「……うぅ……あぁ……」
体育館倉庫の奥から断続的に聞こえてくる呻き声。それと同時に蠢く人影が1つ。
先程平手友梨奈の怒りの一撃を食らったMighty Dogのリーダーである女だ。
「……クソが」
女は上体を起こすと、こめかみを押さえながら、双眸にラッパッパへの怒りを宿す。
その瞳に平手とねるによって、潰されたMighty Dogの仲間達の姿が映り、その怒りは増大する。
「……殺してやるよ」
瞳を限界まで開き、真っ黒に濁らせ、体を小刻みに震わせ、押し殺した低い声で言うと、立ち上がり、殴られた衝撃で手離してしまったナイフを手に取り、口角を吊り上げる。
「フフ、抉ってやるよ。平手ぇ〜」
最早この女には平手しか見えていなかった。平手に殴られたこめかみの痛みが彼女への憎しみを成長させ、それが正常な感覚を薄れさせる。
ただ、ここで女が予想だにしていなかった事が起きる。
コツンと足音が2つ、静かな倉庫内に響くと、女が振り返る。揺らめく人影を見て、瞠目する。
「な、なんで……アンタらが……」
「どうも、こんばんは」
2人の女が入ってくる。1人は金色に染められた髪をセンター分けにしており、露出している左耳に大きな音符を模したイヤリングをつけている。制服の上からパールピンクで、背に舞う桜と青龍の刺繍が施されたスカジャンを羽織っている。
その隣には光沢ある黒髪を胸元まで下ろし、口元を赤色で、“楽”と黒糸で刺繍されたマスクで覆い、首から“哀”を象ったネックレスを下げ、両手首にそれぞれ“怒”と“喜”の文字が描かれたリストバンドをつけている。
更に制服の上から深緑色で、背中に玄武の刺繍が入ったスカジャンを羽織っている。
軽音学部、桃の四天王堀未央奈と緑の四天王西野七瀬である。
何で軽音学部の四天王がここに?と女の頭は真っ白になり、平手への憎悪が薄れ、口を開こうとすると、未央奈が手を出す。喋らなくていいと瞳が語っている。
「部長からの伝言。君達はやり過ぎったってさ……七瀬」
未央奈が女に憐れむような視線を送り、瞼を伏せながら言うと、七瀬が一歩前に出て、口元を覆うマスクの紐に指をかける。
女の顔が真っ青になり、冷や汗を垂らし、体を震わせて、退く。
七瀬がマスクを外すと、花弁のようにマスクが揺れながら落ちていく。その瞬間、抑圧されていた“狂気”が解放される。
口元に笑みが浮かぶ。それはある種子供のように無邪気であり、肉食獣のように獰猛だ。
「ねえ、あそぼう」
七瀬が弾む声でそう言うと、地を蹴り上げ、女との間合いを一瞬にして潰す。未央奈が落ちたマスクを拾い上げると、倉庫内に響く女の悲鳴、そして無邪気な七瀬の笑い声。
西野七瀬。
軽音楽部緑の四天王。軽音楽部内では比較的大人しいと思われる彼女だが、通り名は【処刑人】。見た目とは裏腹に“狂気”を抱えた者である。
「最近、飛鳥学校に来てない」
女の始末が終わり、2人が部室である音楽室に向かっていると、不意に七瀬がそう言った。未央奈が横目で七瀬を見ると、少し寂しそうだ。
確かに最近飛鳥は学校に来ていない。
ねるがラッパッパに入部した際に潰すか否かで部長である生田と揉めた以来顔すら見ていない。来ているという噂もあるが、本当かどうか定かではない。
「大丈夫、きっと来るよ。来てもらわないと、あの娘は“四天王”なんだからさ」
未央奈が明るい声で言い、七瀬に微笑みかけると、七瀬の瞳から寂しさが抜けていき、コクっと首を縦に振る。
「部長は絶対にGOサインを出す。それが出たら、ラッパッパの最後だよ」
未央奈がそう言うと、脳裏に理佐の顔が浮かんでくる。いつまでも消えない彼女への気持ち。しかし、生田が腰を上げれば、戦わなければならない。
何故なら理佐はラッパッパ四天王で、未央奈は軽音楽部四天王だからだ。
故にその表情、心情は複雑であったーー。
続く。
新章突入まで残り2話。
今回は文量が少なめです。
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