「ぺーちゃん?」
「……うん、そう呼ばれてたから」
「分かった。これからはぺーちゃんって呼ぶね。私の事はねるで良いよ」
ねるがそう言うと、梨加がコクンと頷く。
体育館倉庫を出た2人がそんな事を話しながら平手の前を歩いていた。平手は仲睦まじく話している2人を見て、口元に微笑を浮かべる。
梨加から漂っていた暗い影が完全ではないが、殆ど消えている。良かったと思っていると、ねるが頭を押さえ、その場にしゃがみ込んでしまう。
「ねる?」
「……ねる、大丈夫?」
平手が駆け寄り、梨加が心配そうにねるを見ている。どうやら今になって、角材で殴られた痛みが出てきたようで、ねるはイタタタと顔を歪める。
「保健室に行こう。乗って、ねる」
「え?」
「早く」
「う、うん」
ねるは屈み込む平手の背中におぶさる。平手はねるが乗ったのを確認すると、立ち上がる。ねるはよもやこんな展開になると思っていなかったのか、頰を赤らめる。
「うぅ〜重くない?てち」
「全然。寧ろ軽いよ」
涼しい顔で平手が言うと、ねるの顔が更に赤くなる。
「……ねる、顔赤いけど大丈夫?」
「うぅ〜ぺーちゃん、私死んじゃうかも」
梨加はねるが平手に恋している事を知らないので、ねるの言葉にえ?と顔を蒼白させる。すぐに平手が大丈夫だよと言う。
「てち……大好き!!!」
平手の胸に回している手を強くすると、手がブレて、平手の首に入ってしまう。平手がちょっ……入ってると呻きながら言うも、ねるには届かず、てち大丈夫?と梨加に言われながら、そのまま保健室へと向かう。
「梨……じゃなかった。ぺー開けてくれる?」
「……んっ」
梨加と呼ぼうとしたが、梨加からぺーだよ?と無言の圧力が飛んできて、平手が言い直すと、梨加は満足げに頷き、保健室の扉を開けると、平手が中に入る。
「先生、ちょっと診てほしい子がいるんですけど……」
「ん?」
平手がそう言うと、椅子に座り、何やら作業をしていた保険教諭の神堂狂海が顔を向ける。神堂はいつもと同じく修道服を着用し、口には煙草を銜えている。
神堂は梨加を見ると、切れ長の双眸を丸くする。梨加は首を傾げ、平手は梨加と神堂を交互に見る。梨加の事を知っている?と思ったが、口にはしない。今は2人の関係を気にしている場合じゃないからだ。
「先生」
「え……ああ、それで何の用だ?」
「ちょっとねるを診てほしいんです」
平手がそう言うと、神堂がデスクに置いてある聴診器を首から下げ、立ち上がり、平手に近づく。そしておぶられているねるの顔を見る。
「顔が赤いな、風邪か?」
「恋煩いです、先生」
「なら他を当たれ、ここは怪我を見る所だ」
「先生、頭です、頭に怪我をしてるんです」
神堂が踵を返すと、平手が慌ててそう言う。神堂はそれを早く言えとばかりに煙を吐き、再びねるを見る。平手の言うように、頭に傷がある。
「割れてるな。何で殴られた?バールか?」
「角材です」
「そうか、この程度なら縫えば問題ないが、大丈夫か?」
神堂が確認すると、ねるが頷き、そのまま椅子に座るように促し、神堂が準備に入る。平手が屈むと、ねるは名残惜しそうに背中から下りる。
神堂が慣れた手つきで傷口を縫ってしまう。ねるは一瞬の事で、終わってもまだ痛むが、先程より全然マシだ。
「一応塞いだが、痛みが続くようなら病院行け」
紫煙を吐き出し、ややぞんざいな口調で言うと、ねるが頷いて、立ち上がる。
「……ねる、大丈夫?」
「うん、もう大丈夫だよ。よし、ぺーちゃん病院に行こう」
「病院?」
「うん、そこにラッパッパの仲間がいるの」
痛みはある筈なのに、元気良く梨加と話す姿に子供だと呆れ顔の神堂。平手は苦笑している。
「てちも行くよね?」
「え?うん、行くよ」
「待て、平手はここに残れ」
「え?」
神堂と言葉に、平手が目を丸くする。ねるが心配そうに平手を見る。梨加も眉を八の字に歪めている。
「何、少し話をするだけだ」
「良かった〜じゃあ先行ってるね、てち」
「う、うん。気をつけて」
平手が戸惑いつつ、頷くと、ねると梨加は安堵の表情を浮かべ、あかつき総合病院に向かう為に保健室を後にする。
ねると梨加がいなくなると、保健室には重い空気が漂いはじめる。何、この空気と平手が思っていると、その空気を発しているのは神堂だった。
神堂は保健室に取り付けられている窓に体を向けており、平手に背を向けている状態だ。
「アイツはラッパッパに入ったのか?」
「え?」
「渡辺梨加だ。どうなんだ?」
神堂が新しい煙草に火をつけ、紫煙を燻らしながら言うと、平手はやはり梨加と神堂の間には何かあると表情を変える。
しかし、そんな話は聞いた事がない。菅井からの情報にもなかった。
「ええ、まあ。それがどうかしたんですか?」
「……いや、それならいい」
「はあ……」
平手は首を傾げる。呼び止めてまで聞く事なのかと思いながら、踵を返し、保健室を出て行こうとする。
「平手」
再び呼び止められた。平手は扉にかけていた手を離し、顔だけを向ける。
「……あの娘を頼む」
その言葉はいつものぞんざいな口調ではなく、真剣だった。平手は真面目な表情を浮かべると、神堂の背中から影ようなモノを感じ取る。
「……はい」
色々と聞きたい。けど、神堂は何も言わないだろう。母・遥美に聞いても同じ事だろう。平手は後ろ髪引かれる思いで、保健室を出て行く。
「……これも因果、必然だと言うのか?……“梨奈”……」
呟いた言葉は誰にも届く事なく、虚しく響くだけだったーー。
続く。
新章開始まであと3話。
内容に誤字脱字、アドバイス、感想等随時募集中です。面白い。つまらない等内容に関係のあるコメントなら何でも構いません。これからも宜しくお願いします