「ラッパッパに入らないか?」
「え?」
平手の申し出に梨加は目を丸くした。
自分がラッパッパに……まるで現実味がない。けれど梨加はラッパッパに入部したいと思っている。
「……やめとくよ」
しかし、梨加の口から飛び出した言葉は彼女の気持ちとは真逆のモノだった。ラッパッパに入部したい。けど、まだ梨加を縛りつけようとするモノがあった。
それは“現実”だ。
ラッパッパに入部すれば色々な事があるだろう。喧嘩だってするだろう。でも、自分は何も出来ない。皆に迷惑をかけるだけ。
その“現実”が彼女にラッパッパ入部を拒否させた。
「どうして?」
ねるが眉を八の字にして、尋ねてくる。
ラッパッパには自分達がいる。もう梨加を傷つけさせやしない。ラッパッパに入部するのは梨加にとって悪い話ではない筈だ。
梨加もそれは分かっている。
ラッパッパに入部すれば、これまでのように誰かに不当に叩かれる事はなくなるかもしれない。けれどそういう度に平手やねるに守られるのが、梨加にとって辛いのだ。
かといって出来る事なんてない。だからこれまでのように1人で居れば良い、そういう考えになってしまう。
「……理由だけ、教えてくれないか?」
「……私、弱い。皆に迷惑をかける」
「そんな事ないよ」
ねるがそう言っても、梨加は首を横に振り、踵を返して、倉庫から出て行こうとする。その手を掴んだ。梨加が目を見開き、振り返る。平手の瞳が燦然と輝く。
「弱い事は罪じゃないぞ梨加。人間、皆弱い生き物だ。だから仲間を作るんだ」
「……貴女は強い人だよ」
梨加がそう言うと、平手はフッと笑う。梨加は何がおかしいのか分からず、訝しげに平手を見る。
「私は弱い人間だ。だから1人じゃ生きていけない。皆がいないと何も出来ない。私と比べたら梨加、貴女の方が強い人間だ」
「私、喧嘩弱いし、何も出来ない」
「喧嘩が強いから強い人間なんじゃない。
“芯”がある人が強いんだ」
“芯”
それは小嶋が言っていた。どんな事があってもブレないモノ。“芯”はその人にとっての主軸だ。誇りや信念、夢や目標、譲れないモノがある人は強いと平手は言っているのだ。
「……私にはない」
「あるじゃないか」
「え?」
平手がそう言うと、ある物を梨加に渡す。それは梨加が階段下に置いてきたジンベエザメのぬいぐるみ、アオコだ。
「……アオコ」
平手から受け取った梨加はギュッとアオコを抱き締め、紐を首にかける。
「貴女にはモノを大切にする優しさがある。それは梨加、貴女にとっての“芯”だ」
「……」
そうなのだろうか。
アオコは大切だ。命よりも。大切な人から貰ったから。だからずっと持っている。これも平手の言う“芯”なのだろうか。
確かにアオコを持っている事で、沢山馬鹿にされてきた。謗られた事も一度や二度じゃ済まない。それでも梨加はアオコを持ち続けた。
「私が創りたいラッパッパに、ただ喧嘩が強い人間なんていらない。共に夢に向かい、笑い合い、泣ける、家族のようなモノだ。そのラッパッパに、梨加の優しさが必要なんだ」
「……私が、必要?」
「ああ」
平手が力強く言う。ねるが頷く。
梨加の瞳に涙が滲む。 誰かに必要だと言われた事がないからだ。何も出来ない自分はいつだって邪魔者だ。梨加もそう思ってきた。けど、そう思わない人もいる。
「……良いの?」
「貴女が良ければ」
平手の言葉が、瞳の光が梨加を縛り付ける“現実”を変えていく。梨加は“居場所”が欲しかった。それは弱くても、どうしようもなくても、受け入れてくれる場所。誰かと一緒にいれる場所が欲しかった。
「……私、何も話してない」
「必要ない。誰にだって話したくない事の一つや二つはある。話したくなったら話せばいい」
どうして、どうしてこんなに胸に染み込んでくるのだろう。平手の言葉が梨加の胸や心に覆い被さっていた負の鎧を剥がしていく。剥き出しになるのは彼女の本当の気持ちだ。
梨加はあっと気付く。平手は似ているのだ。梨加が小学生の頃に出会った人に。
その人に何か言われると、凄く胸に染みた。温かく、優しい言葉に何度も涙を流した。
「……ラッパッパ……入れてください」
「よろこんで」
梨加がボロボロと涙を零すと、ねるがそっと梨加を抱き締める。ねるも涙を流していた。
「……良かったね?梨加ちゃん」
ねるがそう言うと、梨加はコクン、コクンも何度も頷いた。それを見て平手は口元を綻ばせる。すると、視線を感じて、顔を向けるが、そのには誰もいなかった。
「てち、どうかしたの?」
「いや、何でもない」
(ーー来てたのか)
「……良かったね?これでもう貴女は1人じゃない……」
空を見上げればどこまでも青い空が広がっている。その空の下を志田愛佳は歩いていた。そんな彼女の顔は、何かに囚われているような暗く、冷めたモノだった。
入学して18日目 渡辺梨加 ラッパッパへ入部 完成まで残り1人ーー。
続く。
ぺーちゃん編無事完結です。
4話の後日談を挟みまして、いよいよあの娘の話が始まります。
ここまで読んでくれた全ての皆様に感謝の言葉を述べたいと思います。本当にありがとうございます。これからもどうか見てください。
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