こんばんは。都議の栗下です。


 

昨日は91年の都条例改正の顛末についてお伝えしました。
今日はその後行われた90年代の都条例改正についてまとめて書きたいと思います。



■97年改正

1997年、Windows95の発売がPCの普及を後押ししていた時代です。成人向けの雑誌が動画や写真データを含むCDを付録としてつけ始めた時期でもありました。

昨日のブログでお伝えした通り、91年に条例改正を行った後に、都においてもこのCDデータを「不健全図書指定」の対象に加えるよう望む声が母の会系の団体を中心に上がっていました。

 



また、18歳未満の青少年に対して「みだらな性行為またはわいせつな行為」を禁じる淫行処罰規定は、当時既に47都道府県のうち東京と長野県のみが未制定の状態でした。

この2点について97年6月の都議会で、当時の青島幸男知事から提出され条例改正が行われました。

 

 

■「完全自殺マニュアル」が動かした条例改正議論

99年7月、当時ベストセラーとして知られていた「完全自殺マニュアル」を参考に女子中学生が死亡してしまったいう事件報道がありました。この本は93年から発売され、他県においても有害図書指定が相次いでいたため、警視庁は都においても有害図書指定を行うよう通報しました。

 


91年改正でも問題になりましたが、警察から不健全図書指定をすべきという通報があっても、一般の都民による申し出制度と同じ扱いであり、この「完全自殺マニュアル」については、当時の条例条文の解釈に抵触するものではなかったため、不健全図書指定は見送られました。

一方で、報道後の世論も鑑み、「自殺・犯罪」を誘発する(と思しき)書籍も規制の対象にするよう条例改正も検討が進められるようになります。

 


■石原知事時代のはじまり

石原慎太郎知事が誕生したのは99年4月のことでした。上述の一連の騒動は知事就任直後の石原知事のもと議論が進められることになりましたが、早々に条例改正に積極的な姿勢を示しました。

都は翌年の2000年5月、青少年問題協議会に条例改正の内容について諮問します。
ポイントは「不良行為」を促す描写を不健全図書指定の対象にするか否か、コンビニや書店での区分陳列・区分販売を条文に加えるか否か、インターネットや広告の性的な表現、残虐な表現についてどう対応していくかという点でした。



協議会において様々議論が重ねられましたが、12月、条例の全面改定を求める答申が提出されることとなります。

翌年の2001年2月、石原知事は都議会に条例改正案を提出。都議会では1人会派を1人除いて前会派一致で、改正が可決されます。
この改正により、「自殺・犯罪」を誘発する表現物も不健全図書の対象となり、書店、販売店での区分陳列も罰則を伴う形で導入されました。

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石原知事は、度重なる青少年条例の改正に加え、70年代に比較し数が減ってきていた不健全図書指定数を再び激増させるなど、規制に対して積極的な知事でした。彼の良くも悪くも強力なリーダーシップのもと、都における規制議論は激動の時代を迎えることになります。

明日は、都条例改正の続きの前に99年の児童ポルノ法改正議論について触れたいと思います。

続く。