令宣は確かめた。

「それはいつなのだ?」

「我々が西山営に居た頃です」

令宣は嫌な予感が当たってしまった事を知った。

「やはり…西山営の女達の暗躍は喬家の企みだったのだな。時期が一致している…そして、その後も関わっているのか?」

「はい…」

臨波は言い難そうに答えた。

侯爵はこの件が喬家の企みであるのを恐れている。

侯爵にとって喬蓮房は奥様の周辺から排除してしまいたい存在なのだ。


西山営の禍々しい騒動に喬蓮房が関わっているのならば放置出来ない。

蓮房が喬家の別院の何処かに居れば構わないと軽く考えていたがそんな甘い連中ではなかった。


臨波が更に言葉を続けた。

「先日喬蓮房の居所は突き止めなくて良いと仰いましたが実は密かに探っていました」

令宣が姿勢を正した。

「何か分かったのか」

「この所、喬蓮房がこの都に居ると専らの噂になっています。それで今喬家を見張らせています」

徐府の守りは堅いので心配はない。

十一娘と暖々には桔梗や萬大顕が居る。

けれど暖々が乳児の頃、繍縁を使って誘拐された苦い経験がある。

当時喬家が嫌疑を掛けられたのは自然の成り行きだった。

それは喬家の内紛となり前当主は息子に爵位を譲らされた。

喬親子が生きている限り油断は禁物だ。

令宣は侍衛の巡回を増やすよう臨波に指示した。


令宣が徐府の正門に帰着すると門衛から大奥様がお待ちですと伝えられた。

福寿院の居間に直行すると大夫人が待ち構えていた。

「母上、只今帰りました」

「お帰り…令宣早速だが話がある」

「母上、私もお話したい事が…」

二人は互いの顔色を伺った。

大夫人が尋ねた。

「もしや、蓮房の事かい?」

令宣は黙って頷いた。

「やはり…」

大夫人は溜息をついた。

「今日中山侯爵夫人のお茶に呼ばれて行ったのだけれどね、そこで話が出たんだよ。数人が目撃したとか、笠を被ってはいるけれど蓮房に違いないとね。噂が広がっているようだわ」

「私も今日臨波から聞かされました。どうも蓮房が都に居るのは事実のようです。今臨波に真相を探らせているところです」

大夫人は柳眉を逆立てた。

「別院の院番が言うには病になってから度々喬夫人が来てあれこれ世話を焼いて、おしまいには夜中に喬家の馬車が来てどたばたと連れ出したと言うんだけれど…その後とんと行方知れずだったのに今頃になって都に戻っているだなんてねえ…」

大夫人は苛立っていた。

蓮房の処遇については散々都の噂になったのだ。人の噂も七十五日と言うけれど

年月が経ちやっと落ち着いたと思った矢先に蒸し返して平穏を乱されて貰っては困る。

「母上、喬家の親娘が徐家に近付かないよう手を打ちますのでご安心下さい」

「そうかい…頼んだよ。もう金輪際あの人達との関わりは御免だよ…それから十一娘には内緒にしておくれ…余計な心配をかけたくないからね」

令宣は母に約束した。

「はい、そうします」


ところが西跨院にそれは通用しなかった。

「旦那様お帰りなさいませ」

十一娘が上着を脱がせ夫の着替えを手伝っているとそうとは知らぬ明々が奥様に知らせようと息せき切って飛び込んで来た。

「奥様!喬蓮房が都に居ます…」

その途端、

「滅多な事を言うな!」

令宣が珍しく一喝した。

令宣の姿と声を聞いて明々が恐れ慄いて平伏した。

「あなた!」

十一娘がこれまた珍しく夫を叱った。

「そんな大声で…明々が怖がるじゃありませんか」

令宣は声を落とした。

「すまん…悪かった」

明々は平伏したまま謝った。

「旦那様、奥様申し訳ありませんでした」

十一娘が彼女の手を取って立たせた。

「いいのよ…旦那様が私に何か仰りたい事があるようなの…明々今夜はもう下がってお休みなさい」

「はい…」

明々は静かに下がっていった。

「旦那様、何かあったのですね?」