make this moment last,
Because the best of times is now,
Is now, is now."
『忘れちゃった昨日のことじゃなくて、今。
随分先の明日のことじゃなくて、今。
この瞬間をしっかり抱いて、生きて、愛して、できる限りの力で。
この瞬間を大切にして、だって今こそが最高の時なんだから。』

 

 

↓凄く楽しい

 

↓おまけ ジャッカスクルー版

 

エルファバがトロツキーで、グリンダがスターリンだとか書いたら、何も考えてない人達は怒るんだろうな。

 ラブコメ好きのくろはたです。

 

 『正反対な君と僕』阿賀沢紅茶箸 全8巻。現時点でアニメ放送中。

 

 アニメのOP・EP はアニメソングらしい歌であり、手間の掛かった非常に高品質の動画である。一旦停止を繰り返さないと何が描かれているのか見切れないではないか。

 

 

 

 

 

 この作品は認識論(「認識とは何か」という意味では無く「認識が存在を規定する」という意味での)によって成立した物語である。

 コミックス人物紹介画像の巻毎の進化を見てみよう。

 


 巻毎により人物の名前が増えていっていることが判る。これはストーリー内で名前が公開されるのと同時である。最初は谷も鈴木も名前が出てこない。相手の名前を呼び合って始めて悠介・みゆが登場する。
 最終的にこれがこうなる。


 名前が漫画の中で出てきてから人物紹介に記載されるのである。それまでは全員苗字のみなのだ。

 なんと、アニメ版でもこれを踏襲しているようだ。

 この作品の基本的な姿勢がここにある。人は認識できて始めて存在が確定できるのである。

 

 その典型例が第一話である。もしここで鈴木が谷に

「好きーッ!!!!」と言わなかったとすれば、彼女の好意は存在しないのと同じままに日常が過ぎていったことだろう。この姿勢はこの漫画全体に貫き通されている。自分の気持ちなど相手に認識されなければ判らない、だから話してと作者は言い続ける。

 

 私がOPを絶賛するのはそのテーマ自体を何度も提示して、それを観ている人に知らしめようと努力しているからだ。存在と認識の関係性を問いかけてきている。

 

この漫画を読んだ読者なら謎に思うガバチョの存在がある。

ガバチョの名前は最後まで明かされない。鈴木や谷にも認識されず最初から最後までアダナのみで読者にも認識されない。この漫画の中にすら存在しないのかもしれない。

 

 ★組 観劇。
 個人的には主題歌は初演・再演版のままの方が良いけどそれはさておき。


 『ひきこもりっ子の最後のセリフを思い出せばいつでも泣ける』って前から言ってましたが今でも大丈夫というのが確認できました。乾き目対策には良い方法かも。

 背景動画ほとんど見てませんでした。前面キャストの方に目を奪われていました。

 

 主人公とロビンちゃん上手い。コーラスでのみんなの歌、いつもながら上手い。てか今回みんなダンス上手くない? ヲタダンス面白すぎない? 一休さん役、子役さん、動き凄くない?

 

 「ロビンちゃん」の名前ネタって今でも通じますか? 「だって女の子だもん」って大丈夫ですか? ←は毎回思ってしまう。

負けヒロインとは

 「負けヒロインが多すぎる!」は2024夏アニメ化された作品。↑は小説版サイト。

 ↓はアニメ版サイト。この記事ではタイトルを負けインと略すこととする。

 

 負けヒロインとはヒロイン並みのスペックはあるのにも関わらず、想い人を正規ヒロインにかっさらわれしまう女子のこと(くろはた的解釈)。何故「多すぎる!」とかいうと、初っ端に3人、妹を含めれば4人登場する。まあ多いと言えば多いかもしれない。

 最近の多くの原作付きアニメ作品は次のような経過で進むことが多い。

 ①小説家になろう、アルファポリス、カクヨム等のネットで小説公開。

 ②それを見た編集者が作家に書籍化を依頼し出版。この時挿絵画家さんも参加。

 ③出版した本を底にして漫画化。漫画家は挿絵画家さんとは別のことが多い。

 ④漫画本を底にしてアニメ化。

 

 もちろん漫画→アニメという③④の流れや④だけのアニメオリジナルの場合も有る。

 負けインは上記①③の部分が無い。最初から小説として発表され、漫画化はされているがストーリーはあっという間にアニメが漫画を追い越してしまっている。

 

 原作は雨森たきび氏。挿絵はいみぎむる氏。現時点で8巻出版され、SSS巻(販促で作成されたショートストーリーズをまとめた巻)を含めると9巻に及ぶ。巻が進むたびに女子達の異能振りが大きくなっているような気もしないではないが、もし読むとしても初巻だけで様子見しようなどと考えない方が良い。

 

 最初に小説を読んだとき「1ページで1回笑いを取ろうとしているのか」と疑った。コメディなのだ。本当に1ページで一回笑えるのか検証しようとする前に全巻読み終えてしまった。たぶん、二度三度読み返すだろうが検証できないままとなるだろう。別のことを考えながら読めないからだ。

 この小説は妙な現実味と且つ空虚さが同居している。豊橋市とその近辺の土地名がリアルなのに対し、ライトノベルらしく主人公の両親は登場しない。他の主要人物も両親が登場するのはごく僅かである。主人公は空虚の中に存在している。

 

映画のオマージュとしての負けイン

 


 上記画像は「祭りの準備」という邦画からの切り抜き。

 


 アニメの一話に出て来る赤い布はこのオマージュだ(TOM★CAT イメージビデオ監督さんから直に教えて貰った)。

 

 映画のオマージュであれば水タンクもそうだと思う。
 
 バグダッドカフェだよね。

 

 

祭りの準備との類似性

 

 「祭りの準備」の詳細については wiki を見るなり、実際に映画鑑賞するなり確認してほしい。デビュー直後の竹下景子のヌードが見られるとか思って見た人も多いらしいが、たぶん、それ別人。

 アニメだが、完全ロケで豊橋市各箇所はもちろん、モデルとなった高校も完全取材して絵に起こしている。文芸部の貼り紙「お前がペンな!」も含めて実物の描き起こしである。主人公の家もおそらくロケだと思われる。
 実は「祭りの準備」も完全なロケでありスタジオはほぼ無い(火事のシーンもたぶんロケ)。この点映画を踏襲しているようだ。

 

 そして「祭りの準備」も負けヒロインしかいない。

 主人公の母は夫に逃げられ主人公を溺愛する。主人公は母から逃げ出す。

 片思い相手だった涼子は共産党の男に棄てられ、主人公の元に来るが彼女からも逃げ出す。

 父親の浮気相手も何人か居て取っ組み合いの喧嘩の末、文字通り負けた方が負けヒロインになる。

 唯一買ったと思われるのはヒロポン中毒のタマミぐらいだろうか。おそらく、彼女の子どもは主人公の。

 

 負けヒロインが多すぎる映画として「祭りの準備」があり、これをオマージュ対象とするのは当然のことなのではないかと考える。

 Wicked のサントラ盤を初めて聞いたら、以外に歌詞もセリフも覚えていることに気が付いた。

 で更に新しい発見。

 「 Dancing Through Life 」を歌うと途中で Evita の 「 Buenos Aires 」にすり替わっちゃうのだ。なんでだろうと思ったらメロディが一部一緒で曲の展開が同じなんだな。ダンスソングとして王道なのだな、と。

 

 

問題編     

 さて問題です。下記10個の画像の人物は全部違うアニメの主人公か重要なサブキャラです。

 どれが何のアニメか当てられるでしょうか。

 背景と服装を入れてあるのでまだ優しい方です。

 

解答編     

①魔導具師ダリヤはうつむかない (ヴォルフレード・スカルファロット 主人公のパートナー)

②ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで(三森灯河 主人公)

③時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん(久世政近 主人公)

④異世界ゆるり紀行 〜子育てしながら冒険者します〜(タクミ・カヤノ 主人公)

⑤おかしな転生(右側: カセロール=ミル=モルテールン 主人公の父 左側:シイツ 領地の大番頭)

⑥義妹生活(浅村悠太 主人公)

⑦ATRI -My Dear Moments-(斑鳩夏生 主人公)

⑧モブから始まる探索英雄譚(高木海斗 主人公)

⑨魔王軍最強の魔術師は人間だった(アイク 主人公)

⑩THE NEW GATE(桐谷進也 主人公)

 

キャラの使い回し過ぎるだろ。

 服装と背景、人物設定担当者が判んなきゃ全部一緒だ。同じ顔はこれだけじゃないぞ、異世界ものだけでもどれだけいることか。

 これさ、女性キャラだとだいぶ判別可能なのだ。

 この主人公男性キャラの相似については別途考察。

 

今回言及するアニメ作品 なお太字赤字は言及時の略称

・魔導具師ダリヤはうつむかない

  原作リンク アニメリンク

・THE NEW GATE

  原作リンク アニメリンク

おかしな転生

  原作リンク アニメリンク

ありふれた職業で世界最強

  原作リンク アニメリンク

・天才王子の赤字国家再生術

  原作リンク アニメリンク

 

 出来の悪いアニメというと「川越ボーイズ・シング」のことかと言われそうだがアレは論外なので。

 

 最近のアニメ画ってどれも人物が似てきているような気がする。原作挿絵画や漫画版は個性有るのにアニメになった途端、どれも似通った絵になっている。男性主人公の絵だけ切り抜いて並べられたとしても服装以外での判別が出来ない。CGを多用する作品ほどその傾向が多く、単に人物画の使い回しなのではと邪推もする。

 

 CG多用で明らかな酷さを呈しているのがダリヤだ。背景は頑張って描いている雰囲気があるが、その背景の上に人物が切り絵で置かれているような印象を受ける。またCGの使い方が余りにお粗末。昔、巌窟王というアニメが人物の服装その他をCGテクスチャーで作った眼が疲れる作品があったがそれを彷彿とさせる。血まみれの防具がテクスチャーって駄目だろ。絵のことを書き始めると枚挙にいとまが無くなる。

 この作品の駄目なところは二度目の漫画化版に合わせて婚約破棄の前に2話も差し込んでいるところ。これ何が面白いの? 3話目から見てもすべてのストーリー判るように作れるじゃん。てか原作はそうでしょう。

 原作改変で酷くなるのは脚本家・監督の失態。たぶん、原作小説読んでないな。これが一番良くない。(赤尾でこを名指ししているわけではない)

 まあそれは別としてED曲は上出来。

 

 

 

 上記した原作改変・絵の酷さを持つ物は評価を下げざるを得ない。GATEも絵が酷かった。

 城の壁の紙のような薄さを見て絵を描ける人が居ないのかと思った。余りに安上がり。ストーリーの端折り方も原作を読んでいたら納得がいかない。

 人物の端折りをやらかしたおかしなもあった。これは人物の顔を描かないのだ。

 セリフを話している人なのにだ。これは最初から最後まで必ず手抜きで顔なし画像が見られる。漫画版は余り上手い部類ではないとは思うが全員描き分けてるし頑張って面白く描いている。それに引き替えアニメ版の出来の酷さよ。まだおかしな はストーリーだけはまともだったので良いのだが。

 

 今回上げている作品群は原作は超面白いのにアニメが酷すぎる作品なので、原作を読んでほしいものばかりだ。

 ありふれたは序盤に個人的に納得いかないストーリー修正・端折りがある。この原作は重要な作品で兎に角を付けたのも最初だし(知らんけど)、魔物を喰ってその特性を身につけるという設定の導入もこれが最初(知らんけど)だ。

 赤字国家もいろいろ設定をいじってくれてストーリーも変えちゃってくれて、もし次作を作る時があれば辻褄合わせ必要そうだなと。

 たぶん、ストーリーをわがままに改編しちゃうアニメ作家達はそもそも原作読んでないし、1クールだけ作れればいいやってな具合なんだろうな、と思う。

 

 ただし。

 原作が「あんなにも読みづらく何を書いているのか判らない」のにアニメが良く出来た物もあることはある。

 典型が「痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。」。原作者が何を書き殴っているのか未だに読み取れない。アニメ作家達、最高だぜっ。

 

 

 燦々SUNさん原作の通称「ロシデレ」。

 ウクライナ問題がなければもっと強力に推せたはずだが。

 

 原作者さんのなまえは「さんさんさん」と読み、それに敬称の「さん」を付けて「さんさんさんさん」と呼んで欲しいとのこと。

 「小説家になろう」で珠玉の短篇を書いていた人で、個人的には短篇集を単行本化して欲しいと願っている作家さん。

 「ロシデレ」も元になる短篇があり、完結済のお話だが小説版は『相手がロシア語理解出来ないと思っているのでロシア語でデレ発言しまくる』という設定だけをそのままに大長編化している。

 

 エンディング曲にびっくり。一話目がフィンガー5の「学園天国」のロシデレ版。二話目が「可愛くてごめん」。まさか全話変えるつもりなのか?

 

 「【推しの子】」第二シーズン。

 マジこの話やるの!? 日本テレビに喧嘩売って大丈夫?

 「セクシー田中さん」問題が起きることを事前に知っていたというか、常にそういう問題があったと言うことなんだろうな。

 第一話の冒頭は現在の日本のミュージカル舞台そのものの演出。ミュージカル好きなら一話冒頭だけでも観ろ。ミュージカル見たことないなら本当にこんな舞台演出なんだと言うことを知れ、でミュージカルを試しに観に行け。

 

 

 それにしても転生物の主人公の顔って、どのアニメも似ているのは何故なのか?

 アルファポリス連載の「異世界ゆるり紀行~子育てしながら冒険者します~」が原作。

 ゆるゆるな話で全然進展がない。が、ゆるさは群を抜いているのでかなり良い部類。

 アニメの方はちょっと駆け足雰囲気。

 

 

 

 「ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで

 小説家になろう物。

 二話で小説版一冊終わり。内容的にもまあそれが妥当だとは思う。一時間で一冊読めるからね。

 アニメ版は思っていたよりかなり良い。

 

 

 小説版未読。おそらく、原作が良いのだろうとも思うが、期待していなかったのに面白いと思ったアニメ。


 

 ティアムーン帝国物語は悪役令嬢物の類型の一つ。小説家になろう物。舞台ミュージカル化もされていて来月第三弾も公演される予定。

 悪役令嬢といってもこの主人公は帝国の皇女。圧政を原因とした革命によって断頭台に送られたのだが、どういうわけだか過去に舞い戻ってしまったので未来に訪れる自分の処刑を免れようとあがき回る話である。バッドエンド回避物でもあり、勘違い物でもある。勘違い物というのは本人の行動を他人が本人の思いとは全然別の崇高な動機から来ているものだと勘違いしてしまう話のことだ。

 例えば、陰の実力者になりたくて!ならば主人公は慥かにズバ抜けた能力はあるのだが自分の厨二病的世界設定を周りの人間が合わせてくれていると思っている。でも実際は主人公の言ったとおりの世界が正しくて取り巻きは皆彼の崇高な目的を叶えようとする。

 ティアムーンも主人公はただ単に自分の断頭台送りを阻止したいだけの行動だが周りは賢い皇女と勘違いしてしまう。

 個人的なアニメの善し悪しの基準の一つが「声優がOPやEDを歌っている場合駄作」なのだが、珍しくOPが良く作品も良い。EDもカットしないで見ていられる上出来。

 

 

 

 


 ポーション頼みで生き延びます!は異世界転生の類型。同じく小説家になろう物。FUNA氏の三作品(私、能力は平均値でって言ったよね! 老後に備えて異世界で8万枚の金貨を貯めます)の中のアニメ化最後の一つ。「のうきん」(作品名の略語)は酷かった。絵も酷いがストーリーの改変が最悪だった。あんなに面白い原作をどうしたら最悪に出来るのかスタッフの頭の中が知りたかった。「ろうきん」(作品名の略語)も最初は良い感じだったのにラスト近くになって脚本が疲れたのか絵コンテ描くのが疲れたのかソレいらんだろというエピソードを混ぜ込ませて落胆させてくれた。

 「ポーション」(作品名の略語)は前二作より非常に良い。ストーリーは駆け足だが満足できる端折り具合。漫画版で思った絵の可愛らしさもこうやって動けば主人公の悪辣さも消えてよいのではないかと思った。

 

 

 

 


 薬屋のひとりごとは中華的世界での薬師の話。これも小説家になろう物。推理小説物の分類にされているが次から次へと関連性のある謎が提出されそれを淡々と綴っていくスタイルの原作である。背景、頑張ってますね。全体的に描写が生々しい。

 このシーケンスもその一つ。

 OP、ED 非常に良く出来ています。

 

 

 

 ただ一つ欠点がある。アニメでは人の名前が音声でしか流れないので誰が誰だか判らないのだ。どうやら私はこの作品中の人物を文字、それも漢字で認識しているらしい。原作小説も二つある漫画版も名前は漢字で書かれていて、そりゃフリガナもあるけどさ、文字認識しているのだ。

と言うわけで漢字・フリガナ対称表を作った。元ネタは wikipedia だ。

 


 今シーズンは MX/テレ東/TBS/NHK と注目作が目白押しで放映時間が被っている物もある。特に、聖女の魔力は万能です(小説家になろう物) 陰の実力者になりたくて!(小説家になろう物) SPY×FAMILY は第二シーズン。葬送のフリーレン もあれば、アンダーニンジャ 鴨乃橋ロンの禁断推理 私の推しは悪役令嬢。 も原作通り面白い。最近は普通に百合物アニメでやるのね、「私の推し」もそうだけど、転生王女と天才令嬢の魔法革命 裏世界ピクニック とか。

 

#鬼滅の刃、呪術廻戦、進撃の巨人とか原作一巻を読み切れずアニメも断念した私の感想なのでアレだが。