真夜中の日蝕 くろはた出張所

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アメブロには変なこと書けないのでゴク真面目なことだけ書きます


 

宝塚の魔法とミュージカル構造

― 技量の高さと作品の弱さが生まれる理由 ―

宝塚歌劇団は、100年以上続く独自の舞台文化であり、圧倒的なスター性と華やかな演出で多くの観客を魅了してきた。俳優たちの技量は非常に高く、歌・ダンス・所作のすべてが洗練されている。 しかし、構造派の視点から見ると、「上手いのに作品が成立していない」という矛盾が常に存在する。

この矛盾は、俳優の力量ではなく、宝塚という「土壌」の構造に原因がある。

 

🌟 1. 宝塚の魔法は“観客の感情に直接作用する”

宝塚の舞台は、観客の感情に直接働きかけるよう設計されている。

● ミュージカルの魔法

本来ミュージカルは 歌 → 物語の因果 → 観客の感情 という三段階を経て感情が動く。

歌は物語の転換点であり、キャラクターの選択や葛藤を表現するための構造的な装置だ。

● 宝塚の魔法

しかし宝塚では、 歌・演技・演出 → 観客の感情 というショートカットが起きる。

俳優の感情表現がそのまま観客に流れ込み、 作品の因果を経由しない「直接的な魔法」が成立する。

この魔法は強烈で、観客の幸福感を生む一方で、 舞台芸術としての構造が育たない。

 

🎭 2. スターシステムが構造を押し流す

宝塚の受容は、作品よりもスター個人への感情投影が中心になる。

  • ○○さんが演じるから善人

  • ○○さんの歌だから名曲

  • ○○さんの表情だから感動すべき

という「感情の方向付け」が作品の構造より優先される。

そのため、キャラクターの行動や物語の倫理が曖昧になりやすく、 俳優の技量が作品の因果ではなく“観客の感情操作”に使われる。

 

🎼 3. 歌が物語を運ばない

宝塚の歌はしばしば

  • 感情の増幅

  • スター性の強調

  • 観客の幸福感の演出

に使われ、物語の因果を進めない。

俳優がどれほど上手く歌っても、 歌が dramaturgy と結びつかないため、作品の構造が強化されない。

これはミュージカルの根幹が欠落している状態だ。

 

📘 4. 脚本が俳優の技量に耐えられない

宝塚の脚本は、俳優の技量に比べて dramaturgy が弱いことが多い。

  • 因果が薄い

  • 倫理的矛盾が放置される

  • キャラの行動が不自然

  • 歌の配置が物語と無関係

俳優がどれほど上手く演じても、 脚本が支えられないため作品が成立しない。

これは俳優の問題ではなく、土壌の問題である。

 

🌱 5. 技量は高いのに作品が育たない理由

宝塚の俳優たちは本当に上手い。 しかしその技量は、作品の構造ではなく

  • 観客の感情操作

  • スター性の演出

  • 夢の世界の維持

に使われる。

その結果、 舞台芸術としての成果が作品に結びつかない。

俳優の技量と作品の質が噛み合わないという矛盾は、宝塚というシステムの構造が生み出しているものだ。

 

🔍 6. 感情派の受容が批評を拒む構造

宝塚ファンの多くは、作品そのものではなく スターと感情を見ている。

そのため、

  • 構造批評

  • 倫理批評

  • 脚本批評

は「スターへの攻撃」に見える。

批評文化が育たないのは、 宝塚が「夢の世界」を提供することを目的としているため、 批判がタブー化される構造があるからだ。

 

✔ 結論

宝塚は「夢の世界」を提供するために設計された独自の文化であり、 その魔法は観客の感情に直接作用するよう作られている。

しかしその魔法は、 ミュージカルが本来持つ構造(歌が物語を運ぶ仕組み)と根本的に噛み合わない。

俳優の技量は高い。 しかし土壌が弱いため、作品としての完成度が育たない。

この構造的矛盾こそが、 宝塚の舞台が「上手いのに作品が成立しない」理由である。

 

☆この記事は Copilot と会話しながら作成しました

 Fiddler on the Roof(Movie 1971 米)を見ながらユダヤ教文化の解説会とかやれたら面白いのに。

 監督 Norman Jewison 作詞 Sheldon Harnick 作曲  Jerry Bock 。編曲に John Williams が居るので Tradition! の曲が息子と娘で短縮されているのはそちらに文句をどうぞ。

 

 

 別の記事でミュージカルに於ける序曲の有無について言及する(現時点で未掲載)がこの作品も序曲が無い。先駆者ロジャースとヴァイルは偉大。

 

 映画は舞台版と違って細かいカット割りで様々な情報を見せてくるため非常に情報量が多い。1カットしか無いのに「それ何?」と調べれば「そういう意味なのかぁ」と驚くこともある。

 登場人物それぞれの動作にもいろいろ照準を合わせて見せてくれるので「なんでそういうことをするの?」と考えたり調べると意味があることも判る。

 

 一例として安息日のお祈りの開始。

 

 

 

 そもそも安息日サバトって何?ということもあるし、彼らの行動の意味も知らなければ理解出来ないわけだし。

 

 こういうことを映像見ながら解説していく催しなんぞやれば面白いのにと思う。ゲストにユダヤ文化研究家とか呼んだりして。
 

 ついでに日本語版舞台の徹底批判とかできればもっと面白いけど東宝が許さないか。

 

  私が見ている2026夏アニメ表を下に記載する。◎が非常に気に入っている物。○は見続けている物。△は途中離脱。未は見る予定だが後でまとめての予定。

 

☆エンドクレジット

『猫と竜』

 

 なんとミュージシャンを紹介しているのだ! こうしてすべてのアニメで紹介してくれるようになってくれれば。

 多くのアニメの歌声で登場しているミュージカル界の大御所女優様も陽の目に当たるようになるのに。

 

 原作、漫画版と同じくオムニバス形式。幾つかの登場人物(猫物?)は別の話で登場したりするけれど設定さえ理解すれば基本的にどの話から見ても大丈夫。ともかく猫ばかり出て来るのでストーリーを追わなくてもOK。監督を誉めまくります。

 

 

 

 

 OPはヨルシカ。猫がロゴで遊ぶ絵が良い。続編期待。

 

『正反対な君と僕』

 一期と同様、名前が明かされた登場人物だけ名前が出て来る仕様になっているようだ。ただし名前が作中に出ていないのに掲載されてしまった誤りもある。そこ、姉じゃなく母では?とも思ったり。

 

 「認識は存在を規定する」という哲学的テーマを持った作品なのでしっかりしてほしい。

 

☆内容とOP/ED

『追放された転生重騎士はゲーム知識で無双する』

 たぶんフルCGと推測。髪の毛のウネウネ具合、空からのグルグル視点、原作挿絵や漫画版からも良くなったキャラデザ。

 ただし前話の使い回しが多いのでそれが欠点。無駄な時間稼ぎ映像も多い。

 

 

 

 

 ルーチェの作画があまりに狙ってい過ぎる。歌はOP,ED特に気になるところはない。続編期待。

 

『鬼の花嫁』

 漫画版未見。日本を救ったあやかしの頂点である鬼の御曹司に見初められた柚子の話。

 番いという概念は好きではない、途中で出て来るBL好きの腐女子のシーケンスも有りがちで不要感。

 何が気に入って見ているのか説明が付かない作品。

 

 

 

 そうだよ、EDは山崎育三郎だよ。個人的には声は良いけど歌上手くないと思ってるが嫌いではない。

 

『手札が多めのビクトリア』

 原作者は守雨。どの作品もストレス無く読める精神に優しい作家。『超!!! 天才発明令嬢のパワフル領地改革』『聖女はとっくに召喚されている。日本に。』などは既読。

 「近代風女性ジェームズ・ボンドただし抜け忍」のような設定。彼女の出会う人達は皆優しいので鬱状態の人にも安心して観られるはず。癒やしアニメだと思うよ。

 

 

 OPは歌手の滑舌が悪く歌詞が聴き取れないので不可。ED動画のちょっとずつ人との関係が進んでいる状況が好き。

 続巻以降も映像化してくれないだろうか。王城防衛戦観たいよね。

 

『領民0人スタートの辺境領主様』

 原作は web で読んだ。ヒロインのあの角、抱き合ったら突き刺さらないかと不安になるが、この主人公だったら大丈夫かと半分納得している。原作の馬鹿げたノリそのままで面白く思う。

 

 

 こちらもEDのみ。OP は歌詞が聴き取りづらい。

 

『ふつつかな悪女ではございますが~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』

 心と容姿は良いが超病弱、正反対に心根も見かけも良くないが健康な皇紀候補の二人が入れ替わってしまったお話。

 逆境を逆境と思わないヒロインが鬱環境を弾き飛ばしてくれる。原作者上手いね。

 

 

 こちらは OP のみ紹介。この歌歌ってしまうのだ、つい。

 

『無自覚聖女は今日も無意識に力を垂れ流す』

 まだマシな方だが作画が酷い。演出も不可。原作(web)はもっと面白かったと思うのだが。

 

 

 

 

 曲は良いのだ。ちなみに OP を歌う花耶は今季は領民0人も歌っている。

 

『ヒロイン?聖女?いいえ、オールワークスメイドです(誇)!』

 原作が面白いのは設定だけ。当然アニメもそれを引きずる。いい加減転生物やめてくんないかな。動きのない登場人物達、絵は崩れてない。

 

 

 OP はまだマシな方だが、この絵を見れば中身を推して計るべし。演出酷すぎ。

 

『骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中Ⅱ』

 シーズン2。1st シーズンはそれなりに継続性のあるストーリーだったが一話完結っぽい流れ。この作品は黄金バットにしたいのか諸国漫遊水戸黄門にしたいのか暴れん坊将軍にしたいのか、どれだ?

 

 

 

 OPのみ。演奏が喧しいどころか効果音もてんこ盛りで歌詞が聴き取りにくいが、本映像ではなんと歌詞がテロップで出ている。毎回その回の映像を差し込むところも頑張っている。是非物語の最後まで映像化してほしいが原作が。

 

『「きみを愛する気はない」と言った次期公爵様がなぜか溺愛してきます』

 どこが面白いのか理解に苦しむ作品だが曲が良いので見ている感じ。絵も良いようには見えない。

 

 

 

『世界最強の後衛 ~迷宮国の新人探索者~』

 憂鬱設定な世界観。原作は読んでいるが読んだ部分をアニメに追い越されそうな感じ。閉塞感のある作品はあまり私のお好みではないらしい。絵も良くない。

 

 

 OPは煩くて聴き取れない歌い方なのでパス。EDは名曲だと思う。

 

『強出涸らし皇子の暗躍帝位争い』

 作画悪いよね。まだマシにな方に見えるのが不思議。

 

 OP酷すぎるのでカット。

 

『ここは俺に任せて先に行けと言ってから10年がたったら伝説になっていた。』

 原作も設定のみの面白さだけであり継続性に欠ける文章と構成。OP,ED も出来が良くないのでカット。何故観てるのか判らん。全体として駄作。

 

『ブチ切れ令嬢は報復を誓いました。 ~魔導書の力で祖国を叩き潰します~』

 最初の頃は面白い原作だけど途中から息切れしてきたんじゃないかと思う引き延ばし感ある展開。だからアニメの方はまとも。

 主人公もおかしな切れ具合だし、 途中参入の聖職者もぶっちぎれてる。

 

 

 OPは声量不足・ドラムや演奏が喧しくて歌詞が聴き取れない。歌手を変えるか歌詞テロップを出すかして欲しい。

 

『捨てられ聖女の異世界ごはん旅 隠れスキルでキャンピングカーを召喚しました』

 これ絵が綺麗なのはキャンピングカーだけ。見るに堪えない作画。

 

 

 

 あえてOPも掲載したがこういう曲の作りは良くない事例の一つとして。言葉を入れるのならしっかり聴き取れるように入れろ。音楽家ダメだね。EDは良いのにね。

 

『乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です2』

 第二シーズン。原作者の三嶋与夢は『俺は星間国家の悪徳領主!』に続いて脚本・作画・監督に恵まれなくて可哀想である。原作面白いのにね。筆を折ってしまっても不思議じゃないレベルのアニメ。

 

 

 OPは演奏喧しいけれど歌声・歌詞聴き取れますよね。

 EDのように声優がこぞって歌うタイプの曲に良い物が無い実例として。

 どっちもCGの使い所がおかしいでしょ。人物画の手の抜き具合がよく判る。

 

『片田舎のおっさん、剣聖になる 第二期』

 第二シーズンでオムニバスになっちゃいましたね。原作読んでないのでどうなのか判りませんが、第一シーズンより面白いように思います。

 OP、ED はどっちも良くないのでカット。

 

『これ描いて死ね』

 これ面白いですか? 剽窃の集大成ではありませんか?

 OP、ED はプロモーションっぽいあれなのでパス。

 

『転校先の清楚可憐な美少女が、昔男子と思って一緒に遊んだ幼馴染だった件』

 初期設定のみ面白いとは思うけれど原作書くの途中で飽きてきているような気がします。

 OPは声優がこぞって歌う系なのでパス。EDは何歌ってるか判らん。

 

『天幕のジャードゥーガル』

 モンゴルから怒られないのかというのが最初の感想。原作はまだ終わってないよね? 

 

# タイトル ○
1 追放された転生重騎士はゲーム知識で無双する ◎
2 猫と竜 ◎
3 鬼の花嫁 ◎
4 手札が多めのビクトリア ◎
5 領民0人スタートの辺境領主様 ◎
6 ふつつかな悪女ではございますが~雛宮蝶鼠とりかえ伝~ ◎
7 無自覚聖女は今日も無意識に力を垂れ流す ○
8 ヒロイン?聖女?いいえ、オールワークスメイドです(誇)! ○
9 骸骨騎士様、只今異世界へお出掛け中Ⅱ ○
10 「きみを愛する気はない」と言った次期公爵様がなぜか溺愛してきます ○
11 正反対な君と僕 第2期 ○
12 世界最強の後衛 ~迷宮国の新人探索者~ ○
13 最強出涸らし皇子の暗躍帝位争い ○
14 ここは俺に任せて先に行けと言ってから10年がたったら伝説になっていた。 ○
15 ブチ切れ令嬢は報復を誓いました。 ~魔導書の力で祖国を叩き潰します~ ○
16 捨てられ聖女の異世界ごはん旅 隠れスキルでキャンピングカーを召喚しました ○
17 乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です2 ○
18 片田舎のおっさん、剣聖になる 第二期 ○
19 これ描いて死ね △
20 転校先の清楚可憐な美少女が、昔男子と思って一緒に遊んだ幼馴染だった件 △
21 ワールド イズ ダンシング 未
22 天幕のジャードゥーガル 未
23 二十世紀電氣目録-ユーレカ・エヴリカ- 未
24 無職転生 III ~異世界行ったら本気だす~ 未
25 幼女戦記Ⅱ 未

 

 学生時代に師事した哲学史の教授はギリシャ語は当然として(と言うのもソクラテス・プラトン・アリストテレスその他多くのギリシャ哲学の原語はギリシャ語だから)、英露伊仏独西も当たり前に読み書きする。哲学学生の宴会芸では『Ἀπολογία Σωκράτους(ソクラテスの弁明)』をギリシャ語で語るというものがある。ミュージカル『Godspell』の最初の曲『Tower of Babble』はそのソクラテスの言葉から始まる。

 

 

 宴会芸でやられると悔しいから自分でも覚えてしまうのだが、同様に某理系では『Der Kongreß tanzt(會議は踊る)』(独 1931 映画)の『Das gibt's nur einmal(唯一度の)』を原語で歌うという宴会芸もあったようだ。歌詞を知りたいと言う友人に手書きの歌詞ノートを貸したことがあった。

 

 長回し映像凄いよね。

 

 フランス語の宴会芸もある。NHK朝ドラでも宴会芸でやっていたが『À Nous la Liberté(自由を我等に)』(仏 1931 映画)。当時のミュージカル映画は現在と気合いが違ってる。

 

Original Sound Track と書いてあるが主題歌だけ切り出した別録音版。

 山本直純の『こぶたぬきつねこ』はこの曲の引用ですね。

 

 

 

 教授はラテン語も授業を受け持っていた。今から思えばその講義を受けていれば良かったのにと。社会生活を送るに当たって仏西独伊といった語学よりラテン語の方が遥かに出会う機会が多い言語だった。「この単語の意味は何?」とか調べると大抵ラテン語に行き着く。

 

 ラテン語とは、ローマ時代から使われている言語。Gaius Iulius Caesar が書いた『Commentarii de Bello Gallico(ガリア戦記)』も当然ラテン語で書かれている。

 イタリア・フランス・スペインなどのロマンス語はラテン語が発祥だし、学校でのラテン語学習もあったりする。

 イギリス映画『Melody(小さな恋のメロディ)』ではラテン語の授業シーンがある。小説『 Das fliegende Klassenzimmer(飛ぶ教室)』(Erich Kästner  エーリッヒ・ケストナー  ドイツ)でもラテン語が必修となっていた。

 過去の重要な文献を読むためだけではない。新約聖書の原典がラテン語で書かれているからでもある。

 カトリックは大航海時代にプロテスタントに対抗すべく世界中に宣教師を送り教会を作りまくった。カトリックの公用語はラテン語である。ミサも(昔は)ラテン語で司式されていた。彼らは全員ラテン語を読み書きできるし話すことも出来た。カトリックの教会さえある土地ならばラテン語を知ってさえ居れば会話が可能だったし、そもそもカトリック教会はほぼ世界中に存在したので世界中を旅できたわけだ。

 

 今でこそカトリックミサは現地語で行なわれるようになり信者ですらラテン語を見聞きすることも少なくなったが、言い替えればラテン語司式が行なわれていた時代はまだ身近にあったのだ。第2バチカン公会議1965年以降だからほんのちょっと前だ。

 つまりカトリック圏であれば教会で使われるようなラテン語は普通に、意味は判らないとしても聴き慣れた言葉だった。

 

 ミュージカルの中でラテン語の歌詞が登場してきたらそれはほぼカトリックがらみである。このあとの記事で幾つか例を見ていくことにする。

 

 

 ちなみにラテン語ミュージカルもある。全編ラテン語だぞ、何を考えているんだか。

 

 

余談:

 本論に入る前にフランス語、イタリア語に続いて米ミュージカルに於けるスペイン語についても書こうとしたが、『In the Heights』『West Side Story』は言及するに問題無いとしても、アルゼンチン物に言及すると「それはスペイン語じゃない。Castellano(カステジャーノ)だ」とか言われてしまったので見送った。最近になってスペイン語歌詞が増えている。スペイン語は米に於ける一般語になりつつあるのではないか?

 米ミュージカルに日本語は使われるのかという疑問もあったが単語や短い文章のものはあっても一曲が全部日本語のものは無かったと思う。

 ミュージカルは英語圏での文化なので基本的に使用される楽曲の歌詞は英語である。

 それを別の言語で歌うなら何か意味があると思ってよい。

 

 私はイタリア語歌詞のミュージカル曲は1曲しか知らない(イタリア原産を除く)。『Cats』でガスがグロールタイガーに扮して歌う『In una tepida notte』である。 

 Original Broadway Cast盤、Original Deutsche Cast Live盤、Version Française Intégrale盤で聴くことが出来る。ロンドンは曲の差し替え、四季版は日本語。

 

 

In una tepida notte d'estate
Allorche la natura era nel pieno fulgore
E la resca rugiada splendeve al chiar de luna
Sopra la verzura si poteva vedere
Il galeone ancorato

Oscillare in silenzio nel vento profumato
Dalla marea del naviglio serenemente cullato
In quella tepida notte che c'e dunque di male
Se intanta poesia il pirata divento sentimentale?

Oscillare in silenzio nel vento profumato
Dalla marea del naviglio serenamente cullato
In quella tepida notte
In quella tepida notte
In quella tepida notte

穏やかな夏の夜
自然がその美しさを謳歌し
月明かりに新鮮な露がきらめく中
緑の梢の向こうに
停泊するガレオン船の姿が見えた

芳しい風に静かに揺れ
潮の流れに穏やかに抱かれて
あの穏やかな夜、もしも
そんな詩的な情景の中で、海賊が感傷に浸ったとしても
一体何がいけないというのだろうか

芳しい風に静かに揺れ
潮の流れに穏やかに抱かれて
あの穏やかな夜に
あの穏やかな夜に
あの穏やかな夜に

※Google 翻訳 (ずいぶん上手い訳だと思う)
 

 Cats は T.S.Eliot の作品を歌詞の下敷きにしているということで、エリオットは英国人なのに何故イタリア語なのかという疑問を持って調べていた。それの回答をようやく手に入れた。

 これもまた Google からの回答なのだが。
 

この曲の歌詞は、もともとT.S.エリオットの原作詩集『キャッツ - ポッサムおじさんの実用猫百科』がイタリアで出版された際、ロベルト・サネージが手掛けた公式イタリア語翻訳版の詩("L'ultima di Ringhiatigre" / グロールタイガーの最後の戦い)からそのまま引用されています。

 

 イタリア語なのは劇場猫の才能を示すためにオペラ風な楽曲を歌わせたかったということだと考える。

 

雑談:

 Andrew Lloyd Webber  の作品だと音盤化されたときに歌詞カードが付いてくるけれど。
 昔はミュージカルの歌詞や楽譜、ましてや台本など手に入れるのは大変だった。音源すら手に入らない。

 渋谷スミヤ楽器、銀座山野楽器、六本木Wave を回って探しまくった。

 今はちょっと検索するだけで全部手に入る。翻訳すら自分でする必要がない。

 各国語を調べるために図書館へ行ったり辞書を買ったりする必要も無い。

 便利だけど努力できない世界になったように感じる。

 学生時代に「オケのアンコールでやりたいから『A Chorus Line』の『One』の楽譜持ってない?」とか聞かれたことがある。半年後入手した。卒業後だけどな。

 『South Pacific(南太平洋)』Musical では 『Dites-moi』という曲が作品の冒頭と終幕時の2回歌われる。

 男主人公の子供達にフランス語を教えるための歌なので歌詞はフランス語だ。

 

Dites-moi
Pourquoi
La vie est belle,
Dites-moi
Pourquoi
La vie est gai,
Dites-moi
Pourquoi,
Chere Mad'moiselle,
Est-ce que
Parce que
Vous m'aimez?

 

「人生は何故美しいの?
 人生は何故楽しい?
 それは何故教えてお嬢さん
 それは恋のおかげ」

※くろはた訳
 

 英語版の録音には英語翻訳で歌われたものもあった。

 Just Because, Just Because, We're in love. と最後歌っていた記憶がある。
 とか思ったら  Ella Fitzgerald 版があった。

 


 終幕直前で女主人公がこの歌を子供達と歌うのだけど二回目の「プルコア」で歌詞が出てこない。

 「Pourquoi what? プルコアの次なんだっけ?」

 単純にフランス語を忘れたのか、人生が楽しいと歌うことが出来なかったのか。
 死んだかも知れない男主人公が現われその次の歌詞を繋ぐ。

「人生は楽しいものだよ。

 それは何故か教えてくれる? 美しいお嬢さん

 それはあなたが私を愛してくれているからだろうか」

 

 フランス語の意味判んないとエンディング感動半減じゃん。

野村玲子版Evita Live盤を聴いたのだが。
チエ役芝清道って相当酷く曲を改編してますよね。

自分のノリで自分が気持ち良い感じで歌うのってやめて欲しい。

 次に書く記事の資料として事前に公開しておく。
 以下に挙げるCDを資料として使用した。
 記載した年は初演の意味では無い。


The Sound of Music 参考資料

 

 1 Mary Martin オリジナルブロードウェイキャスト盤

 2 Jean Bayless オリジナルロンドンキャスト盤

 3 Julie Andrews オリジナルモーションピクチャーサウンドトラック盤

 4 大地真央 東宝版日本キャスト盤

 

 番号、マリア・ライナー役役者名、版名 の順


Evita 参考資料

 

 1 Julie Covington オリジナルコンセプトアルバム

 2 Elaine Paige オリジナルロンドンキャスト盤

 3 Patti LuPone オリジナルブロードウェイキャスト盤

 4 久野綾希子 スタジオキャスト盤

 5 久野綾希子 日生劇場ライブ版

 6 Florence Lacey  ワールドツアーキャスト ハイライト盤

 7 Madonna オリジナルモーションピクチャーサウンドトラック盤

 8 Elena Roger リバイバルロンドンキャスト盤

 9 Elena Roger リバイバルブロードウェイキャスト盤

10 Rachel Zegler  リバイバル ロンドンキャスト ハイライト盤
 

 番号、エビータ・ペロン役役者名、版名 の順
 野村玲子版は未入手。

 瀬戸花まりさんコンサート。セルリアンタワー東急ホテル39階タワーズサロンルナール。14:00開場 15:00-16:45。

 Vol3 ということだが Vol1 から全部来ている。
 宝塚知らない人は「誰だそれ」な感じだろうけど、Googleれ。wiki 私が生舞台観たのは『プロミセス、プロミセス』と『NEVER SAY GOODBYE』だけ。

 

 ピアノは 土屋恵さん。今回はアコーディオン演奏無し。楽器奏るのはピアノとアコーディオンですと帰りに訊いた。CD出してる。

 

 

 

 ゲストに瀬戸内美八さま。

 美八さまには私の横に立って肩に手を置いて歌っていただけました。目を合わせてだよん。最高じゃん。


 コンサートのお土産をいただきました。