砂塵が舞う校庭。
関有美子と分かれたひかるはマジ女の校門を跨ぐ。その瞬間、方々から視線を向けられる。
歓迎ではなく敵意。目を向ければ、焚かれたドラム缶を囲う女達が鋭く睨んでいる。ゆらゆらと紫煙が立ち昇っていた。
ひかるの方から視線を切って、歩いていく。
チッと舌を鳴らす音が聞こえたが、無視する。こちから喧嘩を吹っ掛ける理由がない。
ここで乱闘などすればひかるへの心証は更に悪くなる。
無益な喧嘩はしないに限ると、さらされる視線の中を進み、校舎の中に入っていく。清潔感の欠片もない校内にはあるべき下駄箱がなく、ひかるはスニーカーのまま廊下を歩いていく。
「オイ、見ろよ」
「チッ。よく学校に来れるよな」
睨まれ、陰口を叩かれてもひかるは気にしない。
“テッペン宣言”した事は間違っていないと思っているから。
“テッペン”からの景色を見る以上、どこかのタイミングで“テッペン宣言”する必要がある。つまり、早いか遅いかの違いしかない。
そう考えているひかるにとって、周りの声など雑音でしかない。雑音に耳を傾ける程、暇じゃないとズレたリュックを直し、毅然とした態度で廊下を進む。
1年C組。
昨日の今日で来るとは思っていなかったが、増本達にお礼する以上、避けては通れない。
「ふう〜」
小さく息を吐いてから、ドアに手をかける。心臓がドクン、ドクンと力強く脈打ち、拒絶されたらどうしようと不安が広がる。
『ーーまた来なよ。私達はそういうの気にしないから』
増本の言葉が脳裏に甦る。彼女は優しい。
見ず知らずの他人に肉を分け与えたり、誰もが忌避しているのを気にしなかったりと、数日で彼女の人となりが良く分かった。
(……大丈夫、何とかなる)
そう言い聞かせ、ひかるが勢いよく引き戸を開けると、中にいた生徒達の視線が一斉に集まるも、すぐに森田かよと、視線が霧散する。
(あれ、思ってたのと違う)
ひかるはもっとざわついたり、絡まれたりすると
思っていたが、現実は違い、特段ひかるを気にせず、思い思いに過ごしている生徒達。
気にしすぎていただけかと思いながら、中に入るも、増本達がいない事に気付く。ただいた痕跡がある。
彼女達は教室の1番奥を陣取っており、椅子の代わりとして雑誌を積み上げ、七輪を囲っている。
今は無人。七輪の上では焦げた肉が何枚も置いてある事から、つい何分か前までいた事が推測できる。
「あの子達は?」
ひかるが生徒達に問うと、途端にざわざわし始める。ひかると目を合わせようとせず、気まずそうな空気が立ち込む。
間違えなく何かあったんだとひかるが悟ると、2人の女生徒が意を決したように前に出る。
「増本達なら連れていかれたよ、生徒会に」
「生徒会?私のせいで?」
「違う!別件だ。アイツらカツアゲしたらしい。された奴が生徒会にチクったんだよ」
苦々しい顔で言う生徒。カツアゲ?とひかるが首を捻る。彼女達は焼肉している。少なくとも入学してから今日まで。
肉はそれなりの値段がする。5人で食べようものならその金額は10000円に届くかもしれない。費用を考えれば、増本達がカツアゲでそれを賄っていたとも考えられる。
だが、ひかるはそう思えなかった。出会って数日、彼女達の事なんて何も知らない。だけどハッキリと、増本達はカツアゲなんてしないと言い切れる。
根拠なんて何もない。単に彼女達はそんな事しないと思いたいだけなのかもしれない。
ただ……ただ……
『ほら、食えよ』
『ーー一緒に食べようよ』
他人に優しく出来る人達が、そんな事するとは思えない。
「どこに連れていかれたの?」
「……生徒会が誰かを“粛清”する時は決まって体育館倉庫を使う。あそこなら邪魔も入らねえし、人目にもつかねえ」
「体育館倉庫ね、ありがとう」
軽く微笑み、リュックサックを机の上に置いて、出ていこうとするひかるを生徒が呼び止める。
「まさか行くつもりか?やめとけ。あそこには副会長の高瀬もいる」
「だから?」
「無茶だって言ってんだよ」
怒気の孕んだ声で生徒が言うと、ひかるがあっと察した。彼女達も同じ気持ちなんだと。本当は助けに行きたい。だけどいけない。
(慕われてるんだね)
口角を吊り上げ、生徒達に背を向けて歩いていくひかる。引き戸の前で足を止め、生徒達の方に目を向ける。
「誰がいるとか関係ないよ。私はさ、受けた恩は必ず返すようにしてる。だからこれは私なりの“恩返し”なの」
燦然と、櫻色に輝く瞳に生徒達は言葉を失い、魅入る。ひかるが口角を更に深くすると、引き戸を開けて、飛び出したーー。
続く。