一夜が明けた翌日、平手は1人、ラッパッパの部室に居た。金色の布がかけられた部長専用椅子に浅く座り、暗い目で床を見詰めていた。
今朝早く葵から理佐の入院期間が伸び、後1週間は入院が必要になり、菅井も約2週間程入院することになったと連絡があった。
平手は己の不甲斐なさを憎む。自分がラッパッパの部長として、しっかりしていれば理佐の入院期間が伸びる事も、菅井が入院する事もなかった。
だが、もしもやあの時など考えても不毛なだけであり、今は前を向く事しか出来ない。けど、平手は自分がどうすれば良いのか分からなくなっていた。
平手はねるへの感情や胸のざわつきの正体が分かった時、彼女をラッパッパに入れようと考えていた。
けれどそれはねるに“彼女”を重ね、傍に居てほしいだけであり、ねるにとっては面白くはない。それに今回の一件で安易にねるをラッパッパに入部させる訳にはいかなくなった。
彼女は仲間に手を出した。理佐や菅井は自分の好きにすれば良いと言っていたが、彼女達にしてみれば、ねるがラッパッパに入るのは受け入れ難い部分もあるだろう。
平手は自分がねるに怒っているのかすら分からない。許せない感情はある。けど、それが全てではない。B組の一件では怒りしかなかったが、今回はそれ以外にも様々な感情が胸中に入り乱れており、それが考えを分からなくしていた。
平手がおもむろに立ち上がると、歴代ラッパッパの写真が物が置いてある部屋に入る。そこには神聖な空気が流れている。
こじんまりとした部屋だ。けれど、大島優子から始まり、先代ラッパッパ部長だったさくらの時代までの写真が飾られている。
平手は1つ1つの写真を見ながら、彼女達はどのようにしてラッパッパを築き上げたのか、考えてみる。初めから仲間だった訳ではないだろう。
どのようにして集まったのだろう。やはり各々のカリスマ性や腕力だろうか、考えても分からない。
「誰がどうかではなく、自分の思うようにする。それがラッパッパの部長だ」
その時声が聞こえ、平手がビクッと体を震わし、振り返ると、扉の外に修道服に、煙草を加えた保険教諭の神堂狂海が立っている。
「……先生」
「また、辛気臭い顔をしているな?まあ年頃と言えば年頃だが、お前の場合は悩み過ぎだな。いや、気にしすぎと言うべきか」
神堂が紫煙を吐き出し、煙草を携帯灰皿の中に落とし、入ってくる。平手は神堂にそう言われても、何も言わずにジッと彼女を見ている。
「お前は仲間というものを余り分かっていないな、ラッパッパについても」
「……」
「他の組織については知らないが、ラッパッパにおいて仲間とは勝手に集まってきた者達だ。勿論全ての世代がそうだとは言わない。少なくとも島崎、お前の母親はそうだった」
「……」
「奴はやりたいようにやっていたよ。気に入らない奴は潰し、私達に対しても仲間になれとは言わなかった。前に聞いたな?私が何故ラッパッパに入ったのか、あの時は言わなかったが、もう1つ理由がある。
それは奴に惹かれていたからだ。癪に触るがな。
奴は1人で何でも出来るタイプの人間だ。それが羨ましかった。私達は結局群れる事で強がっているだけだが、奴は1人でも平気で、己の信じるモノを誰が何を言おうと貫く、その独立独歩な生き方に私達は惹かれ、気付けばラッパッパにいた」
神堂はその当時の事を思い出しながら話している。平手は母・遥美がどういう人だったのかあまり知らないので、彼女の話は新鮮なのだが、何故それを今話すのか分からなかった。
「……ただ、そんな奴が1人だけ自分から動いて、ラッパッパに入部させた奴がいる。誰か分かるか?」
「……いえ」
「翠川菖蒲だ」
「ーーっ!!!」
翠川菖蒲。
元ラッパッパ四天王の1人で、平手が中学時代のある時期に少しだけ面倒を見てもらっていた。菖蒲は遥美の事が本当で好きで、一緒に居たくてラッパッパに入部したと聞いている。
「奴は相当危険でな。分かりやすく言えば 狂気が服を着て歩いているようなモノだ。私達は反対した。当時私はいなかったが、先に入っていた2人が反対したようだが、奴はそれに対してこう言ったようだ。
『なら、ここから去れ』とな。元々奴が呼び掛けて集めた訳じゃないからな、けど2人は残った。そして翠川が入部する。
後で分かった。何故奴が翠川を入部させたのか……。
まあ、それは本人に聞くといい、私の口からは何も言えない」
平手は本当に分からなかった。神堂が何故ここに居て、その話をするのか。その話に意味があるのか。ねるについて色々と考えたいのにと思う。
「1つだけ言っておく。長濱ねるはお前にとって、必要な存在になる。勿論渡邉や菅井もな。ただ奴の一途なお前への気持ちは2人とは違う所で必要になる」
「……どういう事ですか?」
「いずれ分かると言いたいが、分からないかもしれない。そうなったらそうなったらで良い」
「……意味がわかりません」
「分からなくて良い。取り敢えず私から以上です」
平手が問い詰めようとしたが、神堂の有無を言わせぬ言葉に平手は唇を噛んで、黙るしかなかった。
「前置きが長いですよ?Miss神堂」
「……歳ですよ」
1人の女性が入ってくる。眼鏡をかけた大分お年を召した人だ。穏やかな空気を纏っており、隣人の優しいお婆ちゃんという感じがするが、それ以上に“何か”ある。
「……誰、ですか?」
「そうか、お前は初めて会うのか。その人はこの学校の校長で、初代ラッパッパ部長の野島百合子さんだ」
「初めましてMiss平手。お母様の面影がありますね。その力強い目、彼女を思い出します」
「はあ……」
平手はポカンを口を開けたまま固まる。
初代ラッパッパ部長、つまりラッパッパという組織を創った人だ。自分達のようにあるべきモノを引き継いだりした訳ではなく、0から今でも残る組織を創った人。平手からすれば雲の上の存在だ。
「懐かしい話はまた今度にしましょう。今日は貴女にとても大切なお話があります」
「話?」
「ええ」
そう言って野島がスーツの懐から一枚の封筒を取り出す。平手が首を傾げながら、そこに書いてある文字を読み上げる。
「……“退学届”?誰の?」
「Miss長濱です。彼女は学校をやめたいと今朝方コレを持って来ました」
「え?」
平手が目を見開き、1歩、2歩と後ろに下がる。ねるが学校を辞める。昨夜、もう自分達の前には現れないと言ったのはこういう事だったのか。
「……それがどうかしたんですか?彼女はラッパッパの人間じゃない。私には、関係のない話です」
言葉こそ突き放すような言い方が、その表情は辛そうだ。野島は内心で、良い子に育っていると呟いた。遥美や妹の遥香は感情の起伏が少なく、心配していたが、それは杞憂だったようだ。
「学校側としましては彼女の意思を尊重したいと考えています。しかし、貴女はどうなんです?」
「……」
「昨日、彼女と揉めたと聞きました。彼女をラッパッパに誘えるのはコレが最後です。恐らく彼女は街を去るでしょう。そうなればもう会う事はありません」
「……街を……去る……」
平手の脳裏に園内から出ていくねるの後ろ姿が蘇る。淋しそうな背中。孤独な背中。それは目の前から去った“彼女”と同じだった。
“彼女”が去った時、苦しかった。辛かった。だからもう誰も失いたくないと、強くなろうと決めた。去ろうとする者の手を掴めるように、“親友”と夢見た“テッペン”をとる為に。
「ーーっ!!!」
気付けば平手は野島の手からねるの退学届を奪い、部室から出て行く。部室の扉の前に神堂がおり、煙草を吸っている。
「……私は母のように強くも、1人でも生きる事も出来ません。だから仲間が、誰かが傍に居てくれないと駄目なんです」
「ならば行け、良いか部長はやりたいようにやればいい。“器”があれば仲間は勝手についてくる。ついていきたくなるのさ」
「……先生」
「渡邉や菅井は何と言っていた?」
「……私の好きなようにやれと」
「なら迷う必要はない。部長はお前だ」
「はいっ!!!」
平手の瞳から迷いや暗さが消えていく。そして、正気が戻り、力強い光を宿す目となる。それは神堂が初めて彼女を見た時とように、現役時代と遥美を彷彿とさせ、彼女の胸が揺れる。
もう、迷わない。例え誰が何と言おうと。
やっと気付いたのだ。ねるへの気持ちに。傍に居てほしい。彼女に、皆に。そうでないと自分は倒れてしまう。
「行ってきます」
精悍な顔付きになった平手が部室を出ていく。その背中からはもう、負を感じない。
ラッパッパ部長としての力強い光に溢れていたーー。
続く。
さて、ねるちゃん編残り2話です。
後日談を含めるとまだ数話あるのですが、それを抜けばあと2話で完結します。
ここ数話でてちの内情、今まで書いてこなかった部分に触れる機会が多くありました。てちもラッパッパ部長ですけど、高校1年生なんですよね。色々と背負っている娘です。
今回初めてかな、てちの深層部分というか、皆に傍に居てほしいという気持ちを書いたのは。結構ここまでのてちはわりと格好良く、寝坊したりするけれど、カリスマ性があったりなどなどで、こういうのは初めてだと思うので、新鮮味がありますね。
漸く平手友梨奈というキャラクターに肉がつきはじめたというか、何と言えば良いか分からないのですが、人間味が出てきましたよね。
余り語ると長くなってしまうので、次回予告へ参りましょう。
第54話予告。
学校を辞める。街を去る。そう決断した彼女の心境とはーー。
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